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第十二話




私が意識を取り戻すと、最後に気を失ってから20日も時が経っていた。あまりにも長い時間を一気にタイムスリップしたような感覚に、思わずまた夢でも見ているのではないかとつねった頬はとても痛かった。


意識が戻ってすぐは起き上がることも難しく、誰と会話するにも私は常にベッドの上だった。レオが自室に来て軽く事の顛末を説明してくれたおかげでリファもみんなも無事だったことを知られてとても安心した。しかし、その後もレオはさっさと部屋を出て行ってしまうし、メイド達は甲斐甲斐しく世話をしに来てくれるのに、彼は滅多に会いに来てくれなかった。


きっと仕事が忙しいのだ。そう思うようにしていたけれど、薄々私に対して怒っているのではないかということに気づいていた。


以前、学園に復学をした時に告白を断った上級生に強く腕を掴まれたのをレオが庇ってくれたことがあった。あの時私はつい「大した事ない」と言ってしまったが、彼はその事が頭に来たようだった。珍しく怒りの色を露わにしたレオに、とても申し訳なく思ったのを覚えている。


私はまた同じことをやってしまったのだ。彼がどれだけ私を心配してくれていたのか分かっていたはずなのに、自分の身の危険も顧みず無茶なことをして彼を不安にさせてしまった。本当なら今頃お互いの無事を喜び合って、また以前のように二人で幸せに暮らせるはずだったのに。


視界が滲みそうになるのをぐっと堪えて布団に潜る。ちゃんと謝ろう。簡単に許してくれないかもしれないけれど、それでも精一杯私の気持ちを伝えなきゃ。


それから体調はすぐに回復し、長いベッド生活で弱った足のリバビリが2週間続いた。しかし、自由に歩き回れるようになってもレオはなかなか私と話をしようとはしてくれなかった。




「レオ。ちょっと話が…」


「ごめんねシェリー。このあと打ち合わせが入ってるんだ。また今度」


「あ…」




学園でも屋敷の中でも、レオは私を避け続けた。私と向き合おうとしないその様子が、何故か前世の両親を彷彿とさせ心が凍っていくような気がした。このまま一生、レオに避けられ続けたらどうしよう。彼の優しさに甘えて無茶をしてしまった自覚はある。でもここまで避けられては関係を修復する機会すら巡ってこない。


私はまた、一人になるの?




「そんなの……嫌!」




その日家に帰ると私はレオが帰ってくるタイミングを見計らって庭の一番大きな木の上に登った。ここ最近の私はめきめき体が丈夫になり、以前から続けているトレーニングの成果もあってそこら辺のご令嬢なんかよりずっと体力も筋力も付いていた。木登りは初めてだったけれど、要領よく足場を見つけられれば後は簡単だった。


しばらくして屋敷の中が少し騒がしくなる。きっとみんなが私を探しているのだろう。でも、メイド達には今回の事は事前に伝えてある。だからここに来るのはレオだけだ。




「シェリー!」




声を張り上げて私を探すレオの姿が下の方に見えた。私のために必死になってくれるその姿に罪悪感と幸福感を感じる。彼が丁度私の真下辺りに来たのを見計らって、私はスカートをたくし上げて太い幹を踏みしめた。




「レオ…!」


「え?」




サングラスを外した彼の赤い瞳と目が合ったのを確認して、とんっと木から飛び降りる。




「なっ!?シェリー!?」




私が空中にいる間に彼も空を飛び上がった。けれどたまに見かける浮遊魔法ではなく、滅多に見られない彼の黒い羽で空を飛んでいたようだ。彼に横抱きに抱えられながら、大きなコウモリの羽が彼の背中で羽ばたいているのが見えた。私は驚いた表情のままの彼の首に腕を回すと、満足げに微笑んで見せる。




「やっと捕まえた」


「シェリー…君は時々本当に予想外だよ」


「ふふ。こうしたらレオは絶対助けてくれると思った」




私の言葉に彼は困ったように笑う。子供じみたやり方だったとは思うけど、私を避け続けたレオも少し大人気なかったのではと思う。だからお互い様だ。


ふと、彼の背に満月が登っていることに気付いた。薄い羽がまるで黒いカーテンのように月明かりを透かしていて思わず見惚れた。




「…綺麗」




無意識に漏れた言葉に、何を思ったかレオは私の頭を胸元に強く押し付けて抱きしめてきた。驚いて彼の名前を呼んだけれど、彼はただ「なんでもないよ」と言うだけだった。


それから、私達はきちんと話をした。レオはやはり私が無茶をしたことを怒っていたようで、私が素直に謝って「もう二度としない」と言った事で許してもらえた。そして、今まで触れ合えなかった分を取り戻すように彼は私を甘やかした。とにかくもう一人では屋敷の中を移動させてもらえず、移動の時は必ず横抱き状態だった。こんなところを知り合いにでも見られたら恥ずかしくて死んでしまう。…本当はメイド達に見られるのもしんどいのだけど。


でも、レオが嬉しそうだから好きにさせてあげることにした。




「ああ、しばらくしたらシェリーが寮に入ってしまうなんて信じたくない…」


「でもたった6ヶ月だよ?他の子達は最初から寮生活で親元を離れているわけだし。折角健康になったんだからいつまでも特別対応なんてかっこ悪いでしょ」


「…僕はシェリーのことをかっこ悪いなんて思わないけど」


「ふふ。ありがとう」




レオに抱えられて自室に運ばれている間、二人でそんな話をしていた。今までは私の体調のこともあり自宅から通学していたけれど、夢見の能力を制御できるようになった事で体調が安定したため私もようやく寮生活を始めることが決まったのだ。まぁ卒業までのたった6ヶ月の間だけれど。


そうこうしている内に私の部屋に着き、ベッドに優しく降ろされる。




「…私がいなかったら寂しい?」


「寂しいよ。でも、友人と寮で過ごせる機会なんて大人になったら巡って来ないだろうし、シェリーには今まで我慢してきた分も楽しんでもらいたいんだ」


「そっか。…まぁ卒業したら私はもうずーっとレオとここで暮らすんだもんね?」


「え?」




驚いた表情のレオの顔がみるみる赤く染まっていく。何を今更照れているんだろうか。




「あ、あの約束本気だったのかい!?」


「勿論。レオは冗談だと思ってたの?」


「いや、その…確かに約束はしたけど。卒業したら屋敷の外に出ないなんて、一体何十年ここから出られなくなるか分からないのに。シェリーは嫌じゃないの?」


「嫌じゃないよ。レオはいつも優しくて、いつも私を想ってくれるから。私にとっては貴方が安心出来るならそのくらい大したことじゃないの」




そう笑って見せれば、レオは何かを堪えるように切なげに笑った。




「はは。シェリーは本当にすごいね。僕を不安にさせるのも、安心させるのも君だけだ。君だけが僕の特別なんだ」




レオの優しい口付けが降ってくる。絡め合った指にはお揃いの銀の指輪が嵌められていた。


つい先日婚約した私達は、私の学園卒業後に正式に結婚することになっている。まだ式については詳細を詰めていないけれど、きっとリズとサーシャさんと一緒にウィンターナー家で一緒に挙式をすることになるだろう。屋敷の外に出られない私を気遣ってリズが申し出てくれたのだ。カイル先生は驚いていたけれど、楽しそうなリズを見て仕方ないかと最後には笑っていた。サーシャさんとリファは思いの外乗り気で、当日はようやく結婚の説得に成功したお父さまも連れてくると張り切っていた。ただ一つ問題があって、式の時間を昼間にするとリファが寝てしまうということだ。まぁその辺りは追々相談して決めるしかないだろう。とにかく、二人が結ばれて本当に良かった。


二度目の人生はなんだかファンタジーな世界だけれど、それでもこの世界は私にとって夢や幻なんかじゃなく現実の世界だ。


この世界は乙女ゲームの世界ではない。


現実はシナリオ通りになんて進まない。


例えこの先の未来でバッドエンドを迎えるとしても、私はこの世界で生きていく。








◇◇◇




紅茶の入ったティーカップから立ち上る湯気がお盆の上で揺れている。


執務室に入ったところでそのお盆を置く場所もない事に唖然としてしまった。




「…ああ、シェリー。紅茶を持って来てくれたんだね。ありがとう。もう朝かな?」




書類の山の中でどう見ても疲れた様子で書類と向き合っているレオに、ため息をついて「もうお昼前だよ」と言ってその書類を取り上げて代わりにお茶を差し出した。




「ああ、通りで外が明るいわけだ。執務室に缶詰になってからもうしばらく経つね…うっ、」


「レオ?大丈夫?具合が悪いならもう今日は…」




休んだら、と続くはずだった言葉は突然抱きついてきたレオによって遮られてしまった。これは具合が悪いというよりも精神的なもののようだ。




「シェリー不足でもう死にそう!向こう1週間はシェリーを部屋に閉じ込めて堪能しないと復活できない…!」


「それは構わないけど。それより仕事が忙しいなら私も手伝うよ。こういう時のために私は学園を卒業したんだから」


「でも、君にまで負担をかけるなんてなんだか情けないよ…」




あまりの忙しさに心へのダメージがかなりピークに来てしまっている様子のレオ。私は思わず彼の頭を撫でて言った。




「レオがいつも頑張っているのは知っているし、今は丁度繁忙期で忙しい時期だから仕方ないよ。貴方は情けなくなんかない」


「…うん」


「ほら。さっさと終わらせちゃおう」


「うん」




そうして二人で手分けして黙々と作業すること数時間。仕事は思ったよりも早く片付いた。




「終わった〜」


「お疲れ様。私この辺の資料片付けてくるね」


「片付けは後でいいよ。夕食食べ損ねたからお腹空いたでしょ?」


「大丈夫。書庫に置いてくるだけだからすぐだよ」




私が羊皮紙や本を持って部屋を出て行こうとすると、不意にレオに呼ばれて振り返る。すると、彼は机に肘を付きながらなんだか子供みたいな無邪気な笑顔で言った。




「シェリーを学園に行かせて良かった事は、仕事が早く終わってその分シェリーと過ごす時間が増えたことだね」




可愛いことを言ってくるレオに思わずときめいてしまったけれど、それを悟られないように返事をしてその場を後にした。


気持ちを落ち着けながら書庫の棚に本を戻していると、ふと珍しい背表紙の本がある事に気付いた。背表紙に描かれた装飾は飾り気のない無機質な他の本と比べると一際目立っている。何気なく手に取ってタイトルを見てみると、有名な劇作家が書いた吸血鬼と人間の娘の悲恋のお話のようだった。吸血鬼に似ていると言われることが嫌いな彼の家にこんなものがあるのは意外だ。私はなんだか引き込まれるようにしてページを捲った。


脚本のような独特なタッチの本には僅かに挿絵があった。その中の一枚に私の視線が釘付けになる。


白いネグリジェ姿の美女が体躯の大きな吸血鬼に後ろから首を噛まれている場面だ。鮮血が首筋を伝い、白い服を赤く汚している様は痛々しいのに、牙を立てられているはずの女性の表情は恍惚としていて、どこか嬉しそうでもあった。


首を噛まれて血を吸われるというのはどんな感覚がするのだろう。そういえばレオはチスイコウモリの獣人だから立派な牙があるけれど、生き物の血を吸う習性はないと言っていた。でも、レオのあの牙で首を噛まれたら、私はこの挿絵の女性のように喜んでしまうかもしれない。私の血は彼の糧にはならないけれど、吸われた血が彼の喉を通る音を聞いたら…。そこまで考えて無意識に自分の首に触れていたことに気付いて我に返った。




「…なに考えてるんだろう」




本を閉じて棚に戻した瞬間。




「気になる?」




突然耳元に囁かれた言葉に思わず「ひっ!」と声を上げて飛び上がった。後ろを振り向けばいつの間にかレオがいて、なんだかいつもとは違う笑みを浮かべている。いや、書庫が少し薄暗いせいでそう見えるだけなのかもしれない。




「驚かせてごめんね?大丈夫?」


「う、うん。大丈夫」


「良かった。さっき読んでたのって吸血鬼の本でしょ?まだ残ってたなんて驚いたよ」


「レオの本なの?」


「いや、随分前からあるみたい。多分初版の貴重な本だから残してあったんじゃないかな」




そう言って徐にサングラスを外したレオがそのまま手を私の背後の棚に置く。まるであの有名な壁ドン…いやまさにその状態となっていることに内心焦っていた。なんか、やっぱりいつものレオじゃない気がする。こんな風に追い詰めるなんてこと、普段ならしない。




「レオ?」


「熱心に挿絵を眺めていたみたいだけど、吸血鬼に血を吸われる場面が気になったの?」


「それは…」




吸血鬼を嫌っているレオに素直にそうだとは言えなかった。今までレオに対してそんな変な妄想をした事はないのに、ここで肯定したら私が変態だと思われそうで嫌だった。なかなか続きを話せない私に、レオが細い指先を伸ばして私の首筋を撫でた。驚いて声が出そうになったのはなんとか堪えたが、体は少し跳ねてしまった。なんだろうこの感じ。目の前にいるのはいつもの優しいレオであるはずなのに、今はなんだか獰猛な肉食獣に睨まれているような感覚だ。




「僕のこと気にしてくれてるんだね。やっぱりシェリーは優しい。でも気にしなくていいんだよ。だって僕は嬉しいんだ」


「嬉しい…?」


「うん。ずっと君を怖がらせると思って言えなかったんだけどね。…僕たちにも吸血衝動はあるんだ。ただ満月の夜にだけほんの少し煽られる程度の可愛いものなんだよ」




レオにそう言われてハッとする。そう言えば今日は満月だ。まさか、レオは本当に私の血を欲しがっているの?




「吸血衝動は無いって言ったのは嘘だったの…?」


「…ごめんね。君を怖がらせたくなかったんだ」


「私は別に怖がったりしなかったのに…」


「そうだね。本当は…怖いのは僕の方だったんだ。君に真実を伝えて嫌われるのが恐ろしかった。狡くてごめんね」




そう言い終わるかどうかというタイミングで先程触れられた首筋に彼の唇が押し当てられる。突然皮膚の薄いところに刺激が与えられてまた体が跳ねた。




「はぁ…シェリー。愛してるよ」


「れ、レオ…待っ」




耳に近い場所で吐息が聞こえ、彼が言葉を紡ぐ度に生暖かい風が肌を撫でる。私は声が漏れないように堪えることに必死で、まともな抵抗なんて出来なかった。




「…っ!」




首筋に食い込んだ痛みに体を強張らせたものの、その後は痛みはすぐに落ち着いていき不思議な浮遊感に意識がぼんやりとしていった。気付けばレオに抱きすくめられるようにして血を吸われていて、私もそれに応えるように彼の背中に腕を回して縋りついていた。自分の血がレオに吸い取られて飲み込まれる音がする。私の血は彼の口に合っただろうか。美味しいと思ってくれていたら嬉しい。




「本当にごめんなさい!」




気付けば私は自室のベットに横たわりながら、レオに土下座されていた。土下座ってこの世界にもあったんだ。初めて見た。




「別にいいよ。そんなに痛くなかったし。でも、今までこんなことなかったのに突然どうしたの?」




吸血された時に鎮痛効果のある魔法をかけられていたことで意識がぼんやりしていたらしいのだけど、そのせいで血を吸われ始めてからベットに運ばれるまでの間の記憶がちょっと曖昧だった。それでも、覚えている範囲の記憶を掘り返してみてもさっきのレオの様子はやっぱりおかしかったと思う。




「その…今までは完全な番ではなかったおかげで吸血衝動を抑えられていたんだけど、結婚してシェリーのことを完全に番だと認識したみたいなんだ。それで…その、最近ちょっと涼しくなって来たからそれもあって…」


「……ああ!確かにもう秋だもんね」




一瞬何のことを言っているのか分からなかったけれど、頬を染めて言いにくそうにしているレオの様子を見てピンと来た。チスイコウモリの代表的な繁殖期は秋なのだ。そう言えばこういう話は今まであまりしてこなかった。




「レオは子供欲しい?」


「ぅえッ!?そ、そそりゃ…シェリーとの子供なら、欲しいよ。跡取りとか関係なく」


「じゃあ頑張ろう。きっとレオの子供ならすごく可愛いと思うよ」


「それを言うなら、シェリーの子供だったら可愛くないわけがないよ」




お互いの言い分がなんだか面白くて、その場で二人で吹き出してしまった。


子供が生まれたら、彼は私の時と同じように外へ出さないようにしてしまうのだろうか。それとも子供の未来のために自分の中の不安を押し殺すのだろうか。その選択を迫られるのはまだもう少し先だ。


でもこれだけははっきりと分かっている。これから先もこうして彼と笑い合って暮らしていけたらきっと幸せだろう。その未来を守るための選択を私はこの先も繰り返していくのだ。








END

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

いくつか盛り込めなかった設定もあり読みにくかったかと思います。ちなみにその内の一つが元々魔王になるはずだった蛇の獣人の行方なんですが、彼はサーシャを襲ってリファに撃退されたため弱って魔王になる機会を逃しました。正気に戻って今は真面目に生きているはずです。

あと、リファは自分の繭を加工して作った布を細々と売っていましたが、今はレオルドの紹介で魔道具に魔力付与を施す職人になっています。手先が器用なのであっという間に上達してお金に困らない生活を送れるようになりました。

書き残したかったことは以上です。改めてここまでお付き合い頂きありがとうございました。

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