灰色の町 1
町がありました。小さな町です。
三角屋根のおうちがたくさん寄り集まった小さな町です。
灰色の空に、灰色の太陽が昇って、灰色の町を灰色に照らしました。灰色の小鳥たちが、灰色の木から飛び立って、灰色の空を自由に飛び回りました。
ここは、灰色の町です。すべてが灰の色をした町です。大人たちは灰色の服ではたらきます。子どもたちは灰色の服で遊びます。
ある日、灰色の空に灰色の太陽が昇る頃、不思議な男がやってきました。まだ少年の域を出ない、若い男です。
不思議な色の男でした。見たことのない色の男でした。町の人のほとんどは、それが黒色ということを知りませんでした。真っ黒な服を着て、真っ黒い大きなカバンを持ったその男は、灰色の町の中でまるでインクの染みのように目立ちました。
男は、町の人に頼んで、しばらく泊めてもらえることになりました。灰色の町の大人たちは、町を散策するこの不思議な男にも、子どもたちに接するのと変わらない、気さくな態度で応じました。
一方子どもたちは、男のことが気になって仕方ありません。もちろん、歳の近そうな男本人のことも気になりましたが、それ以上に興味を引いたのは、彼が持っているあの、真っ黒い大きなカバン。
あのカバンの中にはきっと、何かとてもおもしろいものが入っている。そう思わせるほど、カバンは大きくて真っ黒で、それでいてたまにピカリと光るのです。
しかし、町の子どもたちが何度そのカバンの中身を訪ねても男は一切教えてくれません。しまいにはカバンを持ち歩くのを止め、部屋の中に置いておくようになりました。
子どもたちはついに我慢ができなくなりました。何人かの男の子と女の子が、男が泊まっている部屋に忍び込みました。灰色の部屋に男の姿はなく、真っ黒い大きなカバンだけがポツンと置いてあります。子どもたちは息を殺して、カバンの口を開けました。
その瞬間です。カバンの中から真っ白い光が湧き水のように溢れ出しました。子どもたちは慌ててカーテンを閉めて光が部屋の外に漏れないようにしました。
光は飛び跳ね、はじけ、小さなまあるいたくさんのボールになりました。そして壁にぶつかるとパッと閃いてはりつきました。
たちまち灰色の部屋はいろとりどりの光に包まれました。不思議で、とってもきれいな色。子どもたちの見たことのない色です。子どもたちは驚いて、呆然として、それらの色に見とれました。
「なんてことをしてくれるんだ。」
低い声に、子どもたちはハッとドアの方を見ました。
ドアの前には黒い男が立っていました。とても怖い顔をしています。とっても怒っているようです。子どもたちは首をすくめました。
「腹の立つ子どもたちめ。なんてことをしてくれるんだ。」
男はもう一度言うと、ズカズカと大股で部屋に入り、扉をバタンと閉めました。そして乱暴な手付きで不思議な色に染まった壁をこすり、色をかき集め、ぺしゃんこになった真っ黒い大きなカバンに突っ込みました。子どもたちも見よう見まねで恐る恐る、壁をこすってみました。すると光ははがれ、手のひらの上でその不思議な色が光のボールとなり、逆にこすられた壁は元の灰色に戻っていました。
それから男と子どもたちは、無言で色を集め、カバンに押し込んでいきました。カバンが色でパンパンになる頃には、部屋はすっかり元の灰色の部屋に戻っていました。
「まったく。なんてことをしてくれたんだか。」
男はまたそうやって呟きながら、カバンのフタをバチンと閉めました。まだ若いその男は、不機嫌そうな様子を隠そうともしません。子どもたちはそろってゴメンナサイと頭を下げました。男はジトっとした目で子どもたちを見ると、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向きました。
「ねえ、これは何なの。」
男の子がカバンを指差して尋ねました。じとーとした目で再び子どもたちを見た男は、
「少なくとも子どものおもちゃじゃない。」
とつっけんどんに言いました。まったくもって大人気がありません。聞いた男の子がむっとして更に口を開こうとするのには目もくれず、男は光の詰まったカバンを撫でながら、
「大切なものなんだ。」
小さな声で言いました。
子どもたちはようやく悪いことをしたんだと思いいたって、泣きそうになりながらもう一度、ごめんなさいと言いました。男はまたそっぽを向きましたが、小さく一言、「いいよ」と言いました。
「俺の町は、黒い町なんだ。」
ポツリと男が言いました。子どもたちが首をひねるのを横目に、男は続けます。
「黒くて、ぜんぶが真っ黒で。それが普通だった。当たり前だった。他に色があるなんて、思ってもみなかった。
だけどある日、町に白い男がやってきたんだ。」