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第七話(リズ視点)




私の名前はリズ。


暴走トラックに轢かれて目が覚めると、どういうわけか前世でやり込んでいた乙女ゲーム“月夜の約束”の世界の主人公に転生してしまっていたわけだけど、前世で散々転生モノのアニメや漫画を履修していたおかげでびっくりするほどすんなり現実を受け入れられている。


そしてただのメイドからリズ=ヴィアロッテ男爵令嬢になり、晴れてこのダティスローズ王立学園に入学したのだ。


ここでの私の立ち回りはもう決めてある。そう、私の推しカイル=ラドクニフ先生のルートに入ること!


まぁカイル先生は本来攻略対象キャラではないからそんなルートはそもそも存在しないんだけど。でも、折角主人公に転生したんだから好きな人と恋がしたい。そう思っていたのも束の間。




「またお前かヴィアロッテ。授業は終わったんだからさっさと寮に戻れ」




生カイル先生の威圧感すご…。


カイル先生は黒髪に灰色のメッシュが入った癖っ毛に、黒い瞳の男前イケメンだ。でも元魔法騎士団長で左目に大きな傷があってすごく怖い。ゲームでは男らしくて頼り甲斐があって素敵だなって思っていたけど、実際に近くで見ると身長198cmの巨体も相まって一般人の私の心臓は縮み上がってしまうのだった。


それでもめげずに毎日カイル先生にアタックしてみるのだけど、いつも同じようにあしらわれて帰されてしまう。他の攻略対象キャラの生徒からの好感度は謎にどんどん上がっているのに、どうして一番好感度を上げたい人とは仲良くなれないんだろう。


そんなある日、クラスメイトからこんな話を聞いた。




「一つ上の先輩に獣人の恋愛相談に乗ってくれる方がいらっしゃるそうよ。私の友人もその方に相談して意中の殿方とのお付き合いに成功したのだとか」




すぐさま話題のシェリルビア=ラージアス先輩の元へ向かった私は、事のあらましを説明してなんとか相談に乗ってくれないかと泣きついた。


その人は緩めにウェーブした紺色の髪に、藤色の綺麗な瞳の人で、初めて見た時は一瞬お人形が座っているのかと思った。




「申し訳ないけど、いま新しい相談は受け付けてなくて…」


「こちらつまらないものですがラージアス先輩はベリー系のお菓子がお好きと聞いたので、木苺のマフィンを焼いてきました」


「まぁ少しなら相談に乗ってもいいかな。私のことはシェリーでいいよ」


「ありがとうございます!シェリー先輩!」




私がカイル先生の名前を出すと、「ああ、確かシンリンオオカミの獣人の先生だね」とすぐに種族名を言い当てた。カイル先生の事をただのオオカミ獣人と思っている生徒が多い中、正式な種族を見抜けることに少し驚く。




「話を聞く限り、リズの場合は獣人うんぬんよりまずコミュニケーションの取り方を見直した方がいいかな」


「そ、それは一体どういう意味ですか?私先生になにか失礼なことをしてしまってましたでしょうか?」


「単純にカイル先生は仕事をしていて、勿論学園にいる間は教師としてリズに接しているわけでしょう?それなのに特に理由もなく呼び止められたり、仕事の邪魔をされたら困ると思わない?」


「たしかに…私、とんでもなく迷惑な生徒でした」




自分の行いを振り返ってみると、私はカイル先生と仲良くなりたい一心で話しかけていたけれど、話す内容と言えば自分の話かカイル先生の話ばかり。そんな話をされてもカイル先生はきっと困ってしまうだろう。




「とりあえず和かに挨拶をすることを心がけてみて。それからオオカミは有能なメスを番に選ぶものだから、細かい気配りに気をつけてみるといいかも。例えば服にゴミがついていたらさりげなく取ってあげるとか、鍛錬の後にタオルを渡してあげるとか」


「なるほど…やってみます!」




私はカイル先生と沢山話したい気持ちを抑えて、シェリー先輩の言いつけ通りに明るく笑顔で挨拶をし、カイル先生の仕事の邪魔にならない程度に一日に一言二言だけ話すのを繰り返した。その内にカイル先生も私を見て威圧するような事もなくなり、柔らかい表情で挨拶を返してくれるようになった。




「それで、授業の後に少しお話しとかも出来るようになったんです!私が渡したタオルも大事にしてくれてるみたいで、なんだか夢みたいで!」


「なかなか順調みたいだね。それなら次の段階に移ろうか。どうやらカイル先生は昼食はいつも購買で済ませているみたいだよ。リズは料理が得意だから、今度手作りのお弁当を渡してみてごらん」


「お弁当ですか?でもそれはまだハードルが高いんじゃ…」


「大丈夫。貴女の手料理は美味しいから。ただメニューだけは私の言う通りに作ってね」




と、シェリー先輩に言われるがまま作ってしまったけど。本当に私のお弁当なんて食べてもらえるんだろうか。先輩が多めに作るようにと言うから張り切って3段重箱にしたけど、もし食べてもらえなかったらこれどうしよう…。


重い足取りでカイル先生の元に向かうと、案の定巨大なお弁当を前にギョッとしていた。




「これ、まさか俺に?」


「はい…。カイル先生はいつも購買でお昼を済ませているようでしたので、もっと美味しいものを食べてもらいたくて私が作りました」


「ヴィアロッテが作ったのか?ああ、確かここに来る前はメイドをしていたんだったか」


「はい。料理は好評で、賄いもいつも私が担当してました」




やっぱり断られるんだろうか。料理には自信がある分、カイル先生に突き返されたら余計にショックだ。でもシェリー先輩はかなり自信がありそうだったな。確か中身を見れば絶対食べてくれるはずだって言っていたような。




「おい、これ…本当にお前が作ったのか?」


「え?はい。そうですけど」




気がつくと、いつの間にかカイル先生は重箱の蓋を開けていて、信じられないものを見るような目で中身を凝視していた。




「なんなんだこの肉。真っ赤じゃねぇか!」


「ああ、ローストビーフっていう料理なんです。赤みが強いですけどちゃんと火が通っているので体に害はないですよ」


「まさか、この3段とも同じ肉が入ってんのか?」


「あ、はい…カイル先生はいつも購買でお肉を買われているみたいだったのでお好きなのかと思って沢山入れておきました。因みに一番下の段はお肉の下にご飯も敷いてあるので、一緒に食べるとより美味しいですよ」




すると神妙な面持ちで静かに蓋を閉めたカイル先生は、次の瞬間には見たことがないくらいの眩しい笑顔になって私に向き直った。




「必ず残さず食ってこの箱は返す!」


「は、はい!ぜひ食べてください!」


「ああ!わざわざ作ってくれてありがとうなヴィアロッテ!」




じゃあな!と口の端から垂れた涎を腕で拭き取りながら先生は職員室に戻っていった。一方、あんなに無邪気な顔で笑っているところを初めて見た私は、いつまでも心臓の高鳴りを止められなかった。




「か、可愛すぎる…」




それからしばらくの間、カイル先生にお弁当を作る日々が続くと自然とカイル先生と話す機会も増えていった。お弁当のリクエストまでしてくれて、最近はポテトサラダとローストビーフの組み合わせがお気に入りなんだそうだ。「もう購買に戻れなくなりそうだな」と笑う姿を見て、先生に必要とされているみたいで嬉しかった。


そんな時、急にカイル先生からお弁当のお礼がしたいと言われた。好きでやっている事だからと断ろうとしたが、彼は折れる気配がなく結局了承した。しかしよくよく話を聞いてみると。




「13時に噴水広場で待ち合わせって…これってまさかデートですか?」


「デートだね」


「ヒェッ」




慌てて報告をしに行ったシェリー先輩の前で思わず灰になりかけるも、なんとか意識を取り戻す。お弁当のお礼がデートってどういうこと!?




「ど、どどどうしましょう!?私カイル先生とデートなんて無事に乗り切れる気がしません!助けてくださいシェリー先輩〜!」


「うーん。今回は特にないかな」


「そんなっ…!?」




顔面蒼白で泣きつく私に、シェリー先輩はなんだか楽しそうに笑みを浮かべている。そういえばシェリー先輩はあまり笑わない方だけど、私の前ではよく笑ってくれている気がする。…なんて、自惚れかもだけど。




「折角のデートなんだから思い切り楽しんでおいでよ」


「はい…」




シェリー先輩にそう言われて頭を撫でられてしまえば、もう私は大人しく引き下がるしかなかった。


デートに着ていく服装やメイクの仕方、デート中の振る舞いについて毎日悩んでいると、あっという間にデート当日になった。約束通りの時間に噴水広場に向かうと既にカイル先生が待っていて、ラフな普段着が逆に大人っぽくて顔が熱くなった。




「よう、ヴィアロッテ。可愛い服だな」




屈託のない笑顔でそんな事を言われてしまえば、貴族のしきたりであるお世辞を言われたのだと分かっていても浮かれてしまう。市場を周ることになっていざ歩き出すと、周囲の人たちがみんなカイル先生を見ていることに気が付いた。長身でガタイもよくて、イケメンで、女性人気の高いオオカミの獣人とくれば気にならないわけがない。カイル先生はきっとモテモテだろうに、お弁当のお返しにとこうして私なんかの相手をしてくれている。なんて義理堅い人なんだろう。




「今日はここを予約してあるんだが。こういう店は好きか?」


「え、ここって」


「最近婦人の間で人気だと聞いてな。まぁでもヴィアロッテが苦手なら別の場所でも…」


「ここがいいです!ここにしましょう!」


「そうか。良かった」




カイル先生が連れてきてくれたのはクラスメイトが話題にしていた最近人気のカフェだった。貴族御用達という事もありちょっとお高めだが、前世のオシャレなカフェに引けを取らない素敵なカフェなのだ。まさかここに来られるなんて。しかもカイル先生と…。




「あの、予約を取るの大変じゃなかったですか?ここすごく人気で全然予約が取れないって聞いたことがあるんですが」


「ああ。実はここのオーナーとは顔見知りでな。少し融通を利かせてもらった。今回は苦労してないから心配しなくていい」


「すごい…」




こんな素敵なお店のオーナーと知り合いだなんて。騎士団のお知り合いなのかな…それとも貴族として関わりのある人とか?私にはそんなすごい関わりなんて一つもないけど、きっとカイル先生には他にも沢山の人脈があるんだろうなぁ。


私から見たカイル先生は大人の男の人だ。前世では15歳まで生きたから、今の年齢を足せば大体カイル先生と同い年くらいにはなるけれど、結局周りに子供として扱われていたから私には大人としての自覚が芽生えないままだった。せめて前世で働いた経験でもあれば違っただろうけど、向こうではまだ中学生だったから出来なかった。


私とカイル先生は、改めて考えると不釣り合いなのかもしれない。でも折角こうして出会えたのだから、簡単に諦めたくないのだ。


可愛らしいケーキを堪能した後、私たちは商店を巡る事になった。価格はさまざまだったけれど、やはり宝石の付いたようなものはそれなりに値が張る。折角気に入ったデザインのものがあってもなかなか手が出なかった。




「どれも可愛いですね」


「気に入ったものがあったか?」


「いえ。でも見ているだけでも楽しいです」




カイル先生が私に気を遣って買ってしまわないようになるべく一つのお店に留まらないようにしていた。しかし私ではなく、何故かカイル先生の方があるお店の前でピタリと足を止めてしまったのだ。




「どうしました?」




カイル先生が見ていたのは髪留めのようだったけれど、このお店にあるものはどれも宝石があしらわれているからきっとお高いはずだ。まさか私にそんな高価なものをいきなり買ってくれるわけがないし、誰かへのお土産だろうと思った。しかし、なかなかお店の前を動こうとしないカイル先生に首を傾げていると、不意にその髪留めを手にとって私の頭に当てて言った。




「やっぱりよく似合ってる」




まるで初めから分かっていたみたいに自然な様子でそう言うと、私が遅れて焦り出したのを尻目にカイル先生はその髪留めの代金を支払ってしまった。




「今日の土産に受け取ってくれ」


「でも、この髪留めすごく高いですよね?私なんかが貰って本当にいいんですか?」


「ヴィアロッテのために選んだものだから気にするな。もし気に入らないようなら売っちまってもいい」




そう言って何の気なしに手渡された髪留めはピンクを基調としたカメオ風のデザインで、所々に宝石の粒があしらわれたオシャレだけど可愛らしいものだった。その可愛さに見惚れていると、カイル先生が「着けてやろうか?」と言うので思わず「カイル先生が?」と言ってしまった。




「こう見えて妹が二人もいるからな。髪を結うのは得意なんだ。まぁ凝ったものはできないが」




そして私の手から髪留めを取るとそのままサッと髪を結い上げてしまった。店主さんに鏡を見せてもらうと、ハーフアップにされた髪に先程先生から貰った髪留めがキラキラと煌めいていた。




「すごく素敵です。ありがとうございます!」




私が笑顔でお礼を言うとカイル先生は顔をそらして「ああ」と返事をしただけだったけど、私はカイル先生からの初めての贈り物が本当に嬉しかった。




「そろそろ行くか」


「はい!」




そうして私がカイル先生に着いて行こうとした時、店主さんに小声で呼び止められる。





「お嬢さん、素敵な男性に好かれていて羨ましいわ」


「え?」


「だってその髪留めは…」




店主さんの言葉に私はつい舞い上がってしまい、その後のデートにあまり集中出来なかった。


寮に帰ってくると、ベッドの上で貰った髪留めを眺める。今日は本当に楽しくて、カイル先生がかっこよくて全部夢みたいだった。でも貰いっぱなしだとなんだか申し訳なくなってしまう。結局カフェ代も髪留めの料金も全部カイル先生が払ってくれて、私がした事と言えば冷たいフルーツ水を先生の隙を見て二人分買ったことくらいだ。




「…今度お礼にお菓子持って行こうかな」




手作りのお菓子を嬉しそうに受け取ってくれるカイル先生を想像して、私はまた頬が緩むのだった。





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