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『ブンガク』シリーズ

ブンガクに親しみたい

作者: 0024

「ねえ綴織(つづれおり)。僕に、ハイ・カルチャーの(たしな)みを教えてくれない?」


「なぁに(かささぎ)君、急に何かに目覚めたみたいな顔をして」


 僕はいつも通り図書委員の仕事をサボってはお気に入りの本を読み耽る同級生、もとい、僕の彼女である綴織(つづれおり) 静音(しずね)に声を掛けた。

 彼女は不思議そうな顔をして、本から顔を上げてこちらを向く。


 名前の示す通り彼女は物静かで、物語を綴り、織りなし、語り掛けるような『絵に描いたような』文学少女だ。

 長く艶やかな黒髪、清楚で慎ましやかで化粧の一つもせず、いかにも上品な立ち居振る舞い。


 僕はこの彼女に惚れ、そのために特に好きでもない本がずらりと並ぶ図書室の整理係……つまり図書委員として彼女の側にいる事を選び、先日ちょっと気取った告白をして、どうにか合格点を頂けた次第だ。


 そんな彼女に対して、僕……(かささぎ) 喧次郎(けんじろう)は、というと。

 まぁ、名前ほどに(やかま)しくけたたましい訳でも、鵲のように(さえず)るわけでもないけれど。

 彼女ほど、文学に造詣(ぞうけい)が深くはない。


 ま、幸いな事に彼女は『ライトノベルだって文学だと思うわ』というような懐の深さを見せてくれたので、僕はそんな文字通り『軽い』話題で彼女と話し合えている。

 因みに、彼女は口だけでそんなおためごかしを言っているのではなく、蔵書にライトノベルを数十冊、下手をすると百冊に届こうか、というくらいには抱えるという、本物の読書狂(ビブリオフィリア)なのである。


「別に目覚めた訳じゃないよ。ただ、綴織と話をするにあたって、ずうっとライトノベルのような軽い話ばかりでも、綴織の方が退屈するんじゃないかって思ってさ」


「あら、そんな殊勝な気持ちで私と会話してくれていたなんて、これは一本取られたわね」


 くすりと彼女は上品に笑う。

 そしてぱたん、と本を閉じて、そうねえ、と口に指を当てる。


「ハイ・カルチャーと一口に言っても、色々あるしね」


 そりゃそうだよね。

 僕は、だからそのハードルの高さをどうにかしたくて、でも自分でお堅い『文学』に馴染むのは、なかなかに辛いものがある。

 ならば、折角晴れて『彼女』になってくれた綴織に、ここはひとつアドバイスを頂こう、と考えた訳である。


「何か、綴織のおすすめとかってある? その、初心者でも読みやすいわよ、みたいな……」


「ううん。そうねぇ。先日聞いた感じだと、鵲君は夏目漱石(なつめそうせき)菊池寛(きくちかん)、ええと、それに芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)などを挙げていたわね。作品単位というより、作家の名前を挙げたのには、何か理由があったりした?」


 スラスラと僕が以前に言った話を暗誦(あんしょう)する綴織。流石、文学少女は記憶力もよろしいことで。


「いや別に。作品名、微妙に覚えてない事もあるから」

「なるほどね」


 把握したわ、みたいな顔をして彼女は少し考える。


「基本的には教科書レベルの読みやすくて、堅すぎない、かつ、有名どころの作家が書いていて、それなりに短く、更にハイ・カルチャーに入り込んでいきやすい本……ね」


 彼女の中の『文学辞典』みたいなものがペラペラと(ページ)(めく)る音が聞こえる気がする。



中島敦(なかじまあつし)の『山月記(さんげつき)』は、覚えているかしら」



 彼女は言った。

 うん? さんげつき、さんげつき?

 授業で習ったような、そうでないような……。


「有名な下りだけ言ってしまうと、これね。『その声は、我が友、李徴子(りちょうし)ではないか?』……どう? 思い出したかしら」


 ぶ、文学の一文を(そら)んじる、って。

 そんな事、本気で出来る人、いたんだ。


 僕は驚きつつ、ええと、と頭を掻く。

 そして、ふっと思い出す。


「あー、なんか、そう。人が、虎になるとか。荒唐無稽な話だなぁ、と」


「そうそう。それ。虎の話、ね。良く出来ました」


 ぱちぱちと軽く手を叩いて褒めてくれる綴織。

 いや、そんな大したことじゃないし。

 とは思いつつ、顔は(ほころ)んでしまう。


「あれなんかどうかしら。一度、教科書で読んではいるでしょうけれど、きっちりと読み直してみるのも、良いかも知れないわ。お勉強ではなく、文学を楽しむ、という心でね」


「文学を、楽しむ……」


 なるほど。確かにそもそも、僕はその視点が欠けていたのかも知れない。

 彼女と話題を作りたい、という一心で何か難しい本を読もう、みたいな。


「あのね鵲君。私は前にも言ったけれど、難しい言葉や、持って回った言い回しや、気取った文体、それが『文学』を『文学』たらしめるとは思わないのよ。親しみやすさだって、『文学』の一形態だもの」


 彼女はいつぞや言っていた『文学の定義』について改めて語る。

 そして、今回はそこに加えて、物語を読む『姿勢』に関する私見を述べる。


「そこに、楽しんで読もう、という心を持つことは、古風な純文学においても、近代のライトノベルにおいても、それに、ええと……、ネットの小説であっても、変わらないと思うわ」


 そこで少し言い淀む辺りに彼女の『ネット小説』に対する抵抗感はまだあるようだが、それも彼女のパーソナリティだ。


「ありがとう綴織。早速、その辺りを起点にして読んでみるよ」


「どういたしまして鵲君。まあ、読み終えたら、読書感想文などを提出しろとまでは言わないから、私に忌憚(きたん)のない意見を聞かせて貰えるかしら」


「勿論。その為に、選んでもらったんだからね」


 僕はそう言って、図書室の蔵書にきっとあるだろう『山月記』を探し始めるのだった。


 ◆ ◆ ◆


 後日談。


「どうだった、鵲君? 『山月記』は」


「面白かったよ。何処が、と言われると難しいけれど……哲学的というか、何らかの比喩なのかな、って思ったりした」


 それを聞いて綴織は興味深そうにふむふむ、と相槌を打ちつつ言った。


「なるほど。比喩、ね。鵲君の解釈としてはつまり『李徴』が『虎』になった事、それを『喩え話』として受け止めた、という事ね」


「ま、間違ってるかな?」


 僕は国語の授業で正解か不正解かを問われているような気分になり、思わずそう言ってしまうが、彼女は笑って言った。


「文学に正解も不正解もないわよ。ただ、受け止め手の考え、理解、共感、解釈、そういったものがあるだけ。それを私達は『読者同士』で共有し合い、文学は『様々な解釈』によって人口に膾炙(かいしゃ)していき、楽しまれ、親しまれていくのよ」


「へ、へぇ」


 彼女のその言葉はやや難しかったが、つまり

『あなたの思った通りでいい、そういう色んな考えを色んな人同士でへぇ、そうなんだ、と話し合うことが大事』

 みたいな意味なのかなあ、と思ったりした。


「だからね鵲君。君の考えはそれでいいの。ふふ、面白いわよね。私は、あの話をそのまま受け止めた派だから、違う考えなんだけれど」


「そのまま? って事は、本当に虎になった、って解釈?」


 僕は綴織の考えが気になり、尋ねてみる。すると彼女は笑って、



「そうそう。ラノベのファンタジーっぽくて、面白いじゃない?」



 などと言った。

 ラノベのファンタジー。

 あんな純然たる古典純文学を、そういう言葉で捉えるか。

 いやあ、彼女の考え方は、本当に柔軟というか、横幅が広いな。


「ふふ、そんなに私の知性を高く見積もりすぎないで良いわよ。ただただ、面白い物語が好きなだけなんだから」


 彼女はそれこそ『親しみやすい』笑顔で、僕にそう言ってくれる。

 それから僕らは『山月記』の話を少しだけ続けた。


「でもアレだよね、本当に虎になった、って事は、その過程が気になるよね。徐々に虎になったのか、ある日突然虎になったのか……って、中に書いてたっけ?」


「書いていたわね。徐々に、そしていつの間にか、という感じ。知らない間に四足歩行になって、自分の手足に毛が生えている事に気付いて……かな」


 ううん、一回きちんと読み返したのにその辺りの読み込みが甘いなあ、と恥じ入ってしまう僕。

 しかし彼女はにっこり笑って言った。


「まぁ、初心者だからしょうがないわ。鵲君も、これから李徴が『いつの間にか』虎になるかのように、私のような書痴(しょち)になってくれると、色んな文学の話を出来て楽しいから、頑張って」


「その喩え方だと、僕が(りちょう)のように『科挙(かきょ)』の試験に落ちちゃって、そのまま虎のように野に下りそうだから、やめてくれないかな」


 と僕が苦笑いする。

 文学に造詣の深い彼女がそれを知らずに喩えたとは思えないので、彼女なりの皮肉なのだろうと思った。

 しかしどうやら、



「ふふ、その時は私が李徴の友人の袁傪(えんさん)みたいに、君の行く末を見届ける事になるのかもね」



 と、これが言いたかったらしい。


「僕は綴織と離れ離れなんかにはなりたくないけどね」


 彼女の喩えに、僕は笑って返す。


「それは私も、勿論そうね。だから、まぁ、無理せず、程々で良いわ。鵲君は、鵲君のペースで、文学に慣れ親しんで行くと良いと思う」


 彼女も笑って言った。


 そうだね。


 無理なんてしなくていい。


 僕は僕のペースで。


 ゆっくり、彼女の後を、追いかけていこう。



 何せ僕には、これだけ文学に親しんでいる、彼女がいるんだからね。



(終わり)

はいどーも0024っす。


『ブンガク的に口説いて欲しい』の綴織(つづれおり) 静音(しずね)ちゃんと(かささぎ) 喧次郎(けんじろう)君に再登場して頂いて、改めて少し彼らの関係を深堀りしてみました。


言うても、これは僕の『読書家』への劣等感(コンプレックス)を、どうにか出来ないかなという気持ちから生まれた小説だったりします。

前回はそうでもなかったんですけど、今回は明確にそっちの気持ちが大きいですね。

僕の『読書家』への劣等感の話は、以下の小説のほうに詳しく。

『書を捨てて』↓

https://ncode.syosetu.com/n2064gn/


さて本編解説みたいなトコですけど、ルビをやたら多くしているのは『難しいと僕が思う』漢字でとにかく引っ掛かって欲しくない、という気持ちと、固有名詞には入れるべきだろうという判断です。

他の作品に較べて、かなり『児童文学』っぽくしているフシはありますね、この『ブンガク的』シリーズは。


でも、キャラクターの会話自体は、むしろライトノベル文法的というか、まぁ気付かれる人は気付かれるでしょうが『西尾維新さんの物語シリーズ』に強烈な影響というか私淑(ししゅく)をしている結果のノリになっています。

後日談、の部分、『後日談。というか、今回のオチ』にしなかったのは、薄皮一枚のプライドです(笑)


つーわけで、珍しく一度書いたキャラを再登場させて語りました『ブンガク的』な会話(言うほどでもないよな、とは思ってますが)、如何だったでしょうか。


『山月記』を例にとったのは、割と有名だけど微妙にマイナー、みたいな良い感じの立ち位置だなと思ったからです。

僕も微妙に内容忘れてて調べたりしました。


面白いですよね山月記。静音ちゃんの言葉じゃないですけど、色んな解釈が生まれるのが文学の醍醐味だと僕は思いますね。


ではでは、また。


※シリーズ作って、前作も入れておきました。よろしければ画面上のリンクか、以下からどうぞ。

↓前作『ブンガク的に口説いて欲しい』

https://ncode.syosetu.com/n5134gm/

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