レオナルド・フォン・ファーレンハイトという男
それから、一ヶ月もしないうちに湖畔の街ラフォートを含む私達の国はあっさりと征服された。たくさんの騎士やお貴族様が殺されたそうだ。名前すら知らぬ国王様も。でも、そんなことは私達庶民にはさほど関係ない。誰が支配しようが、農民は搾取されるし私達は税をとられる。その税率がどうなるか、それだけが庶民の関心事だ。きっと、高くなるんだろうけど……
負けた国の女は酷い目に遭うって噂もあったけど、ここラフォートでは特に変わりはない。
私の生活で変化があったことと言えば……
「そこの端女よ! 帝国将軍レオナルド・フォン・ファーレンハイト閣下の名において召し上げる! 付いて参れ!」
突然宿に現れた厳しい騎士達。その内の一人が何か言っている……
「あの、人違いじゃ……」
「お前はルワルド村のアルテミシア・ホムではないのか?」
「そ、そうですけど……」
なんであの魔将レオが私なんかを……つい、一瞬だけ、もしかしてあのレオかと思ったけど……あいつの家名はネヘトだし。ファーレン何とかなんて大仰な名前とは大違いね……
「ならば来い! それとも抵抗してみせるか?」
「い、いえ……行きます……」
こんな強そうな騎士に抵抗なんてできるわけない……
そして、誰も助けてくれない。当たり前だよね。新しい支配者に逆らうなんて真似ができるはずがないもの。パンクラスさんだって……こっちを見もしない。逆にクリスティさんはニヤニヤしながら見てる。はぁ……
連れて来られたのは少し前までご領主様がお住まいになっていた館。正門前に立ったことすらなかったのに、今日は中にまで入っている。足が震える……なぜ私がこんな目に……
果てがないほど長く歩かされたと思ったら……不意に止まった。
よく分からないけど複雑な彫刻が施された木製のドアを、騎士がノックする。
「アルテミシア・ホムを連れて参りました!」
「入りなさい。」
中から聴こえてきたのは女性の声。高貴で冷徹……見たことなんてないけど、きっと高位貴族ってこんな声してるんだ……
「失礼いたします!」
「し、失礼、します……」
やっぱりだ……あの服は確かドレスって言うんだ……私達が何十年と働いても手の平ほどの布地も買えないって……
首の周りにもキラキラした石が見える。あれは宝石って言うんだよね……あれ一つでうちの宿屋が数十軒買えるとか……
「無礼者!」
「きゃっ!」
痛い……いきなり頭を押さえつけられて、額を床に叩きつけられた……
無礼者って……私なにもしてない……
「礼儀知らずの平民がしたことよ。許してやりなさい。さあ、顔を上げて。」
「はっ!」
「うぎっ……」
痛い痛い痛い……髪の毛を引っ張って顔を起こすだなんて……なんなのよ……しかもこの女の人、私のことなんて見てもいない……
「名乗らぬか! 無礼者め!」
痛っ……頬を叩かなくても……
「ア、アルテミシア・ホム、です……」
「私は……やめた。平民の頭で私の名が覚えられるとも思えないもの。要件だけ言うわ。お前、レオの妾になりなさい。」
「レ、レオ……?」
「無礼者! 将軍閣下とお呼びせぬか!」
い、痛い……口が切れた……
「話が進まないわ。しばらく手を出さないで。知っているわよね? レオナルド・ネヘト。お前の幼馴染よ。」
「レ、レオが将軍……」
「そう、将軍。我がラフェストラ帝国三大将軍の一人にして私の夫。魔将レオの名ぐらいお前でも知ってるわよね? お前ごときをそんな大将軍レオの妾にしてやろうと言うのよ。伏して感謝するといいわ。」
レオが将軍……魔将レオ……帝国の……私が妾……この人の夫……私は……別にレオのことなんかもう……もう、とっくに!
とっくに……
「お前の頭で理解できるかはともかく、簡単に説明してあげる。私に婿入りしたレオはレオナルド・フォン・ファーレンハイトとなり戦場に出たの。お前も知っての通り、レオは見た目こそひ弱だわ。でもね? レオには類い稀な才能、魔力があったの。捕虜なんて大抵が役立たずなのにね。だから、この私が引き取って育ててやったわ。そして武功を立て、将軍にまで登り詰めたのよ。これも全て私の目が正しかったため。分かった?」
全然……分からない……レオ、レオは、どこに……
「ご返事申し上げぬか!」
痛っ……何て答えたらいいの……分からない……何も分からないよ……助けて! 誰か助けてよ!
「それはそうとして、レオの奴は大層お前にご執心なの。だから私は正室として気を利かせて動いてるってわけね。幸い長男は十五歳で成人を迎えたことだし、側室はともかく妾の一人や二人ぐらいなら認めてあげてもいい。そんな心境よ? さあ、どうするの?」
長男……正室……?
レオとこの人の……子供……
私は未だに……誰とも……なのに……
レオのバカ!
「お断りします!」