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元ねこ、叔母の相談を聞く

 「妙子(たえこ)さんは、華道方のお弟子さんだったのだけれど、ご結婚なさって、今はご主人の会社がある長野県軽井沢に住んでおられるの。ご主人は柳澤守雄(やなぎさわもりお)さんとおっしゃって、リゾート開発関係の会社を経営していらっしゃるそうよ」


 「もう、あちらのご両親は亡くなられて、代りにご主人には仲のよいお姉様がいらして、とても美人で頭のよい方だったのですって。でも、ご事情があって、本当のお姉様ではなかったらしいのだけれど」


 「妙子さんが結婚のご挨拶に伺った時にも、大層気持ちよく接してくださって、結婚式を楽しみにしておられたそうなの。ところが、お姉様は結婚式の直前に失踪してしまったの。お式を延期して探したのだけれど、思い当たる節もなく行方不明のままで、結局入籍だけ済ませて、お式も披露宴も中止になってしまったわ」


 「ご主人はいつの頃からか、お姉様を死んだ人として話すようになられて、妙子さんもそれらしいものを見てしまったのだけれど、どうしてもお姉様が亡くなられているとは信じられないのですって。そうなると、妙子さんが見たものは何なのかわからないでしょう」


 「でも、妙子さんが考えていることをご主人に知られたくないから、私が遊びに来たということにして、心霊学部に通っている理加さんに一緒に来てもらって、妙子さんが見たものの説明をして欲しいの。もしかしたら、同じものを見てもらえるかもしれないし」


 成瀬が、話の途中から尻をもぞもぞさせていた。彼は幽霊を信じない。理加が心霊学部に通っているからあからさまには言わないが、心霊学なんてインチキだ、と思っている節がある。


 だから、俺が飼い猫だったことなど想像もつかないのだ。それにも関わらず、賢明にも口を噤んで成り行きを見守っていた。


 「行くのは構わないけど、日置も連れて行っていいかしら。ちょうど、冬休みに2人1組で、心霊現象の説明をする課題が出ているの」


 純一郎が目をぱちくりさせた。電話では確かに、理加は課題の材料が見つかりそうだ、とは言っていた。

 実際、絹子叔母の話を聞くうち、自分が同行する雰囲気ではない、と判断したのだろう。

 ここに至っては、成瀬も眉を上げて、口を開きかけた。しかし、彼の前に、絹子叔母が言う。


 「それがね。妙子さんが、わざわざ軽井沢まで足を運んでもらうのは悪いから、ご主人のホテルに招待してくださるとおっしゃるの。だから、あんまり大勢で押しかける訳にはいかないでしょう」


 理加はひるまなかった。紅茶を一口啜り、唇を湿らせ、カップを静かに受け皿に戻した。その慎重な動きが、一歩も引かない意志を感じさせた。


 「妙子さんが、絹子叔母さんに事情を全て話しているとは限らないわ。ご主人に内緒にしたいのならば、ご主人の経営されるホテルへの招待は、むしろ避けるべきでしょう。私たちはプロフェッショナルではなく、単なる学生に過ぎない。軽井沢で起こっている事件を説明することはできても、妙子さんの望む結果に導くことまでは保障できないわ。だからね、間に立った絹子叔母さんには申し訳ないけれど、自費で滞在するのでなければ、私でなく誰かそういう職業の人を探して一緒に連れて行くしかないわ」


 淡々と話す理加の言い分はもっともで、誰も反駁(はんばく)できなかった。

 絹子叔母は小首を傾げて、何やら考えていた。誰かそういう職業の人の心当たりでも探しているのかもしれない。ややあって、絹子叔母の首が元に戻った。


 「理加さんの言いたいことはよくわかったわ。招待はお断りすることにしましょう。ただ、妙子さんの様子を見に行きたい気持ちがあるの。妙子さんのお話が本当だとしたら、私1人が行っても役に立たないし、かといって専門家をわざわざ頼めば大袈裟になるから、やっぱり理加さんも一緒に行って欲しいのよね」


 「私が宿を決めるのなら、一緒に行ってもいいわよ」

 「そうね。妙子さんに一応聞いてみて、彼女がいいと言ってくれたら、お願いするわ」

 「今、電話してみたらどうかしら」


 理加が時計を見ながら言った。俺も含めて、皆つられたように壁掛け時計を見る。

 都会ではそんなに遅い時間ではないものの、田舎では深夜に当たる場合もあるという、微妙な時間帯であった。絹子叔母は小さな布袋から手帳を取り出した。用意のよい人である。


 「じゃあ、電話を借りるわね」


 絹子叔母は席を立った。電話は板敷きの居間にある。残った一同は、食べかけのケーキをつつきながら、彼女が戻るのを待った。


 「妙子さんがだめって言うたら、行かへんの?」


 純一郎が心配そうに聞く。本当かどうか知らないが、悪霊渦巻く館へ、のこのこ1人で出掛けさせていいものか。俺を除けば、理加の唯一の肉親である。理加の返事は的を外していた。


 「行くわけないでしょう。冬休みの宿題の材料、他を当たらなくてはいけないのよ。日置、何か心当たりない?」


 彼は首を振った。理加の非人情的にも聞こえる回答に、言葉が出なかったらしい。

 成瀬はそんな2人を交互に観察しながら、ちびちびとコーヒーを飲んでいる。


 俺と目が合った。猫の時の癖で、目を逸らせない。目を逸らせた途端に襲いかかられる、と本能が囁くのだ。俺の緊張が伝わったのか、成瀬の目にも緊張が表れてきた。


 理加達は、俺達の様子に気付かない。どうしようもなく2人で熱心にみつめあっているところへ、絹子叔母が戻ってきた。成瀬が視線を外し、俺はほっと一息ついた。


 「来てもらえるのなら、自費でも何でもいいのですって」


 絹子叔母は寒そうに炬燵(こたつ)布団を持ち上げながら、電話の内容を伝えた。


 「ただ、この時期に今から宿を探しても、めぼしいところはどこも満杯だから、やっぱり妙子さんのご主人のホテルに予約したらどうか、と言っていらしたわ。出来たばかりの新しいホテルだそうよ。キャンセル待ちのお客様もいらっしゃるし、遅くなってもいいから今日中に出来れば連絡くださいって。どうする?」

 「ツインを2部屋欲しいんだけど」

 「どうしてです?」


 絹子叔母より先に、成瀬が問い質した。弁護士の第六感だろうか。俺には答えがわかっていたが、もちろん黙っていた。


 「日置と同じ部屋に泊まるわけにはいかないでしょう。絹子叔母さんと私で1部屋、日置と理斗で1部屋使えば、2部屋で済むじゃない」

 「か……彼も行くのですか」


 成瀬は、どうにか言葉を(しぼ)り出した。理加と純一郎だけより、俺も加わった方が、成瀬も安心だと思うのだが、このメンバーで1人だけ行けない、と言う点に焦りを感じたようだ。男心は複雑である。


 いつものように、理加は平然としている。絹子叔母も予想していたらしく、驚いた様子はない。気の毒そうな顔を向けるのは、純一郎である。

 彼は、成瀬が理加に対して保護者以上の感情を抱いていることに気付いている。というか、気付いていないのは理加だけだろう。


 「この子を1人で置いて行けないもの」

 「ちょ、ちょっと待ってください」


 慌しく席を立ち、ハンガーに吊るしてもらった上着を取りに座敷を出て行く。年末年始の予定を記した手帳を探しに行ったのだ。成瀬が出て行くと、何事もなかったかのように、絹子叔母が話の続きを始めた。この人もまた、マイペースな人である。


 「2部屋確保してあるそうよ。もしツインの部屋でなければ、追加でベッドを入れてもらえばどうにかなるでしょう。大抵、ああいう観光客向けのホテルは2人部屋が多いから、きっと心配ないと思うわ」

 「それならそこに泊ってもいいわ。日置にはこっちに戻ってから1人分精算してもらうことになるけど、いい?」


 理加も成瀬の帰還を待たずに話を進める。純一郎は少々躊躇いながらも、頷いた。躊躇ったのは、金の問題ではなく、成瀬に気兼ねしているからだ。


 「じゃあ、明日の昼、駅に集合ね。新幹線で行けば、そんなに時間はかからないでしょう」


 話がまとまったところで、手帳をぱらぱらとめくりながら、成瀬が戻ってきた。難しい顔付きから推すに、年末年始も何かしら用が入っているらしい。

 成瀬が座ったのを見計らって、絹子叔母はまるで彼が中座しなかったかのように話しかけた。


 「それでは成瀬さん、私たち明日からしばらくここを留守にするので、何かあった時の対応は、お願いしますね」

 「は? はい、わかりました。絹子叔母さんもご一緒されるんですよね」


 成瀬は絹子叔母に念押しした。長い付き合いの関係か、親戚のように呼びかけるのを、誰も不思議に思わない。


 絹子叔母の方も、弁護士にマンションの管理対応をお願いするのは専門違いなのだが、完全に親戚の留守番扱いをしている。互いに納得して上手くいっているのなら、問題ないのだろう。

 さて、軽井沢行きである。

 成瀬は、俺だけでなく日置も一緒で、しかも絹子叔母もついていくのだから大丈夫、とようやく冷静な判断を下すまでに回復したようだった。

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