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第三話




前世での私は両親に対してあまり良い思い出がなく、その結果他人との人間関係が非常に淡白になっていたと思う。両親は養育費は払うけれど基本的に私に愛情と呼べるものは向けず、夫婦仲も良くなかった。学校行事に参加する他の子供の親達を見て、私の家族は“家族”と呼べるのか疑問を持った。


そして両親から感じる私への“煩わしい”という感情に、いつしか必要以上に他人の言動を気にするようになってしまった。それは自分に愛情を向けてもらうための努力ではなく、自分がこれ以上迷惑な存在にならないための努力だった。それでも、いくら気を回して他人との衝突を避けていても、ちょっとした事で拗れたり、面倒なことになったりする。その内に人と関わる事自体を避けるようになった。


大人になってもその性質は変わらず、私は他人に頼らず一人で仕事をこなすようになっていた。別に無理をしていたつもりはなかったし、体は健康とは言えずともまだまだ頑張れると思っていた。なのに、まさかとっくに限界を迎えていたなんて驚きだ。


今思えばよく階段で息切れを起こしていたのも体力低下が原因ではなく、心不全の予兆だったのかもしれない。死ぬ間際のことは今も思い出せないけれど、多分思い出さないままの方が幸せなのだと思う。


そうして私は転生して、初めて本当の“家族”を手に入れた。最初は戸惑ったけれど、そんな戸惑いも吹き飛ばすくらいの深い愛情を向けられて私は両親と兄のことが大好きになった。でもそんな幸せも、わずか7年で終わりを迎えた。


初めて手にした家族の愛を失った時、私は自分が考えていた以上にショックを受けていたようで、しばらくは食べ物が喉を通らなかった。


今でもはっきりと思い出せるのだ。あの激しい雷雨の夜に、私達が乗っていた馬車が土砂に埋もれて両親はあっという間に飲み込まれ、すぐに異変に気付いた兄がかろうじて私だけを土砂の外に逃がしてくれたのだ。「逃げろ!」と叫んだ兄があっという間に流れ落ちて来た土に埋まったあの光景が、独りぼっちになった私を責め立てるような容赦のない雷の音が、今も鮮明に脳裏に蘇ってくる。




「シェリルビアお嬢様?如何なさいましたか?」




廊下の途中で立ち止まり、窓の外を眺める私をまだ新人のメイドが不思議そうに問いかけてくる。




「なんでもないわ」




そう言ってまた歩き出したけれど、私は遠くの雲がわずかに光ったのを見逃さなかった。


メイドを下がらせた後、私は一人で地下の物置に向かう。ここは暗くて物が多くて少し埃の匂いがするけれど、今日みたいな雷雨の日にはこの屋敷の中で一番安心する場所なのだ。いつもなら夜にはレオルドさんが帰っているから、彼と話しているとこの心細さを紛らわせられるのだけれど、今日は生憎先生同士の打ち合わせがあって遅くなるのだとか。きっと試験が近いからその事で話し合うのだろう。今年はアルバート王子と元平民のリズがいるから色々と配慮が難しそうだ。


でもレオルドさんが戻った時に私が見当たらなければきっと心配するだろうから、頃合いを見て戻らなければ。新人のメイドの子には何も言わなかったけれど、昔からいるエリザやよく私の世話をしてくれているメイド達も心配するかもしれないし。少しの間だけ、ここで雷雨が過ぎるのを待たせてもらおう。


私は荷物の間に身を滑り込ませると、座り込んで膝を抱えた。こうしていると耳を澄ませても雷の音は聞かずに済むから。


それからしばらくして、そろそろレオルドさんが戻ってくる頃になって私はのそのそと立ち上がると物置の扉に手を掛けた。しかし、どういうわけか扉が開かない。鍵を鍵穴に差し込んでみるが、鍵が掛かっているわけではなかった。慌てて扉を押したり引いたり叩いたりしてみたがびくともしなかった。




「閉じ込められてしまった…」




どうやら立て付けが悪くなっていたようだ。こんな事なら少しだけ扉を開けておくんだった。


試しに大声で外に呼びかけてみたけれど、誰かがやってくる様子はなかった。メイドの多くは私が雷雨の日に隠れることは知っているし、明日の朝になれば物置の鍵がなくなっていることに誰かが気付くだろう。一晩ここで明かす事になるが、別に大した事じゃない。


私は先程まで座っていた場所に戻り、また膝を抱えてうずくまった。


両親や兄は、私がこんな歳にもなって物置に隠れているのを知ったらどう思うだろうか。きっとみんなおかしそうに笑って「子供みたいね」「怖がりだなぁ」って言って、その後に「寂しい思いをさせてごめん」って泣きそうな顔で笑うんだろう。とても優しい人たちだった。愛情を知らなかった私に、最初に無償の愛を注いでくれた人たち。


本当に大好きだった。




「あ…」




気が付けば涙が溢れていた。最近は泣いたりなんてしなかったのに、どうしてだろう。そうだ、いつもはレオルドさんが居てくれたから寂しい思いをしないで済んでいたんだ。私は彼に出会ってから甘えてばかりだな。まだ彼の気持ちに応えられないのに助けてもらってばかりで、何も返せていない。ずるいとわかっているのに、彼の優しさに縋りたくなってしまう。




「レオルドさん…」




そう小さく呟いた時、物置の扉の向こうで何か音がした。




「シェリー!?」


「え、レオルドさん…?」




すぐにレオルドさんの声が聞こえてきて、バキッという鈍い音の後にあんなに開かなかった扉が開いた。そこから現れたレオルドさんは少し息を切らしながら、座り込んでいた私の元へやって来ると目の前に膝をついてホッとした様子で顔を覗き込んできた。




「こんな所にいた」


「どうして…ここがわかったの?」


「ここは狭くて外の音も届きにくいからね。雷の音も遠い。シェリーならきっとこういう所に隠れるだろうなって思ったんだ」




メイドに聞いたわけでも物置の鍵がないことに気付いたわけでもないのに、あっという間に私を見つけてくれた。普段どれだけ私の事を考えてくれているのかがよく分かる。


驚いて固まっている私の頬にレオルドさんの手が優しく触れる。彼の指先からは雨の匂いがした。




「レオルドさん」


「ん?」


「少しだけ、そばに居てほしい」




私の言葉を聞いて一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐにいつもの優しい笑顔を向けてくれる。




「いいよ。雨が止むまで一緒にいよう」




そう言って彼は物置に積まれていた毛布から綺麗な物を取り出して私の肩に掛けようとしたので、それを遮って彼の肩に掛け直した。




「レオルドさんは雨の中帰ってきたばかりでしょう?私より体が冷えてしまうからレオルドさんも使って」


「僕は別に平気だよ。でもシェリーがそう言うならこうしよう」




彼はさっきまでの私のように荷物の間に座ると私を彼の足の間に座るように誘導した。そこに座るのは少し気が引けたけれど、心が弱っていたせいか抵抗する気になれなかった。そして私が大人しく座り込むと、後ろから毛布ごと彼に包み込まれる。




「これなら二人ともあったかいね」


「毛布は他にもあるのに…」


「でもこうした方がもっとあったかいでしょ?」


「…そうだね」




レオルドさんの体温が徐々に伝わってきて心地良い。少し微睡始めた頃、耳の後ろで優しい声がした。




「もう遅いから、このまま寝てしまいなさい」


「…うん」




子供の頃よくこんな風に言われて彼に寝かしつけられたなぁ、なんて少し懐かしくなる。私は最後の力を振り絞って後ろにいるレオルドさんの方を振り返った。




「おやすみなさい。レオ兄さま」




いつの間に外したのか、サングラスを取った素顔のレオルドさんが「えっ」と言っていたけれど、気にせず前を向いて眠りに落ちる。


家族をみんな失ってしまったあと、ずっと私を守ってくれていたこの腕の中がやっぱり一番安心する。彼の温かさに私は雷雨のことなんてあっという間に忘れてしまっていた。


それから朝になると、昨日の嵐なんて嘘のように空は晴れ渡っていた。そしていつものように笑顔でレオルドさんを見送ると、私は密かに決心した。


やっぱり私はレオルドさんのことが好きだ。できる事ならこの先もあの人の側にいたい。これを伝えればきっと私の望みは叶うだろう。だけど、何も出来ずにただ守られているだけなんて嫌だ。私にも何かあの人の役に立てる事がしたい。


そのためにまずはしっかり領地経営について学ぼう。屋敷にある書物やレオルドさんが教えてくれることだけじゃ足りない。




「学園に行かなきゃ」




決意を胸に、私は早速準備を始めた。





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