領主邸からの脱出
行けるわけがない……
私はもう四十……鏡なんて高級品は見たことがないけれど、他の同年代を見れば分かる……
当時と変わらぬ若々しさを持つレオと私はどう見ても親子……いや、それ以上かも知れない。
なぜ……もっと早く来てくれなかったの……レオのバカ……
「もう、遅いのよ……私はもう……子供なんて産めないし、レオの隣にいれないの……」
「なぜだい? アルは昔と変わらずきれいだし、僕は気にしないよ?」
「私が気にするのよ! なんで分からないの! 私だって本当は……バカ! もう遅いのよ!」
思わずレオの前から逃げだす私。レオが助けてくれて、ここまで想われて嬉しくないはずがない……だけど、だからこそ……私は……
「だめ、逃がさないよ。もう離さない。話を聞いておくれ。子供のことも気にしなくていいんだ。大丈夫だから。」
「私が気にするの! 離してよ!」
レオに掴まれた手が暖かい。そして力強い……レオのやつ、こんなに……
「いいや離さない。もう絶対に。それより話は後にしよう。そろそろ危ないから。」
「なっ! そ、そうね……」
確かに……いつ帝国兵が殺到してもおかしくないものね……
「気持ち悪いとは思うけどアンヌさんの服を着てもらえるかな? ついでに身ぐるみ剥いでいこうか。アルへの迷惑料だね。」
なんてことを……
で、でも安全に脱出するためには……あ、アルの手が離れた……絶対に離さないって言ったくせに……バカ……
『闇雲』
うわっ! 黒い雲が部屋を仕切った!?
「今のうちに着替えて。入口は僕が見ておくから。」
これも魔法なのね……レオのくせに、紳士ぶって……
死体から服を脱がすのは想像以上に大変だった。見られてもいいからレオに手伝ってもらうべきだったな……むしろ脱がす時だけ手伝ってくれればよかったのに……レオはバカなんだから……もう!
「お待たせ。もういいわ。」
あ、雲がなくなった……
「よし、じゃあ外に出るよ。いいかい、落ち着いてゆっくり歩くんだよ。僕に合わせてね。」
「う、うん……」
新しい服を着て、宝石を身につけた女を目の前にして、何か言うことないの? どこまでバカなのよ……
「ほら、腕はここだよ?」
「わ、分かってるから!」
レオと、いや男性と腕を組むなんて……緊張してしまう……
血の匂いの充満する部屋を出て廊下を歩く私達。帝国の騎士達はレオに気付くと端に寄り敬礼をしている。やっぱり将軍なんだ……
「なっ!? ファーレンハイト将軍閣下!? お出迎えもせず失礼いたしました! ご到着は来週だと聞いていたもので! 申し訳ございません!」
他より少し偉そうな騎士だ……
「なに、構うことはない。それより執務室に行け。裏切り者を処罰した。死体を処分しておけ。」
「はっ! 裏切り者……でございますか?」
「俺は処分しろと言った。他に何か必要か?」
「い、いえ! 失礼いたしました! す、すぐに行います!」
レオ……すごい……でも……
「大丈夫なの?」
小声で問いただす。
「どうせバレるからね。今ならまだ僕の権威が使える。死体の中にアンヌさんがいることさえバレないうちは大丈夫さ。」
そもそもあの女の顔を知ってる者がいれば、こうして歩いてる私が別人だってバレてしまうものね……
どうにか領主邸から外に出ることができた。レオは視察に行くとそこらの騎士に伝えていたし。
つい、なし崩し的に付いて来てしまったけれど……私……レオとは……
「アル、どこかゆっくり話せるような場所はない?」
「え、じゃ、じゃあうちの宿で……」
ラフォートには長く住んでるくせに、他の店のことなんか何も知らない……
「宿屋で働いてるんだったね。本当に待たせてしまった……あ、聞くのが怖いけど……思い切って聞くよ……アル、結婚は……」
「してるわけないでしょ! 私は死ぬまでここで一人で暮らすんだから!」
「アル……」
なに嬉しそうな顔してるのよ……
女将さんにも子供はいないし、このままいくと私が宿を継ぐことになるのかな……
湖畔の清流亭、その裏側に隣接している小さな小屋。隙間風の吹き込む狭い部屋に人目を忍んで帰ってきた。
「アル……苦労したんだね。村の家よりだいぶ狭いじゃないか。」
「これでも恵まれてる方よ。レオこそ……かなり苦労したんじゃないの?」
「僕の苦労なんて大したことないさ……そんなことより話を聞いて欲しい。」
真剣な目……弱々しさのかけらも感じない。もう、男の子じゃないのね。
「なによ……」
「アルは僕が嫌いなの? 確かにこんなに待たせてしまった僕にアルのことを想う資格なんかないよね……」
「レオ……」
そうかと思えば昔のような甘えた声で……もう!
「べ、別に嫌いになんか……」
「わあっ、本当に! アル本当に僕のこと嫌いじゃない?」
もう! 将軍のくせに子犬のような顔して……
「う、うん……」
我ながらチョロい……悔しいけど忘れられなかったのは事実なんだよね……で、でも、だからって私の気持ちは変わらない。私はここで生きていくんだから……