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第九話




私の病が魔王に関係しており、魔王を討伐するためリズとカイル先生は数週間後にはここを発つと言う。でも、予定より1年も早く現れた魔王の討伐が上手くいく可能性がどれほどなのか、私には分からなかった。




「リズ…本当に行くの?魔王の討伐をまだ学生の貴女が担う必要なんてないんじゃない?」


「シェリー先輩…ありがとうございます。私に逃げ道を作ろうとしてくれるんですね」




リズはそう言いながらも穏やかな表情でゆっくり瞼を閉じると、再び開いて私を見た。その表情には迷いのカケラも感じられず、私は自分の無力感に胸が重くなるのを感じた。




「私を産んで育ててくれた両親にはもう手紙を書きました。箝口令が解かれたら送られることになっています。ヴィアロッテ家のみんなにも、ちゃんと話すつもりです。私は今日までに沢山考えて、覚悟を決めてここに来ました。だから、シェリー先輩にはどうか笑顔で送り出してもらいたいんです」


「リズ…」




彼女の真っ直ぐな言葉とその姿勢に思わず視界が霞んでしまう。彼女を止められるタイミングはもうとっくに過ぎてしまったのだと悟り、余計に胸が苦しくなった。私が出来ることは本当に彼女を笑顔で送り出すことしかないのだろうか。これから死地に向かおうとする彼女達に私は何も出来ないままでいいのだろうか。




「魔王を倒せばシェリーの病は治るのですね?」




不意に隣に座っていたレオが口を開く。




「禁書の記述によれば、魔王が倒されると魔力の放出は止まったとあります。記述を信じるなら可能性は高いです」


「それなら僕も魔王討伐隊に加わります。シェリーの病を治せるなら、魔王だって倒してみせる」


「!?」


「レオルド先生!?でも、それは…」




驚きすぎて声が出なかった。レオが魔王を倒しにいく…死ぬかもしれない。そう思った。


だけど、焦ったように私を見るリズを見て考えが変わった。そうだ。この世界はもうゲームのシナリオ通りになんて進んでいない。リズは魔王討伐に必要な大きな魔法を使えないし、カイル先生は攻略対象外のキャラクターで現役を退いた元騎士団長。でもレオは違う。彼は元々は攻略対象キャラクターで、主人公と力を合わせて魔王を討伐できる実力が備わっている。彼が行けば今の不穏な流れを変えられるかもしれない。




「お前、ラージアスのことはどうすんだよ。戦いの間放っておいて平気なのか?」


「私なら大丈夫です。レオはきっと二人の役に立ってくれるはずだから、私からもお願いします。レオを魔王討伐隊に加えてください」


「シェリー先輩…そんな」




狼狽える二人を尻目に、私は隣に座っているレオに向き直る。彼はとても真剣な表情で私を見つめ返してきた。




「…私はこういう時どうしても足手纏いになるから、二人について行ってあげられない。だから、私の代わりにどうか二人を守ってね。レオ」


「わかった。必ず魔王を倒して誰も欠けることなく帰ると誓うよ。シェリー」




そう言ってレオは私の頬にキスをした。


帰り際、リズは泣きそうな顔で私を見ていた。そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。




「シェリー先輩、ごめんなさい。レオルド先生を戦いに巻き込む事になってしまって…」


「リズとカイル先生が私を想って魔王討伐に向かうのに、私は直接力になってあげられないから、せめてこのくらいは私にも背負わせてほしい。それにレオは多分私の事しか考えてないから、リズが気に病む必要はないよ」


「うう…私、絶対魔王を倒してまたシェリー先輩に会いに来ますから!絶対ですからね!」


「うん。私も出来ることがないか探してみる。だから絶対無事に帰ってきてね。リズ」




お互い抱きしめ合って笑顔で別れる。リズは最後は泣いてしまっていたけれど、ずっと気丈に振舞っていてとても勇敢だった。もしかしたら彼女が主人公に転生したことは偶然ではなかったのかもしれない。


そんな事があった日からしばらくが経ち、私の体調はまた急激に悪化していった。まるで魔王の活動が活発になったことに合わせるかのように、私の体はどんどん弱っていくのだ。




「放出される魔力の量が以前の倍になっている…やはり魔王の影響なのか」




あっという間に寝たきりの状態になってしまった私に、レオが寄り添って手を握ってくれる。ここまで酷い状態になるのは久しぶりだ。




「ごめんねレオ。見送りに行けなくて」


「何言ってるんだ。見送りに来なくたって、シェリーが僕のことを想ってくれてる事は十分に伝わってるよ。それより、ちゃんと体を休めるんだよ?僕のいない隙に君が無理をするんじゃないかって方が心配だよ」


「ふふ。大丈夫。ちゃんと休んでる」


「本当かなぁ?」




私はレオを手招きして引き寄せると、そっと抱きしめて彼の温もりを脳裏に刻んだ。彼を戦いに送り出すことを決めたのは私自身だ。今更止めるつもりはない。でも、彼を失った後の事を考えるのはやっぱり怖かった。




「いってらっしゃい。必ずみんなで帰って来てね」


「うん。必ず戻る。約束するよ」




「愛してる。シェリー」と言って、彼は私にキスをして部屋を後にした。本当は私も今回の魔王について何か調べられないかと書庫を漁ったりしたが、大して調べきらない内にベッドから起き上がれなくなってしまった。なんて情け無い。みんな必死に行動しているのに私だけこんなところで呑気に寝ているなんて。悔しくて何度も枕を濡らした。


レオが王都を旅立ってから数日後、私は不思議な体験をするようになった。夢の中で“魔王”と名乗る少年が何度も現れるのだ。でも魔王は本来蛇の獣人のはずだった。なのに夢の中の彼は背中から大きな羽を伸ばし、頭に葉っぱのような触覚を生やした蛾の獣人だったのだ。始めはただの夢だと思っていたけれど、次第に目を覚ましてからも夢の内容が鮮明に思い出せるようになり、それがただの夢ではない事に気付いていった。




「…貴方、本当に魔王なの?」


「そうだよ。何度もそう言ったはずだ。会うのが久しぶりだから忘れちゃったんだね」


「どうして私の夢に出てくるの?」


「君は、おかしな事を言うね。俺の夢に入り込んできたのは君の方なのに」




“リファ”と名乗ったその少年は赤茶色の長めの髪に、水色の瞳を持った気怠げな雰囲気の少年だった。夜の小川の傍に座り、足先を水に浸して蛍と戯れる姿は彼が夜に生きる者だということを物語っている。


私が彼の隣に行って同じように小川の側に座り込むと、彼はゆっくりとその長い指先を私に向けて言った。




「君には“夢見”の能力があるんだ。だからこうして他人の夢に入り込める」




そう言われた途端、私の頭の中に様々な記憶が怒涛のように押し寄せてきた。それは私がまだ両親や兄と暮らしていた頃から、つい最近までの夢の中の出来事だった。




「思い出した?前はよく夢の中でお喋りしていたけど、最近はあまり昼に眠らないみたいだったから会えていなかったんだよね。だから少し退屈だった」


「リファ…私また忘れてたんだね」


「うん。でも夢見を制御出来る人間は稀だから、記憶が残らないのも無理はないよ」




リファは穏やかな口調でそう言うと、指先に止まった蛍にフッと優しく息をかけて飛ばした。


彼は私が幼い頃から夢に現れては私と他愛のない話をする“夢の中の友人”だった。起きると夢の内容は忘れてしまうため当然彼のことも覚えてはいなかったけれど、夢の中で彼に会うと全て思い出すことが出来るのだ。


そういえば前回彼と会った時、この夢見の力のことで話をしていたはずだ。




「この能力を使うと魔力を消費するって言っていたよね。もしかして私が魔力を留めておけないのって…」


「俺と会っているせいだね。夢見の能力を使うと、使った相手の魔力量に合わせて魔力を消費するんだけど、魔力の残滓が体から滲み出るように見えるせいで“魔力を放出し続ける体質”だなんて言われることがあるみたい」


「本当に夢見について詳しいね。王都ではそんな話一度も聞いた事がないのに」


「それは当然だよ。その力は本来俺たちみたいな夜行性の種族が持つものだし、君みたいに人間が夢見の能力に目覚めても制御できずに自覚もないまま一生を終えることがほとんどだからね。この話も前にした覚えがあるけど」




「でも、もう心配する必要はないよ」とまた穏やかに言う。この静かな空間も相まって、なんだかこっちまで気が抜けていくようだった。彼がその続きを話すまでは。




「もうすぐ俺は死ぬみたいだから」


「え…?」


「王都から魔王を討伐するための軍団が差し向けられたって聞いたんだ。実際もう近くまで迫ってる。夢見は魔力の強い存在にどうしても引っ張られてしまうけど、俺がいなくなれば君の魔力の消費もほとんど抑えられると思うよ」




まるで自分が死ぬ事をなんとも思っていないような言い方に戸惑う。どうしてそんな平気な顔をしていられるのだろう。…いや、彼は元々優しい人だった。そもそも魔王になんてなるタイプじゃない。


魔王はそこにいるだけで瘴気を発して魔物を生み出してしまう存在だ。リファは魔物を使って誰かを苦しめようだなんて考えるはずもない。なら何故魔王になったのだろうか。




「ねぇリファ。今からでも魔王をやめることは出来ないの?」


「それは難しいかな」


「どうして?このままじゃ死ぬかもしれないのに」


「……。シェリーはどうやって魔王が生まれるのか知ってる?」




その言葉に静かに首を横に振る。彼は川に浸した自分の足をゆらゆらと動かしながら、また穏やかに言った。




「魔王は最初から魔王なんじゃなくて、自分のことを強く呪った時に魔王に“変異”するんだ。俺もただの獣人だったけど、ある時自分のことが心底嫌になって気が付いたら魔王に変わってた。だからやめようと思ってやめられるわけじゃないんだよね」


「そんな…」




魔王にそんな仕組みがあったなんて知らなかった。多分ゲームにもその説明は無かったはず。リファの言うことが正しいなら、魔王に変異してしまった状態から元に戻るのは難しいのかもしれない。でも、私は彼が本当は傷つきやすくて優しい人だという事を知っている。このまま見殺しになんて出来ない。




「…リファ。貴方に何があったのか聞いてもいい?」


「いいけど。別に面白い話じゃないよ?」


「面白くなくていい。私はただ貴方の話が聞きたいだけ」


「ふぅん?」




リファは不思議そうに首を傾げたあと、星空を見上げてゆっくりと話し始めた。


彼は生まれつき魔力が高く、大抵の魔法は子供のうちに扱えるようになったらしい。実力を聞く限りはその時既に大人の魔導士に匹敵するほどだったと思う。魔法を自在に扱えることは大きなステータスで、本来なら職に困ることもないはずだった。ただ、彼が虫の獣人だったという理由だけで人間や他の種族から疎まれ森で仲間たちとひっそり暮らす道しか選択肢がなかったそうだ。




「別に森での暮らしに不満はなかったよ。でも人間は俺を見ると何もしていなくても攻撃的になるから嫌いだった。それからしばらくして、夢の中で君に会うようになったんだ」




夢の中の私は普段通りで、勿論例に漏れずリファのことも最初から受け入れていた。初めこそ戸惑っていた彼も、次第に私のあまりにも普通の反応に慣れていったらしい。




「俺の羽が怖くないのかって聞いたら“威嚇のためにそういう柄になったんだから、普通のことだよ。別に怖くない”って言ったんだ。この羽のことそんな風に言う人間は初めてだったから驚いたよ。おかげで人間に対する嫌悪感は興味に変わっていった」


「リファはアトラスっていう世界一大きな蛾の獣人だもんね。最初に会えた時は嬉しかったな」


「はは。やっぱりシェリーって面白いや」




それからしばらくは私とリファの話だった。でも、ある時リファは森の中で一人の人間の少女に出会ったのだ。




「その子はサーシャって名乗ってた。何故か夜の森で蛇の獣人に襲われていたから助けたんだ。助けようと思ったのは本当に気まぐれだったけど、理由があるとしたらシェリーから人間にもいい奴はいるって聞いていたせいかな」




サーシャは森で夜にしか咲かない花を見に来たと言っていたので、リファはついでだからと一緒について行ったらしい。すると、泉のほとりにその花が咲いていたのを見つけた。月明かりに照らされて咲く水色の花はとても幻想的で、二人ともしばらく見入っていたそうだ。


リファがそんな話をしていると、私達の目の前にもその花が咲き始めた。川の縁に沿うように水色の綺麗な花が咲き乱れる。




「その後は他愛もない話をして、森の出口まで彼女を送って別れた。別れ際にまた来てもいいかと言うから、危ないからダメって言ったのにサーシャはよく夜の森にやって来た。おかげで俺は毎晩のように彼女のお守りをする羽目になったよ」




言葉だけ見ると嫌々だったようにも感じるけれど、リファの口元はなんだか笑っていて、きっとそのサーシャという少女との時間は楽しかったのだろうと思った。




「サーシャは母親を亡くしてて、画家の父親と二人暮らしなんだって。でも父親は変わり者で母親の話をしたがらないから、母親の好きだった花を森まで見に来ていたらしい。でもそのせいで死にかけたのに、よく懲りないなと思ったよ。あの子も大概変わってる」


「リファはサーシャと仲が良かったんだね」


「そうだね…俺もそう思ってた」




声色が寂しげに変わったのを聞いて「…リファ?」と声を掛ける。彼は暗い表情のまま続きを話した。




「サーシャともっと仲良くなりたかった。俺は兄弟もいなくて両親も忙しくしてたから家族に憧れがあったんだ。サーシャとなら、もしかして家族になれるんじゃないかって思って…俺、サーシャに気持ちを伝えたんだ。でも、あの子は少し考えたいからって。その日には返事をもらえなかった」




彼は膝を抱えると、まるで繭に閉じこもるように大きな羽で体を包んだ。




「返事をもらう約束だった日。サーシャは来なかった。もしかしたらって期待もしたし、断られたとしてもまた前みたいに友達として話が出来ると思ってた。でも、それ以来あの子は森に来なくなった。結局あの子も他の人間と同じだったんだ。俺みたいなのと一緒にいたくないってそう思ったんだろうって。自分でも驚いたよ。俺は獣人の本能が薄いと思っていたから、番にも執着しないと思ってた。まさか俺がこんな気持ちになるなんて」




いつも感情を表に出さないリファがこんなにも悲しみを露わにするのを見て驚く。何か声をかけたかったけれど、リファから伝わってくる大きな悲しみに声が出なかった。




「…どうしてあんな事言っちゃったんだろう。どうして俺は蛾の獣人なんだろう。好きだなんて言わなければ、俺がせめて蝶の獣人だったら、今もサーシャは俺の隣で笑ってくれていたのかな」




リファが力無くそう言い終わったあと、彼の様子がみるみるうちに変化していった。赤茶色の髪には紫が混じり、長い手足は鋭い爪と共に更に歪に伸びて、立派だった羽は紫色の光を帯びて毒々しい瘴気を放っていた。美しかった水色の瞳は虚ろになり、白目の部分は黒く変色してしまった。




「リファ…それが今の貴方の姿なの?」


「そうだよ。自分の事が心底嫌になって、いっそ生まれてこなければ良かったんじゃないかって強く思ったら、いつの間にかこうなってた。もう俺は元の姿には戻れない」


「リファ…!」




周囲の景色が歪んで闇の中に消えていこうとする。私の意識も霞がかかっていくのを感じて、夢から覚めるのだと悟った。


最後に見たのは暗闇の中でうずくまり、自分を呪うリファの姿だった。もう私の声は届かないのだろうか。彼はこのまま魔王として殺されなければならないのだろうか。





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