旅人エリック
︎︎シエナが目にしたのは、ボロボロのコートに身を包んだ見知らぬ男だった。
彼は目元までぐるぐるに巻きつけたマフラーをずらして、血の気の失せた唇を動かした。
「雪がやむまで休ませてくれないかい? 」
シエナは父親の言ったことを思い出し、男を入れて良いものかと思案した。その間にも雪は容赦なく、シエナと返事を待つ男の頬に吹きつけた。むき出しになった男の鼻先は寒さで真っ赤になっている。
少女はとりあえず彼を店の中に入れることにした。
男はすっかり、自分の言ったことをシエナが了承したものと思い、暖炉の前に荷物を降ろし、手を温め始めた。毛糸の帽子を脱ぐと、くしゃくしゃになった茶色の髪が現れた。彼はふり返ると照れたように頭を掻いた。その仕草は父親によく似ていた。
「本当に助かったよ。ありがとう」
シエナは慌てて答えた。
「まだ、泊めるだなんて言ってません」
男は少し驚いた顔をしてから愛想の良い笑みを浮かべた。
「雪がましになるまで、少しの間居させてくれればいいんだ。なんなら、お代もちゃんと払おう。それでもダメかい? 」
シエナはますます困ってしまった。
「怪しい奴は入れちゃダメだって父さんに言われたんです」
そう言ってから、シエナははっと口を手で覆った。恐る恐る男を見ると目が合った。
「留守なんです。ちょっとした用事があって」
でもすぐに帰ってきます、とシエナは付け足した。
男に気を悪くした様子はなかった。それどころか何やら感心したように頷いている。
「これは失礼。家主が不在のところ悪かったね。なるほど、僕は怪しい奴ってわけだ」
「別にあなたのことを怪しいと言ったわけじゃないんです」
「じゃあ、君は僕を怪しいと思っていない? 」
シエナはあらためて男をまじまじと見た。
髪は柔らかく、瞳は澄んだ青空のような色をしている。袖から見える手は褐色に薄汚れ、裾から覗くブーツは泥まみれだ。色褪せたコートもよく見ると継ぎ接ぎだらけで、それもまた汚れている。でも、嫌な臭いなどはしなかった。シエナの知っている酔っ払いの男はひどい臭いがする上にもっと汚い。
歳はよくわからない。ひげのない口元は若々しく見えるし、穏やかな目元の皺は彼を年老いて見せた。
「わかりません」とシエナは答えた。
優しそうに見えるけれど、羊の皮をかぶった狼もいるのだと母親は言っていた。
狼かもしれないわ、と少女は思った。
チョークで声を変えて子羊たちを騙した狼の話を思い出す。男がみるみるうちに狼に姿を変えるという想像をしてから、自分の子どもじみた考えが恥ずかしくなって、シエナは顔を赤くした。
「じゃあ、怪しいかどうか君が決めておくれよ。君がそう思ったなら、僕は諦めてさっさと出て行くよ」
男はそう言い終えると、帽子を胸に当ててお辞儀をした。
「僕はエリック・バーネットだ」
「シエナ・マクレーンです」
エリックが丁寧なあいさつをしたので、シエナも失礼のないように深々とお辞儀をした。
「よろしく。マクレーンのお嬢さん」




