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第二話




この世界が名前も思い出せない乙女ゲームの世界と瓜二つだと気が付いてからしばらくが経ったある日。


今日は私の元に珍しくお客様が来ていた。




「シェリー先輩本当にお久しぶりです!お加減はいかがですか?」




そう涙目になりながら私の手を取って聞いてきたのは、薄桃色をベースに、毛先にかけてクリーム色にグラデーションがかかった髪をふわふわとウェーブさせ、はちみつの大きな瞳を持った少女。1つ下の後輩であるリズ=ヴィアロッテだ。




「リズ。ラージアスが困っているからその辺りにしておけ。お前の気持ちはもう十分に伝わっているだろう」


「でもカイル先生!私本当にシェリー先輩のことが心配だったんですよ?心なしか元々細いお体が更に細くなったような気が…ご飯はちゃんと食べていらっしゃいますか?もし良ければ私が何かお作りしましょうか?」


「リズ…」




瞳をうるうるさせて迫ってくるリズの隣で頭を抱えてため息を吐いているのは、レオルドさんと同じ王立学園の教師で剣術指導担当のカイル=ラドクニフ先生だ。


カイル先生は攻略対象キャラではなく、アルバートルートに登場する所謂サブキャラだ。だけど狼の獣人ということもあってワイルドイケメンだし、もふもふ好きには堪らない毛艶のいい大きな尻尾を持っていることで周囲からの人気は高いのだ。


そんなカイル先生がどうして一生徒であるリズと二人でこんな所までやって来たのかというと、実は二人が恋人同士だからなのである。そしてそんな二人の恋路に巻き込まれ…もとい、応援していたのが私なのだ。




「私の体調は安定しているし、食事もきちんと摂っているから心配ないよ。わざわざ夏季休暇中にお見舞いに来てくれてありがとうねリズ。それからカイル先生もありがとうございます」


「別に大した事じゃない。俺もラージアスのことは気になっていたし、何より俺が何もせずにいたらリズが暴走して一人で見舞いに行きそうだったからな」


「うう、シェリー先輩がお元気そうで安心しました!本当に心配したんですからね?」


「うん。ありがとう」




言葉通りに心底安心しているように見えるリズ。彼女はフリとかではなく本当にいい子だ。明るくてパワフルで、みんなのムードメーカー。ひとつ気になるのは、ゲームの中での彼女とは性格が違う事くらい。本来ならもう少し大人しくて流されやすいタイプのはずだし、勿論攻略対象キャラ以外の相手を選ぶことも出来ないはずだ。


そう。実はこのリズ=ヴィアロッテこそ、私が名前を思い出せない乙女ゲームの主人公なのだ。正直なところ主人公のデフォルト名も思い出せないので、名前の「リズ」には確証が待てないのだが、外見が彼女と一致しているのは覚えている。そしてアルバート王子の1つ下の学年で王立学園に入学してくることと、元平民のメイドだった所を雇い主である男爵に魔法の才能を見出されて養子になったということも共通している。


普通の友人だと思っていたリズが乙女ゲームの主人公だったと気付いたのは、先日この世界が乙女ゲームの世界だと気付いた後だ。まさか知らぬ間に主人公と親しくなっているとは思いもしなかった。


だがこの主人公、どこか様子がおかしい。先ほども言った通り、ゲームの中の主人公とは違う点が多いのだ。私という本来ゲームに登場しないはずのモブが彼女に関わった事でサブキャラのカイル先生との距離が縮まったという事ならまだ理解できるが、私が関わる前から彼女の性格がゲームと異なっているのはやはり不思議だ。


そう疑問に思っていたところに丁度見舞いにやって来たリズ。これはもう本人に直接確認するしかない。密かにそんな決意を固めていたのだったが、少々問題があった。




「シェリーの体調も確認出来た事ですし、お二人にはそろそろお引き取りいただきましょうか」




「え…」と誰かが困惑した声を漏らす。多分リズだ。今まで大人しかったレオルドさんが、貼り付けたような笑顔で突然そんな事を言い出せばみんな驚くに決まっている。




「そんな!私達今し方こちらに到着したばかりなんですよ?せめてもう少しお邪魔出来ないですか?」


「申し訳ありません、ヴィアロッテさん。シェリーはお二人に心配をかけまいと強がっているだけで、本当はそこまで万全ではないのです。まだ外出許可も出ていないくらいですので」


「そうなのですか!?」




レオルドさんの言葉に驚いて思わず身を乗り出すリズを、横からカイル先生が優しく抑える。心配をかけたくないのは本心だけれど、別に無理はしていない。それにレオルドさんは平然としているが、私は知っている。私に外出許可を出してくれないのはお医者様ではなくレオルドさんだということを。…なぜあんなに堂々と嘘をつけるのだろうか。




「はい。ですのでなるべく長居はせず、速やかにお帰りください」


「それは…確かにシェリー先輩のお身体に障ると困りますね」




リズは寂しそうにシュン…と肩を落とすと、ちらっちらっと何度も私の様子を伺ってくる。まだ帰りたくないんだろうなぁ…。


私としては体調は別に問題ないし、折角お見舞いに来てくれたリズをさっさと帰す理由もない。ちらちら見てくるリズに私は大丈夫だと告げようとすると、私より先にカイル先生が口を開いた。




「なぁ、ウィンターナー。ラージアスの具合はそんなに悪いのか?」




恐らくあまりにもこの場所に未練たらたらなリズを見かねての言葉だろう。彼女を引き下がらせるためにはもう少しだけここで過ごすか、やはり私の体調がすこぶる悪いのだという説明がもう一押し必要だと判断したのだろう。




「ええ。ガサツなラドクニフ先生にはシェリーの不調は見抜けないのでしょうが、顔色も良くないし朝食もほとんど手をつけていません。よほど具合が良くないのでしょう」


「そうか。そりゃ大変だな。なら俺たちが長居するのは良くねぇ」




レオルドさんの言葉に一度は頷いたカイル先生だった。しかし。




「ところで誰がガサツだって?」




大きな体躯で腕を組んでレオルド先生を威圧的に見下ろすカイル先生と、サングラスを中指で押し上げながら下から睨め付けて口元だけに笑みを浮かべるレオルドさんの背後で試合開始のゴングが鳴り響いた気がした。




「おや聞こえませんでしたか?貴方のことを言ったんです。道の真ん中を我が物顔で練り歩き、食事を犬のように食い散らかしても平然としていられる方にはガサツという言葉がぴったりかと思いますが?」


「ほう?ならお前は陰険クソグラサン野郎だな。本心ではラージアス以外の奴等全員見下してるくせにいつもヘラヘラしやがって。お前が普段頭の中で考えていることをここで暴露してやってもいいんだぜ?」


「お好きにどうぞ。僕のシェリーは貴方の野蛮な言葉を信じたりしませんので。それより振る舞いには気をつけた方がいいですよ。貴方自身への評価はお連れの方にも影響しますから」


「ああ?テメェ俺のリズを貶したら許さねぇぞ」


「僕は貶したりしませんよ。ただ話好きな他の方々はどうでしょうね?」


「俺がリズへの侮辱を許すと思うか?少しでもそんな話が聞こえてきたら秒でそいつら全員後悔させてやるから安心しろ」


「やはり野蛮で困りますねぇ。シェリーにそれ以上近づかないでいただけますか?貴方と違って彼女は繊細なので」


「なんだとコラ?」


「なんですか?」




そのまま額がくっつくのではないかと思うほど近距離で睨み合う二人に、毎度よくやるなぁと感心してしまう。この二人は学生時代からの腐れ縁で出会った当初から馬が合わないのだとか。学園ではここまで言い合いになることはないが、今は私達しかいないので周囲の目を気にすることなくマウントを取り合っている。二人とも哺乳類の獣人だから仕方ないのかもしれない。


そろそろ止めるべきかと悩みながら白熱する二人を眺めていたが、ふと向かい側のソファに座っているリズの様子が気になって横目で確認してみた。すると彼女は慌てた様子もなく、むしろどこか嬉しそうに目を輝かせて言い争う二人の大人を見ていたのだ。そんな彼女の反応を見てピンと来た。やっぱり彼女も、私と同じなのではないかと。この二人の言い合いはゲームの中にも登場していて、レオルドルートに入った序盤で見ることが出来る。カイル推しには堪らない光景だろう。


私は早速近くにいたメイドのエリザを手招きすると、後のことを頼んでリズと二人で部屋を出る。エリザはワシミミズクの獣人で、頭も良くてコウモリの天敵でもあるため暴走した二人でも止めることが出来るだろう。あと、私の部屋でリズと恋バナをするから部屋に誰も入れないでと伝えておいた。これで勝手に話を盗み聞きされることもないはずだ。実際には恋バナではなくもっと重要な話をするのだけど。




「わぁ…ここがシェリー先輩のお部屋…。じゃなくて!突然どうしたんですか?カイル先生とレオルド先生置いて来ちゃいましたけど」


「いいんだよ。あの二人はまだしばらく言い合いが終わらないだろうからね。それより、私はリズに聞きたいことがあるんだ」


「聞きたいことですか?」




私は私室に招いたリズを椅子に座らせ、部屋の外でメイドから受け取った紅茶を自らカップに注いで彼女に渡すと、自分もリズの向かいの椅子に腰掛けた。


カップに一度口を付けた後、不思議そうにこちらを見つめるリズに話を切り出す。




「単刀直入に言うね」


「はい」


「リズは前世の記憶があったりする?」


「…………エッ」




驚きすぎたのか硬直したままカタカナのリアクションになっているリズ。どんな聞き方をしても驚かせることは分かっていたので、とりあえず話を続ける。




「実は私も最近気付いたんだ。この世界が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界と同じだってことに」


「エッ?エッ?…ジャア、センパイモ?」


「貴女と同じ転生者だよ」


「ゥエーーッ!?」




驚きのあまり飛び上がったリズとその後は色々な話をした。基本的にはゲームの内容のすり合わせだったけれど、前世でのお互いの話も少しだけ話した。なんと彼女は亡くなった時まだ15歳の中学生だったらしい。高校受験も無事に終え、あとは卒業するだけという時に不慮の事故に遭い転生してしまったのだとか。死亡年齢が私と10歳も離れていたことには正直驚いた。




「シェリー先輩は亡くなった時のこと覚えていないんですか?」


「実はその辺りの記憶が曖昧なんだよね。多分職場で仕事をしていたのだと思うんだけど、気が付いたら転生していて死んだのかどうかもあまり自覚がないんだ」


「もしかして過労で亡くなったんじゃないですか?」


「過労……私が?」


「ゲームの中に転生する話ではメジャーな死亡理由なんです。私の場合は最も人気なトラックに轢かれて転生するパターンで、先輩の場合はその次に人気な過労死による転生だったんじゃないかと」


「人気な死亡理由とは。でもリズは転生についても詳しいんだね」


「勿論です!アニメも漫画もゲームも大好きでしたから!おかげでこの“つきやく”の世界の知識もバッチリです!」




リズが自信満々にそう話した“つきやく”というのが私が名前を思い出せないままだった乙女ゲーム「月夜の約束」の略称だ。平民だった主人公が魔法の才能を開花させて貴族の養子になり、王立学園に入学し勉学と恋を両立させながら成長していく物語だ。何故“月夜の約束”というタイトルなのかと言うと、この世界では月の満ち欠けに魔力が左右され、満月から新月にかけて魔力が減っていき新月から満月にかけて魔力が増えていくのだ。そのため、何か大切な約束やイベントがある時は何かと満月の日に設定したりする風習がある。


物語の合間に何度も満月はやってくるのだが、その度に特殊なイベントが発生していた。そして、主人公と攻略対象キャラが結ばれるのも勿論満月の夜だった。


そういえば私がレオルドさんに引き取られたのも満月の夜だったな。一瞬、レオルドさんに連れられてウィンターナー邸にやって来た日の光景が過ぎる。あの時のレオルドさんは親友を失ったばかりでまだ儚げな空気を纏っていたけれど、私にはずっととびきり優しい笑顔を向けてくれていた。




「でも、まさかシェリー先輩が私と同じ転生者だったなんて」




いつもの溌剌さのない大人しい声でそう言ったリズに意識が戻る。彼女は手に持ったティーカップを見つめていた。




「私、家族や友達にも恵まれて大好きなカイル先生とも恋人同士になれたけど、前世の話だけは誰にも話せなかった。折角仲良くなれたのに、変な風に思われてみんな私から離れていっちゃったらって考えたら、怖くて」


「リズ…」




心細そうな声がなんだか小さな子供のように聞こえた。私達は前世での年齢を足せばそれなりの年月を生きていることになる。けれど、独りになる怖さは長く生きたからといって無くなるわけではない。彼女の気持ちは私にも理解出来た。




「でも、唯一誰にも話せない秘密をシェリー先輩と共有出来るなんてとっても嬉しいです…!」


「ん?」


「これで私達、正真正銘運命共同体ですね?」


「なるほど」




そう来たか。


さっきまで憂いを帯びた瞳でティーカップを見つめていた彼女はどこへやら。いつの間にか私の隣に椅子を寄せて彼女の両手に右手を包み込まれている。




「これからは“つきやく”の事で知りたい事があれば何でも聞いてくださいね!どこへでも飛んで行きますから!」


「ありがとうリズ。でも移動距離を考えるとわざわざ来てもらうのは大変だし、あまり無理をさせると私がカイル先生に怒られちゃうから無茶なことはしなくていいからね」


「確かにそうですね。分かりました!でも何か私に出来る事があれば遠慮なく言ってください!シェリー先輩は転生者仲間ですが、それ以前に私とカイル先生の恩人なんですから」




恩人なんて大層なものではないけれど、彼女の真っ直ぐな感謝に思わず頬が緩んだ。


その直後、部屋の扉をノックされる。返事をするとメイドが現れ、そろそろあの二人が限界だと聞かされる。私達がいなくなった後、すぐに二人とも我に返ってワシミミズクの獣人のエリザに睨まれながら大人しくしていたのだが、犬猿の仲の相手と二人で待つのはもうこれ以上は耐えられない様子で、こちらが可哀想になってくるほどなんだとか。


それを聞いてリズと二人で顔を見合わせて思わず笑ってしまった。




「シェリー先輩。今日はありがとうございました」


「こちらこそお見舞いに来てくれてどうもありがとう。リズ」


「あの…もしレオルド先生のことで何か大変な思いをされていたら、その時も私を頼ってくださいね。私じゃ頼りないかもしれませんが、他の人よりも事情を理解するのが早いと思うので、その分動きやすいと思います」


「わかった。色々心配してくれてありがとうね」




そうして私達は憔悴した様子のレオルドさんとカイル先生に合流した。でも結局帰り際にはまた復活していて、お互い嫌味を言いながら別れていた。そんな二人に苦笑しつつも、私とリズはどこか晴れやかな面持ちで別れを告げたのだった。





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