レオナルドの正室
ふざけるな……
確かに私は地べたを這いつくばる平民だよ! お貴族様から座れと言われたら馬車が突っ込んできても座り続けなければならない身分だよ!
だけど!
こんな屈辱があるか!
確かに、レオの帰りを待つことなく村を飛び出したのは私が悪かったよ!
事情があるにせよレオを待つことができなかったんだから!
だからって!
妾にしてやる?
傍に置いてやる?
遊び女の一人や二人?
あまりにもバカにしてる……
そして……
分かってしまった……
この女……レオのことを……
愛していない……!
家を発展させるだけの駒としか見てない!
そんな奴に……
そんな奴とレオは結婚して……
そんな奴を……
そんな奴を私は二十六年も……
もう、いい……
もう、この世に未練などない……
貴族の命令を断ったんだ……もう私は助からない。だから最後に言うだけ言ってやる!
「あなた……名前は?」
「この無礼者が! このお方をどなたと心得る! ラフェストラ帝国四大貴族ファーレンハイト公爵家当主! アンブロンシーヌ・フォン・ファーレンハイト公爵閣下なるぞ! この下民め! 口の利き方を弁えよ!」
帝国は……女でも当主になれるのね……
「ねえ、アンさん……長男がいるのよね?」
先ほど言われた通りで悔しいが、確かに名前が覚えられなかった……宿のお客さんならすぐに覚えられるのに……
「この無礼者めが!」
もう、何度殴られようと関係ない……どうせ死ぬんだから……
「長男がどうしたの? 私に似て容姿端麗な男に育っているわよ?」
「レオには……似てないの?」
沈黙。
ふっ……これが答えね。
レオ……あなたが何を望んでいたのかなんて、もう分からないけど……バカな選択をしたものね……
あなたは昔から……バカな選択ばかりして……
「斬れ……」
「はっ!」
剣を抜く騎士……
終わりね。さようなら……レオ……先に……
「いや、待って。一撃で終わってはつまらないわ。まずは目を抉って。」
「はっ!」
「次に耳を削ぎ、鼻を潰しなさい。その後に舌を切り取ってから殺してやるわ。あの女は数多の男に股を開いて生計を立てる淫売だったとレオには説明しておいてやるから。」
「はっ!」
騎士は私の髪を掴み、顔を乱暴に持ち上げた。好きにすればいい。どうせ私には何の抵抗もできないのだから……
騎士は懐から短剣を取り出した。それで私の目を抉るつもりなのね……
「要らぬことに気づかなければ、妾として長生きできたものをね。あのような平民上がりの下郎と私が血を結んだりするものですか。よし、やりなさい!」
「はっ!」
騎士が短剣を振り上げる。痛いのは嫌だな……
『風斬』
あ……私の前を風が吹き抜けた……
「いぎゃあああああーーーー!」
あれ? 今の声って……
あ、騎士の手が私から離れてる……
いや、私どころか肩から腕が……
「アル、やっと会えたね。」
「レ、レオ?」
「アルは相変わらずきれいだね。」
レオ、レオだ……変わってない? あの時から二十六年も経ってるのに……?
「あががががぁぁぁぁーー!」
「黙れ。」
腕を捥がれた痛みでのたうちまわる騎士に一瞥もくれずにただ命令を……これが貴族……
『快癒』
あ……あったかい……痛みが消えてく……
「アンヌさん。どうして君がここにいるのかな?」
「知れたことよレオ。貴方に会いたくなったからに決まっているわ。」
「じゃあどうしてアルがここにいるのかな? 僕が迎えに行くと伝えておいたはずだけど?」
「早く貴方を喜ばせたかったからよ。この国も落としたことだし、もう貴方は自由よ。」
「そうだね。ラフェストラ帝国の覇業に尽力する。アブバイン川より東側全土を制圧したら自由にしていい。そんな約束だったね。」
約束……
「ええ。その通りね。じゃあ私は本国に帰るわ。再会の邪魔をする気はないもの。」
「待って。まだ話は終わってないよ? 僕は約束を守った。帝国のために尽力し、いくつもの国を滅ぼしたし、君の言われるがままに行動した。その見返りは僕が自由になること……だけじゃなかったよね?」
「そ、そうね……」
「敗戦国は蹂躙し、略奪するのが慣わし。でも彼女がいる所、つまりラフォートには一切何もしない。傷をつけもしなければ奪いもしない。これを破った者は誰であろうと殺す。今回僕はこの国を攻める前、全軍にそう周知した。知ってるよね?」
「え、ええ……」
「アンヌさんはアルを傷つけた。それどころか殺そうとした。これは万死に値するよね。残念だよ。仮初とはいえ、君とは家族だった。愛してこそないものの感謝はしていた。子供たちだって僕なりに愛情を注いだつもりだったんだけどね。」
「わ、私を殺すの? や、やめて! 実の父が実の母を殺すなんて! あ、あの子たちが悲しむわ! そ、それに私を殺したらラフェストラ帝国全軍が敵になるのよ!?」
「悲しいけれど、あの子たちは僕の子じゃないよね。もちろん知ってたよ。僕が避妊の魔法に気付かないはずがないじゃない。それでも君が約束を守ってくれればそれで良いだけの話だったのに。」
え? レオの子じゃない? 避妊の魔法って……教会とかで……かけてもらえるあれ?
「くっ、出やれ! お前たち! 出やれぇー!」
部屋に続々と騎士が飛び込んできた……そんな……レオが……せっかく生きててくれたのに……
「お前たち! 魔将レオは乱心しておる! 恐れ多くも皇帝陛下への叛意を示した! 帝国貴族として看過できぬ! 討ち取れぇー!」
一斉に剣を抜く騎士……だめ……せ、せめてレオだけでも……
「逃げてレオ! お願い!」
私はもういい……レオが生きていてくれた。ちゃんと私のことを考えてくれていた……それだけでもう、死んでもいい……