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元ねこ、霊媒師に驚く

 間もなく扉が開いた。

 絹子叔母よりは大分若いが、成瀬よりはかなり年上の、すらりとした長身の男が大股に入ってきた。


 櫛目(くしめ)のきちんと通った髪の毛は半白で、グレイのジャケットがよく似合っていた。彼は1人ではなかった。背中まで届く真っ直ぐな黒髪に、ほっそりとした背の高い女性が、後から入ってきた。


 純一郎がおやおや、と口の中で呟いた。俺は思わず理加と見比べた。

 理加は目を細めて彼女を眺めていた。初対面で妙子夫人が驚いた理由が、俺にもやっと呑み込めた。


 よく見れば顔立ちは全く違う。一般的な評価だと、向こうの女性の方が理加より数段美人と見なされるだろう。俺にとっては、理加が1番だが。


 それはともかく、髪型が同じせいもあって、理加とその女性の持つ神秘的な雰囲気が、見事に一致していた。妙子夫人の夫も、俺たちを見て一瞬ぎょっとしていたくらいだ。俺の目は確かである。


 肝心の女性は誰にも興味がないような、茫洋(ぼうよう)とした様子で入り口に突っ立っていた。理加が視界に入ったかどうかも、怪しい。


 「やあ、妙子のお花の先生ですな。お目にかかれて嬉しいですよ。妙子の夫で、柳澤守雄と申します。お茶の時間には間に合ったかな」


 男はたちまち驚きから立ち直り、絹子叔母と欧米人のように握手した。手慣れた感じだった。

 純一郎と理加が立ち上がったので、俺も席を立って絹子叔母の後ろで、おまけ然として軽くお辞儀をした。


 「あの、私どもはまた日を改めてお伺いしますので、どうぞお客様のお相手をなさってください」


 絹子叔母が遠慮がちにぼうっと立っている女性を指して言うと、柳澤は破顔した。

 女性の肩を抱えるようにして前へ移動させる。柳澤の方へ、引き寄せたようにも見えた。妙子夫人の顔が、微かに強張ったのがわかった。


 「彼女はマリー・ケイという霊媒師(れいばいし)なのですよ。霊媒師なんて、インチキと思っておりましたが、彼女は本物です。ご存知ないかもしれませんが、私は姉を亡くしておりましてね、この姉が非常に優れた経営感覚の持ち主でもあったので、今も彼女を通じて指導を仰いでいるのです。ま、立ち話より、食堂へ行ってお茶でも飲みながらお話ししましょう」


 心霊学部の学生でなかったら、あるいは姉が死んだ衝撃で精神の均衡を崩してしまっているのだ、と断じたかもしれない。

 マリー・ケイの背中に手を回したまま、大股で食堂へ向かう柳澤の背中を見送りながら、妙子夫人はおそるおそる俺たちの反応を窺った。

 俺たちの誰も、彼女が心配していたような表情を浮かべていなかったとみえて、彼女はほっと一息ついた。

 それから慌てて、夫の後を追い、俺たちを食堂へ連れて行った。



 お茶会の間中、マリー・ケイは何も喋らなかった。お茶にもお菓子にも、ろくに手をつけなかった。

 妙子夫人も表情を取り繕う余裕がないようで、話が弾まない。

 おまけの俺たちに至ってはなおのこと、喋れない。代わりに仇のように茶と菓子を食い尽くした。礼儀なぞ無視である。


 理加と俺と、マリー・ケイが同じ食卓につく図は、マリー・ケイが3分裂したようで、きっと彼女にとって悪夢のような光景だったに違いない。

 妙子夫人を気遣い絹子叔母も沈黙を守り、1人元気で賑やかなのは、主の柳澤守雄だけだった。


 「姉の話はもうお耳に入りましたか。ああ、まだご存知ない。姉は、弟の私が言うと身贔屓(みびいき)と言われそうですが、幼い頃から実にしっかりした子どもでした。学校では常に優秀な成績を取り、通知表を見せる度に、私は両親に説教されたものです。姉を見習いなさい、とね。正直、反発を覚えた時期もありました」


 「でも実際、(かな)わないのです。どんな分野においても。性別が違いますから、成長するにつれて体格や体力には目に見えて差が出てきますよね。私と姉は似たような背格好でしたが、やはり男女の違いは現れてきました。それでも、取っ組み合いの喧嘩になっても姉には敵わなかったのです」


 「姉贔屓の両親に対する反発もあって、私は姉に追いつこうと、がむしゃらに勉強しました。元々姉ほど頭がよいわけでもなく、運動神経も人並みでしたので、勉強に手一杯でした。まあ、姉に負けまいと勉強に励んだお蔭で、両親にもある程度認められるようにはなりました」


 「その頃です、姉が養子だと知ったのは。どうりで私と違う訳です。もう、取っ組み合いの喧嘩もできません。私は白旗を上げました。姉は大学院まで出て、研究職として大学に残る話を蹴って、わが社の経営に参画しました。ええ、最初から経営の一翼を担ったのです。当時は父親が社長を務めておりました。身内に甘いという訳ではありません」


 「現に、私が就職した時には平社員から始まりましたから。姉が経営者に名を連ねてから、わが社は飛躍的に発展しました。家族経営に毛の生えたぐらいの不動産屋から、株式市場に上場するほど大きな企業になれたのも、姉のお蔭です。今は私が社長を務めてはおりますが、姉なしでは、わが社はたちまち元の零細企業に戻ってしまうでしょう」


 柳澤は、姉の思い出話をすることを好んでいるようであった。そして、姉が今でも行方不明ではなく、眼前に生きているかのような話し方をした。


 俺は濃厚なチーズクリームの入ったシュークリームを手掴みで食べ、あんまりおいしかったので理加の分まで手を伸ばしたが、誰にも咎め立てされなかった。まるで皆が柳澤の毒気に当てられたようであった。

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