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第六話




レオルドさんが倒れた日の深夜。私はベッドで眠る彼の手を握って寄り添っていた。


ただの貧血だから心配はいらないそうだが、今まで体調を崩したことのない彼が青白い顔で寝込んでいるのを見るとどうしても心配だった。前から無茶な働き方をする人だとは思っていたけれど、今回は一体どうしたのだろう。


もしかして、仲間のチスイコウモリに自分の血を分けていたからとか?確かゲームの中でそんなシーンがあったような気がする。だけど、貧血を起こすほどということはかなりの量の血を分けていたのだろう。それに、レオルドさんは血を対価に一体何をコウモリ達にさせていたのだろうか。記憶は朧げだけど、ゲームの中では確か主人公の周囲の人間の情報収集を任せていた気がする。最近のレオルドさんは様子がおかしかったし、そういうことをしていても不思議じゃないかも。


結局私は彼に心配をかけてしまったのだ。彼がこうなったのは私のせいなのかもしれない。だけど、学園を卒業するまでの間だけはどうしても譲れないのだ。だから卒業した後は外に出ないとまで言った。


でも、たった数ヶ月でレオルドさんがこんな風になってしまうくらいならもう…卒業は諦めた方がいいのだろうか。もしこれ以上彼が体調を崩してしまったら、私はきっと後悔する。




「ん…」


「レオルドさん?」




握っていた手に力が入り、彼の目が開かれていく。部屋は予め暗くしていたため、今はサングラス無しでも彼の目に影響はない。




「僕は…どうして」


「玄関で倒れたの。お医者様は貧血って言っていたけど、気分はどう?」


「貧血?僕が?」




信じられない様子で自分の体を見るレオルドさんに水を渡そうと思ったけれど、ポットの中の水はもうぬるくなってしまっていた。




「いま新しい水を持ってくるから。ちょっと待ってて」




そう言って水の入ったポットを持って立ち上がった瞬間、レオルドさんに腕を掴まれる。




「いい。水はいらない」


「え?でも…」


「いいから。そこに置いておいて」


「…わかった」




具合が悪いせいか元気のない声でそう言うレオルドさんが心配になったけれど、本人がいらないと言うなら仕方ないかと大人しくポットを元のサイドテーブルに置いた。その瞬間、グイッと強い力で横に引っ張られ気付いた時には上体を起こしたレオルドさんにベッドの上で抱きしめられていた。




「レ、レオルドさん…?」


「どうして…」


「え?」




こんな強引な触れ方をされたのは初めてで、思わず頬が熱くなる。それをなんとか誤魔化そうと気持ちを落ち着けながら、レオルドさんの弱々しい声に耳を傾けた。




「どうして、学園に行きたいの?君は学びたいからと言ったけれど、それは何のため?」


「それは…」




それは一重に“レオルドさんの役に立ちたいから”だ。でもそれを言ってしまえば、私がこの家を出ていく気がなく、レオルドさんの事を心から慕っていることも伝わってしまう。今それを言うべき場面なのか、判断が付かない。


私が続きをなかなか話せないでいると、痺れを切らしたレオルドさんがまた口を開く。




「僕には言えない?」


「そんなことはない、けど…」


「やっぱり、学園に好きな人でも出来た?」


「え?」




予想もしていなかった言葉に思わず思考が停止する。好きな人…確かにレオルドさんも学園の関係者だし、あながち間違いではないけど。多分今の聞き方だと、自分は含めていないだろう。ここで曖昧なことを言えばもっと不安にさせてしまうはずだ。




「ちが…」


「ずっと君を見ていたのに気付かなかったなぁ。一体誰なの?最近仲良くなったアルバート殿下?でも殿下のような目立つ人は君のタイプじゃないよね?」


「レオルドさん、話を…」


「僕ね、君宛の手紙は全部確認してるんだ。だってどんな奴が君に近づこうとしているのか知っておかないと君を守れないでしょう?学園でもコウモリを使って君の周りをずっと見守っていたし、君に好意を寄せている生徒のことも全部覚えてるよ。また変な気を起こさないようにちゃんと監視してるから、安心して?」




きつく抱きしめられていて顔は見えないけれど、きっと彼は今無理に作った笑顔でそんなことを言っているのだろう。どうして気付かなかったんだろう。もう彼はとっくに限界だったのに。




「レオルドさん、あの……きゃっ!」




なんとか話を聞いてもらおうと懸命に声をかけるけれど、まるで私の声を遮るように彼はぐるりと体勢を変えた。思わず瞑っていた目を開くと、私は彼のベッドに押し倒され、目の前には私に覆い被さったレオルドさんがいた。ようやく見られた彼の表情は、今にも泣いてしまいそうなほど悲痛で、私がどれだけ彼を苦しめてしまったのかを思い知った。




「シェリー。愛してる」


「!」


「世界中の誰よりも君を愛しているよ」


「レオルドさ…んぅっ」




彼の言葉が嬉しいのに、苦しい。彼の辛い気持ちが唇からも伝わってきて、なんだか泣きそうになる。ごめんねレオルドさん。こんな風になるまで気付いてあげられなくて。こんな状況で貴方がずっと隠してきた気持ちを言わせてしまって。


しばらくして顔を離した彼は、泣いていた。濡れた赤い瞳から零れ落ちた透き通った雫が私の頬を濡らす。




「お願い僕の気持ちを受け入れて…じゃないと、もう僕はダメなんだ」


「レオルドさん…」




初めて見た彼の涙が綺麗で、自然と指先が彼の目元に引き寄せられる。彼の目尻に触れた手を、レオルドさんの大きな手が上からぎゅっと押さえつけた。




「こんなに離れがたいのは君だけなんだシェリー。他の誰かじゃなくて、君じゃなきゃ…僕は君がいれば他には何もいらないから。僕から離れないで…僕を、一人にしないで」




この状況でこんなことを思うのはおかしいとは思うけれど、泣きながら私の手に縋り付くレオルドさんが、私は堪らなく愛おしいと感じていた。


この世界がゲームの世界と瓜二つだと知る前から、レオルドさんはどこか普通の人とは違うことには気付いていた。だけど、普通の人より束縛が激しくてストーカー気質で愛が重くても、私はそんな彼を好きになった。私を一番に考えてくれて、そばにいるだけで心に温もりを与えてくれる人。きっと私も彼と同じでどこか普通じゃないのだ。でも、だからこそ私は彼を選んだ。普通じゃない者同士だからこそ、きっと惹かれ合ったんだ。




「レオルドさん。聞いてくれる?私が学園に行きたいと思った理由」


「やっぱり、他に好きな奴が…」


「違うよ。私、学園でちゃんと勉強してレオルドさんの役に立ちたかったの。貴方がずっと一人で無理していたのを見てきたから」


「え?」




驚きで固まってしまった彼に、そのまま言葉を続ける。




「ずっと言えなかったけど、私もレオルドさんのことが好き。だからちゃんと勉強して、いつか貴方の仕事を隣で手伝えたらって、そう思ったんだよ」


「そんな…僕の、ため?」




のそのそと私の上から退いたレオルドさんは、その後百面相しながらなんだかぶつぶつ言っていた。急に笑ったり青ざめたりと忙しそうだ。レオルドさんの珍しい行動に思わず見入ってしまったけれど、やがてハッとしたように動きを止めて真剣な顔になったと思ったら。




「そうか!これは夢だ!」




なんて言い出すので、夢にされては困ると思い切り体当たりして今度は私がレオルドさんを押し倒した。




「いてて…あれ、夢なのに痛い?」


「当たり前だよ。夢じゃないんだから」


「し、ししシェリー!?お、女の子がこんなことしちゃダメじゃないか!?」


「さっきレオルドさんも同じ事したのに私はダメなの?」


「そ、それは……ごめんね。怖がらせて」




しゅん…と大人しくなるレオルドさんに私は笑って、彼の隣に寝転んだ。ここでむしろ嬉しかっただなんて言ったら流石に嫌われてしまうだろうか。




「でも、やっぱりシェリーが僕のことを好きだなんて信じられないよ。君は、知らないから…僕がどれだけ愚かで浅ましいのかを」


「…愚かで浅ましいかは分からないけど。レオルドさんが言ってるのは、例えば夜な夜な私の寝室に来てキスしてることとか?」


「なッ…!?」




一瞬赤らんだ顔がどんどん青ざめていく。ちょっと可哀想だけど、私は別に嫌じゃなかったからレオルドさんが焦る必要はどこにもないのだ。




「あとは私が捨てたゴミを漁ってたり、私の行動を細かく日記に書いたりしてるよね?」


「なンッ…なんでそんなことまで知ってるんだ!?」


「ずっと一緒に暮らしてるんだからそのくらい気付くと思うけど」


「そんな…。まさか、シェリーに気付かれていたなんて。…でも、どうして気付いていたのに寝たふりを続けてたんだい?流石に君が起きていたらキスなんてしなかったのに」




真っ赤な顔で弱々しくそんな事を聞いてくるレオルドさん。そんな様子もとても可愛いけれど、正直何を言っているんだろうと思った。




「好きな人がキスしに来てくれるって分かってるのに台無しにする理由なんてないでしょう?」




空いた口が塞がらない様子の彼に、私はつい笑ってしまう。すると彼はまだ赤い頬をそのままに、また問いかけてきた。




「どうしてシェリーはこんな僕を好きになってくれたんだい?僕の愚行を全部知っていたのなら、尚更おかしいよ…」


「レオルドさんのそういうところも含めて私は好きになったから…じゃあ納得出来ないかな?だって、そんなに色々行動してくれるってことはそれだけ私のことが大好きで、いつも私のことで頭がいっぱいってことでしょう?」


「うっ…まぁ、確かにシェリーのことはいつも考えているけれど」


「ふふ。きっと世界中探しても私をそこまで想ってくれる人なんて他にいない。だから私は貴方のことが好きになったの。これからも私の側にいてくれる?…れ、レオ」




愛称で呼ぶ時は流石に恥ずかしくて少しつかえてしまったけれど、それでもなんとか“レオ”と呼ぶことが出来た。改めて口にすると急に距離が縮まった気がしてこそばゆい。でも、なんだか幸せな気持ちになった。


それはレオも同じだったようで、次の瞬間にはまた彼に抱きしめられていた。今度はさっきのような息苦しさはなく、ただ温かくて安心するいつもの彼の抱きしめ方だった。




「ああ、勿論だよシェリー。絶対に君を幸せにしてみせる」


「うん」


「…それから、学園のことだけど。僕はもう大丈夫だから、安心して通ってほしい。子供みたいな駄々をこねて君を困らせたりして本当にごめんね」


「ううん。私がレオに無理をさせてしまったのがいけなかったから。沢山不安にさせてごめんなさい」


「シェリー。君は本当に優しいね。でも本当にもう大丈夫なんだ。僕が一番欲しかった言葉を君がくれたから」




その日は二人で寄り添って眠りについた。私がウィンターナー家に引き取られて間もない頃に、寂しくないようにとレオが一緒に寝てくれたあの時のように。二人並んで朝を迎えた。


それからレオは以前のような落ち着きを取り戻し、私が男子生徒と話していてもあの仄暗さを感じなくなった。ただ、目が合うとサングラス越しでも分かるほど慈愛に満ちた目を向けてくるので、彼の授業の時は少し居心地が悪かったりする。でも、想いが通じ合ったことを実感すると、私もどうしようもなく嬉しかった。


やがて月日は流れ、もうすぐ進級という時期に差し掛かった頃。突然家にやって来たリズからとんでも無いことを聞かされた。




「私の病の原因が…魔王?」


「はい。間違いありません」


「ちょっと待ってください。突然なんです?どうしてシェリーの病と魔王が関係しているんですか?」


「落ち着けウィンターナー。今からリズが説明する」




今日の放課後、リズとカイル先生から大事な話があると言われて家に招いたのだが、お茶を出した途端「シェリー先輩の病の原因は魔王です」と言い出したのだ。




「実は先輩のように生まれつき魔力が体から抜けてしまうといった症状の方は他にもいます。歴史的に見ても今まである一定の周期でごく少数の同例の患者が現れているんです」


「ある一定の周期…まさか、それが」


「はい。魔王が現れる時期に重なります」


「…偶然ではないですか?」


「そうとも言い切れない。実は数ヶ月前に南の森で魔王が顕現していた痕跡があると王室から通達があった。箝口令のせいで話せなかったが、それもそろそろ解かれるだろう」


「そんな、魔王って…」




信じられない話に思わずリズの方を見る。彼女がいつになく真剣な面持ちでゆっくり頷いたのを見て、それが真実なのだと受け入れるしかなかった。


そもそもこの世界と瓜二つの世界観である乙女ゲーム“月夜の約束”のメインストーリーは、主人公が2年をかけて様々な魔法を習得し、最終的に一番親密度の高いキャラを連れ立って魔王を討伐することでエンディングを迎える。つまり本来のシナリオであればあと1年は魔王は現れないはずなのだ。それが1年も前倒して魔王が顕現するなんて。


いや、魔王のことも心配だが、今は私の病気について聞かなければ。




「私はリズの言う事を信じるよ。他にどんなことが分かっているの?」


「はい。過去の記録には魔王が大きな魔力を使う度に症状が悪化したといいます。これは仮説ですが、恐らく何らかの能力で魔王が人間から魔力を吸い取り力を使っているのではと。シェリー先輩の体は魔王の影響を受けやすく、放出を止められないのだと思います」


「筋は通っているように聞こえますが…。しかし、そんな記録一体どこで目にしたのですか?シェリーの病気は幼い頃から何人もの腕利きの医者に診せても原因が分からなかったというのに」




レオの問いかけに、リズはカイル先生と頷き合った。二人の間に流れる空気の重さにその先の答えを察してしまう。




「実は私とカイル先生は魔王討伐隊に選ばれたんです」


「リズ…」




私が思わず声をかけると、こちらを安心させるように微笑んだ。




「その時に禁書の閲覧を許可され、魔王についての文献を読みました。その中にシェリー先輩の症状に似通った症例が記されているのを目にし、そこから調べたのです」


「禁書…なるほど。魔王に関連している事柄なら一般に公開されることはないですね。アルバート殿下は以前から魔王について熱心にお調べになっていますが、シェリーの症状が魔王に関連しているというところまで結びつかなかったのでしょう」


「ですが、安心してください」




私とレオに向き直ったリズが笑顔で言う。




「魔王は必ず私達が倒して、シェリー先輩の病を治してみせます!」




そう言い切ったリズの手に隣からカイル先生の手が重ねられる。お互いを見つめ合って微笑む二人がこれから戦場に向かうのだと思うと胸が張り裂けそうだった。


リズは本当にいい子だ。きっと前世でも明るくて主人公みたいな子だったんだろう。だけど今回ばかりはいくら主人公でも厳しい場面になるはずだ。


恐らく今のリズは魔王討伐に必要な魔法を全て覚え切れていないし、大きな魔法を使うために必要な魔力も育っていないだろう。なんせ1年目では大した魔法は習わないし、主人公が急成長するのは2年目なのだから。それに今回同伴するカイル先生は攻略対象キャラではない。確かに元魔法騎士団長だったから実力はあるけれど、左目を負傷して引退してからは戦に出ていない。


不安でいっぱいに決まっているのに、リズはそれを悟らせないように笑顔でいてくれている。でも主人公だからって、リズが行かなくてはいけない理由にはならない。魔王との戦いで死んでしまったら、折角恋人同士になれたカイル先生とももう二度と会えなくなるんだよ?


本当にそれでいいのリズ?





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