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元ねこ、新年パーティに招かれる

 年末をだらだらと過ごす間に、妙子夫人から新年を祝うパーティに招待された。

 当日の夕方、タクシーで柳澤家へ乗りつけた。

 理加と絹子叔母は着物、純一郎と俺も新年らしく、それなりの服に着替えての訪問である。


 タクシーではない黒塗りの車や、普通の道をUターンするとつかえてしまいそうな長い車が、列をなして出入していた。

 車から降りる人々も、きらびやかな衣装を身に付けていた。


 柳澤夫妻の家は、窓という窓から漏れる灯りで、全体が光に浮き上がっているように見えた。玄関の扉は開かれており、中からも温かそうな光が溢れている。

 前回訪れた時と随分印象が違い、家に生き生きとした表情があった。この家の本来の顔を見たように思った。


 中へ入ると、到着したばかりの客が、知った顔を見つけては互いに挨拶を交わしていて、ちょっとした混雑になっていた。どこかの扉が開け放たれているのか、記憶にあるより広い部屋に見える。


 当然、俺たちの知った顔はいない。招待者である柳澤夫妻は奥の部屋にいるのだろう。取り敢えずの挨拶を済ませた客は、奥のパーティ会場へ流れて行く。俺たちも流れに乗って奥の部屋へ進んだ。


 既にパーティは始まっているらしかった。もう去年になってしまったが、前回食事をした部屋は様変わりしていた。

 いくつかの部屋をつなげたように、広い空間が作られており、四角いテーブルは隅に追いやられていた。片付けられているのではなく、様々なごちそうが山盛りになって並んでいた。


 参加者は小皿の上に、好きな食べ物を載せて中央へ戻り、他の参加者と話をするのである。

 酒を用意してくれる専門の人もいた。理加はカクテルを作ってもらい、絹子叔母はワイン、純一郎はウーロン茶を注いでもらった。


 俺は小皿を持って食べ物の山を見て回った。ローストビーフ、ソーセージ、刺身、唐揚げといった俺の好物のほかにもいろいろな料理があった。


 皿が小さく一度で全部好きな物を載せられなくて、俺は残り少ない刺身をまず皿に盛り上げた。他の人が料理を取る邪魔にならないようテーブルを離れたものの、知った顔がないのがわかっているので中央へも行けない。

 俺たちは、中途半端な壁際にたむろした。


 刺身は解凍ものだが、充分おいしかった。

 柳澤夫妻に挨拶しようと、理加や絹子叔母が首を巡らすと、ひときわ混雑する輪の中心に、目指す夫妻がいた。


 2人並んでにこやかに、来客と挨拶を交わしている。新年のパーティらしく、華やかに着飾った妙子夫人の顔は、着物同様晴れやかに輝いて、美しかった。


 マリー・ケイの姿は見当たらなかった。来客に紛れているのかもしれない。とにかく夫妻の傍にはいない。


 「暫く時間を潰して、あの人垣が空いてきてから挨拶に伺いましょう」


 絹子叔母の言葉で、俺たちは飲み食いする方に専念し始めた。ふと見ると、純一郎がウーロン茶をちびちび飲みながら、会場を細目で観察している。


 彼は、あの山盛りになった料理をほとんど食べていなかった。


 「どうしたの。具合でも悪いの」


 理加も純一郎の様子に気付いたらしい。アボガドとチーズに生ハムを巻いたのを飲下してから、小声で尋ねた。


 絶えず人声があるので、人々はやや大きめの声で話をしている。俺たちは壁際にいたから、理加の小声も聞き取れたのだろう。


 「何かおるんや。人が多くおるから、紛れてもうて、誰の誰やかわからへん」


 眉をひそめて純一郎が言う。理加が俺を見るので、俺も純一郎にならって会場を一通り見渡してみたが、何を見つけたらよいものかがわからない。

 これ、というものは見つからなかった。

 理加に首を振ってみせる。純一郎は空いた片手を軽く振った。グラスと小皿を片手にまとめて持っているのである。


 「ま、これだけ人がおるんや。家と関係あらへんかもしれへんし。ぼちぼち回ってみるから、気にせんでええ」


 言葉通り、純一郎は暫くしてから会場をぶらぶら回り始めた。パーティ参加者の平均年齢は絹子叔母より高い。純一郎が会場を動き回ると、目立つ事この上ない。


 彼は色目を使う小母様方の攻撃を不器用にかわしながら、それとなく気にかかる原因を調べていた。目立つといえば、理加と俺も同類である。


 幸い俺たちには絹子叔母がついていたので、応答を全部任せて飲み食いしていた。絹子叔母はお茶とお花の先生をしているだけあって、その気になれば社交的会話などお手のものである。


 相手に合わせて話すうち、理加と俺は絹子叔母の子どもで双子ということになっていたが、どうせ二度と会わないだろうから訂正しなかった。


 「お嬢さんは清楚でおきれいですな。柳澤さんのお姉様が柳澤家を去られて以来、大和撫子は絶滅したと思っておりました。他ならぬ柳澤家において、巡り合えるなんて光栄です。新年早々縁起がいいですな」


 頭の両脇に生え残った髪の毛を、すだれでつなぎ、鼻の頭を脂でてかてか光らせた、たらこ唇のたいこ腹が、ねちっこく理加に話しかけていた。


 理加は最初のうちこそ、失礼にならないよう気を遣って応答していたものの、()()()()がいつまでも去らないので、嫌になったらしく返事がおざなりになってきていた。


 切り上げる潮時を計ろうにも、他に知り合いもなく口実が見つからなかった。頼みの絹子叔母は、妙子夫人が軽井沢で師事するお茶の先生と流派が同じことを知って、話が弾んでいた。


 どこかで会っている筈なのに、互いに思い出せず記憶を手繰る最中である。

 とても理加にまで気は回るまい。ねち親父は、理加が壁際にいて逃げ場がないのをいいことに、どうでもよい話をだらだらと続けている。

 いっそ失礼な態度でもとってくれれば、俺も思い切って強く出るのに、とんだ狸おやじである。


 そこへ、純一郎が戻ってきた。一歩手前まで来て、理加とねち親父が近距離で話し込んでいることに気が付いたようで、ぴたりと歩みを止めて2人の邪魔をすべきかどうか、ためらっている。


 俺は、純一郎に助けを求めようとして、できなかった。今一歩でも理加の傍を離れたら、ねち親父はそれをいいことに理加を追い詰めるのではないかと不安になったからだ。俺は理加をそっとつついて、純一郎の存在に気付かせた。


 理加は俺につつかれるまで純一郎に気付いていなかった。表情に出ていないだけで、親父のねちねち攻撃に大分参っていたようだった。理加は、ぱっと明るい顔を作り、純一郎に手を振った。

 流れで、純一郎は理加の脇へ歩を進めた。


 「紹介いたしますわ。私のフィアンセの純一郎さん。同じ碰上(ほうじょう)大学の学生で、お父様は大学教授でいらっしゃいますのよ」


 純一郎とねち親父の顔が同時に固まり、同時に必死で表情を取り繕った。自分の顔を作るのに精一杯で、互いに相手の状態などろくに見えなかったに違いない。


 「初めまして」


 純一郎はねち親父とそう変わらない背丈であったが、若さを前面に出して堂々とさわやかに自己紹介した。ねち親父の脂が濃くなったように思われた。


 「そうかね、そうかね。いやあ立派な若者だ。これで日本の将来も安泰だ」


 訳のわからぬことを言いながら、ねち親父は純一郎に握手を求め、急に知り合いの顔を見つけて忙しそうに理加の元を離れていった。ねち親父が充分離れたのを見極めて、純一郎が理加に目で説明を求めた。理加は肩をすくめる。


 「あの人、しつこいんですもの」

 「フィアンセなら、成瀬さんの方がはまり役やろ。びっくりしたわ」

 「目の前にいなければ、説得力がないでしょう。助かったわ、ありがとう」

 「ねえねえ、フィアンセってなに?」


 俺の質問に、純一郎は少しためらってから答える。


 「婚約者、つまり結婚の約束をした人のことや」

 「えっ、純一郎と理加って、結婚するの?」


 俺の知らない間に、なんたることだ。いや、どうせ理加が結婚するのなら、純一郎はいい奴だし、申し分ないとも言えるが、俺に内緒というのが気に入らない。


 それにまだ理加は大学生じゃないか。早過ぎる。ショックの余り泣きそうになっていると、理加が指を口に当て、呆れた声を出した。


 「しいっ。大声出さないの。今の人を追い払うために、一芝居打っただけよ」

 「本気にすな」


 純一郎にも肩を軽く小突かれた。それから彼は、自分の皿に取り分けた豚の角煮を譲ってくれた。俺の気分は落ち着いた。自分でも単純過ぎると思って気恥ずかしかったので、話を変えた。


 「ところで、どうだった? 何かへんなもの、いた?」


 純一郎はたちまち真面目な顔に戻り、首を振った。理加も表情を引き締めて、話に加わる。


 「おらへんかった。それに、途中からよくわからなくなってしもうた。気のせいやったかなあ」

 「気のせいということはないでしょう。理斗にはわからないのかしら」


 理加に聞かれて、俺は首を振った。純一郎にわからないのに俺がわかる筈もない。そもそも何を探してよいのかもわからない。

 そこへ、話が終わった絹子叔母が妙子夫人を連れてやってきた。柳澤夫妻は二手に分かれて、それぞれ来客に挨拶をするべく回っているらしい。妙子夫人は笑みを顔に貼りつけていた。さっき見たときと印象が違う。絹子叔母の表情も暗い。


 「あけましておめでとうございます。ようこそいらっしゃいました」

 「新年早々お邪魔して、ご挨拶もしないうちから飲み散らかして、すみません」

 「いえいえ、私こそ皆様の貴重なお休みにお邪魔してしまいまして、ご迷惑をおかけしてしまいましたわ」


 理加の挨拶にも妙子夫人は笑顔で応える。そこでふっと笑顔が掻き消えた。


 「あの、主人の姿を見かけませんでしたかしら」

 「いいえ」

 「そう、ですか。もう少ししたらパーティをお開きにしなければならないのに、主人がいないようでは困りますので」


 言葉を途中で切り、首を傾げて思案の体である。すぐに顔を上げる。また作った笑顔が貼りつけられていた。


 「パーティが終わりましたら、軽くお茶でも差し上げますので、ご面倒でもいま暫くお待ちいただけませんか。もう、明日には帰京されるのでしょう?」


 さりげない言葉遣いと裏腹に、すがるような目付きをしている。絹子叔母との間では話がついているらしい。妙子夫人は理加に聞いていた。

 理加はにこやかに頷き、更なる招待を受けた。当然、俺と純一郎も一蓮托生(いちれんたくしょう)である。

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