第二章 緑林檎の騎行 3 The Cave under the City
これからは前書きをかくスタイルで行こうと思います。
ストックがこの辺りまでなので、これからさらにペースダウンすると思いますが、よろしくお願いします(毎週言ってるなこれ)。
誤字脱字、表記ミス等々あれば指摘いただけると嬉しいです。感想等書いてくださると非常に嬉しいです。それでは本編をどうぞ!
3
女子生徒の手から、端末が取り上げられた。
その端末は中国系の中堅端末会社が作った機種であり、さらにシステム的にいくつかの改造が施されていた。
それはコンピュータにつながれ、まるで人の脳から情報を読み取ろうとするかのように、中身をチェックされていった。
香川和裕たちは言われたとおりの方向へ進み、いやにオッサン臭い顔の亀の置物がある角を左に曲がった。
しばらく進むと、割と広い道に出た。大通りからは一本下がったところにある、日当たりの悪い通りだが、それなりに車が通っており、この瞬間も香川和裕のすぐ左をしゃれたスポーツカーが通り過ぎていった。
先ほどまでは晴れていたが、空は次第に雲に覆われてきた。ただでさえ日当たりが悪い通りは不快な暗さに包まれた。
「最初に言われていた方角だとこっちになりますけど」
香川和裕たちは東へと進んでいく。
歩道と車道の境界もはっきりしていないような通りだ。轢かれないよう、未知の隅を歩く。時にはぶっきらぼうな運転のトラックが通ることもあり、そんなときには香川和裕たちは道の隅、排水溝の上などを通ることもあった。
またトラックが来て、香川和裕たちは排水溝の上に乗り――。
ガタン、ドボンと音がした。
江原希の直下の排水溝の上の板が真ん中から崩れ落ち、江原希はその新品らしきコートを泥まみれにしてしまった。
「あちゃー」
が、それだけでは終わらない。
どっぷりと水につかった足は、とりあえず排水溝の底についている。
一秒後には、その底が抜けた。
「ええっ?」
江原がいつもにも増して甲高い声を響かせたあと、胸のあたりまで排水溝に沈み込んでいった。
でも、そこで止まった。
「…………」
みんなが江原に注目した。男性陣も、女性陣も、その胸に注目した。
「お、おっきいって羨ましい!」
学生服に包まれた柔らかそうな胸に、硬そうな排水溝の縁がめり込んでいる。江原の体は、その並外れて大きなバストによって、完全には落ちずに済んだのである。
江原のギャーギャー喚く声を無視して、メンバーたちはその微妙に性欲をそそる光景を目に焼け付けた後、ゆっくりと江原を引っ張り出しにかかった。
「そもそも、なんで底が抜けた? これは明らかに異常だぞ」
「そ、そうですね。とにかく今は江原先輩を引っ張り上げましょう」
しかし、バストがでかいとはいえ、あくまでも通常の範囲内である。次第に江原の体は下へ下へと沈んでいく。
「うえーん、た、助けてぇ! 早くぅ」
香川和裕が江原の右手をつかみ、荻野春樹が左手をつかんだ。そして、興味津々といった表情のコーデリア・シエルが江原の両脇に手を回す。
「よし、じゃあ引っ張り上げるぞ。痛いかもしれないけど我慢してくれ。せー」
の、を発する前に、江原が完全にずり落ちた。
「うごあー!」
変な悲鳴を発しながら江原がずり落ちていった。
「ああっ、江原先輩!」
荻野が下を覗き込む。
排水溝の底に、ぽっかりと穴が開いていた。だが、その下は暗黒ではなく、目を凝らして見ないと分からないほどかすかな明かりがついていた。
*
紗生桐奈は、目を閉じていた。
彼女は、「大河」のメンバーにして開和学院の中学二年生の女子生徒である。つまり、梶原涼子と同様のプロフィールを持つ者といえる。
艶のある漆黒の髪を肩の下まで伸ばし、一つに束ねている。金剛石のごとく光り輝く黒い目に、白皙の頬。学年でもトップクラスの秀麗な容姿の持ち主である。
背はそれほど高いわけではないが、スタイルがよく顔がきれいなのでそれほど気にならない。さらに、その目からは何らかのオーラが放たれているような感があり、奇妙に威厳がある。
が、彼女は今、ひどく疲労した様子でその目を閉じている。
彼女が「大河」に入ってから、二年がたった。最初の頃はまだ小学生で、下っ端として些細な作業に協力していた。だんだんと重要な仕事を任せられるようになり、現在に至る。
重要な、暗部の仕事を任せられるようになり、現在に至る。
こういう任務が来るようになったのは、一年ほど前からだろうか。
最初は、どこどこからくる誰々をを足止めしておけという内容だった。一抹の疑問を覚えながらも、彼女は任務に従った。
そして、その「相手に行ってほしくない場所」へついでに行った時、見たのである。
気を失い、頭から出血した「グリーンアップル」のメンバーを。
その少し後からしばしば一緒に行動するようになった梶原涼子は、「紗生さんが不運なんじゃなくて、闘争が激しくなってそういう任務が全体として増えたからなんじゃない?」と言っていた。
梶原は紗生を励まそうとしたのかもしれないが、紗生はあまり梶原が好きではなかった。
まず、あの性格が好かない。何かにつけて目の前のものを疑いたがる。上から降りてくる指示も度が過ぎるほどに深読みする。他にもう一つ理由があるが、それは言わないでおく。
紗生桐奈は今、地下に通る秘密の通路にいる。何とも現実離れした、スパイ映画にでも出てきそうな設定だが、それでも目の前に存在するのである。ナイルが建設を主導した通路だ。光源は最小限に抑えられ、ぱっとしない色の古ぼけたランプが、二メートル間隔でついているだけだ。
紗生は、目を開けた。
と同時に背後の天井から女の子が降ってきた。
どすっという鈍い音が、静かだった通路に反響する。
「?」
短く疑問符を発してから、彼女は女の子を観察した。金に近いが、一目で地毛と分かる髪、大きめの瞳、嫌に大人っぽいコートとそれと同程度には成長した胸。
三メートルほどある天井から落ちて大丈夫だったのは、運よく上手に受け身をとることができたからだろう。
「んん……へ?」
紗生のほうすら見ずに茫然とした。まあ当然だろう。こんな地下通路など普通に生活していれば見つけることはない。
「ふ? は? ええっ?」
さらにあたふたし始める。
紗生は、ここでグリーンアップルの人間がやってくるのを迎えろという指示を受けていた。グリーンアップルの中でも、特に悪辣なハッカーを誘拐するため、その追っ手を足止めするという目的があるそうだ。
だが、相手は紗生が向いている方向、北からくるはずだ。それが南、紗生の背後から落ちてきた。しかも、非日常とは縁がなさそうな普通の女の子だ。
「……あなた、江原さん?」
落ちてきた少女は、同級生の江原希に見えた。
「あ、ええ、そう、です。ええと、紗生さん、だっけ? 紗生さんはどうしてここに?」
「あ、ああ、私はちょっと用があってここにいます」
「用事……? ていうかそもそもここはどこなんですか? た、確か排水溝の底が抜けて、そのままこっちへずり落ちた……?」
なんとまあ、偶然にすごいものを見つけたな、と紗生は心の中で毒づいた。
この空間の存在は秘密である。当然の流れとして誤魔化す必要がある。
「ここは開和学院の方向へ向かう、様々なケーブルが通っている通路でした。数年前にケーブルは別の場所へ移されて、通路だけが残ったのです」
これは紗生の独創ではない。対外的にはそういうことになっているのだ。そして、半分は事実でもある。実際にこの通路にケーブルを通す計画が存在したのだが、それは途中で頓挫し、通路としてしか使われていない。
人工の洞窟の天井に、ぽっかりと空いた穴から光が差して、さながら江原がスポットライトを当てられているかのようだ。けれども江原は無邪気そのものの顔でスポットライトからわざわざ離れると、周りをきょろきょろ見回し始めた。
「へえ~、開和学院って大きいねー。こんな太いケーブル通ってたんだ」
江原希が「だ」を言い終える前に、江原の落ちてきた穴から梯子が下ろされた。
「江原先輩、大丈夫ですか!」
上から降りてきた人物の顔に、紗生桐奈は見覚えがあった。
荻野春樹。自分より一歳年下の温和な外見をした男子学生。
そして、紗生の敵。




