第一章 序曲と出演者の登場 1 Overture and the appearance of actors
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本作品はあくまでもフィクションであり、本作品に登場する個人、団体、事件等は、実在の個人、団体、事件等とは無関係です。
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陽光を混ぜてあるかのような風が、街をゆっくりと流れる。
十月初頭。
一人の男子学生がその小都市で電車を降り、少し早い歩調で歩き始めた。目的地はこの都市にある私立開和学院中学校。
この中学校はそれなりに有名な学校であり――後世から見て、歴史の変化における多数の起点の一つとなるはずであった。
*
地球連合が成立して、三年がたった。
地球連合、とは、地球上に存在する全国家が加盟する緩やかな連合体である。その前身となるのは国際連合だった。
それより前、人類は巨大な動乱期に差し掛かっていた。災害や疫病の発生に国家の思惑が絡み合い、複雑な情勢が構築されていった。国家主義と国家主義が火花を散らし、情報は隠匿されるか混乱の中に置かれた。やがて人々は倦み疲れ、混乱の渦は停滞の沼へと変化した。
そんな頃に国際連合に大規模な組織改革が起こり、対立も弱まっていた地球上の全国家を様々な手法で加盟させ、地球連合となるに至る。
地球と名付けたのは、地球を大事にしようということを強調するためとされるが、そんな効果は果たしてあるのか、じゃあ宇宙はどうなのか、という疑問があげられた。現実として月には基地ができ、人類はとりあえず火星へ到達している。
もっとも、その程度だ。多くのSFではもっと早く月に都市ができ、人類は太陽系から飛び出そうとするはずであった。現実はそこまで甘くない。
そして、三年後である。
日本の社会には様々な問題が生まれた。人口は大幅に減少した。東京周辺は首都としての繁栄を続けたが、首都圏から一歩でも離れると、栄華も過去のものとなった感が強い。
その全国的な凋落を何とかしようという声はいやというほど上げられ、また、計画も山というほど立てられた。しかし、税金不足という不可視にして強大な敵によって未発のまま押さえられた。消費税は上がったが、消費の減退に追い打ちをかけたに過ぎない。
IT方面の技術は米国の大企業群に支配され、国内の中小企業は圧迫された。そして、米大企業によって開発された高性能なAIにより、「誰でもできる」ような職業は次々と消えていった。富裕な者はさらに富み、貧しい者はさらに貧しくなった。
これらの状況を改善するため、現在地球連合は日本に対して様々な形の援助を行っている。
しかし、地球連合が手を出していない分野があった。
大企業群に支配された市場、個人情報その他諸々をどうするかである。
何か制度を決めれば良いのだが、大企業群の影響力は非常に大きく、彼らに手を出すのは非常に危ういことと思われた。「ナイル」「ビーグル」「チェリー」「アイスブック」という四社がその中心だった。この他にも、グローブソフトだの華技だのといった巨大IT企業が存在していた。
地球連合発足時から指導部と密接な関係を持っていた彼らは、やがて実質的に政治を左右する存在となっていた。彼らの大きな武器は管理力であり、「地球連合市民」の権利が与えられた全人類をサービスを通じて管理することで、支配力を強化していった。
誰かがそのことをヒステリックに訴え、また、小さなきっかけから彼ら大企業の過去の悪事、言論に対するひそかな統制が発覚し、大規模な対抗運動が生まれた。
だが、逆にこれらの管理体制を支持する市民も多く、やがて彼らの衝突が起きるようになった。それはだんだんエスカレートしていき、今では準武力闘争と呼べるような段階に至っている。
*
そして、三年目。
小都市の閑散とした道を歩いている男子学生の名は、香川和裕といった。十四歳、中二である。
道は、荒れていた。人が通る分には構わないが、そこら中に亀裂が入り、雑草が生えている。石も目立つ。数年前までの混乱期の影響だった。
香川和裕は私立の小学校を卒業したのだが、同級生の大部分は内部進学でこの中学校に持ち上がった。彼自身は中学受験をした。今日はこの学校の文化祭で、彼は同級生たちに会うという理由でここに来ている。
香川和裕は、小綺麗な校門を通り過ぎた。綺麗なのは良いがどれだけお金がかかっているかを考えると、ここが金持ちの通う学校であることを意識してしまう。かつてそんな小学校に通っていたということは、香川和裕もそれなりに安定した生活を送っているのだが、自分の能力ではなく親の金力を誇るような輩には好感を持てなかった。
招待券――友達から郵送されてきた――を提示して中に入る。芝生と芝生の間にコンクリートの道があり、校門と同じように奇妙な清潔感がある。無論、掃除消毒されているわけではないが、そこに寝転んでも特に支障はなさそうな雰囲気。
一応太陽が雲と雲の間から自己主張しており、晴れと言うことができるが、完全な晴れではなく雲が空のところどころを隠している。和裕は、今の自分のようだ、とちらりとは考えたが、それほど感傷深い性格でもないので、すぐに自らの顔面神経へ指令を発した。
前から友人たちがやってくる。何人かグループになっており、その先頭には割合親しかった友人がいる。名を藤堂湊という。
とある企業の社長の御曹司であるが……彼の実体は、御曹司という言葉から受けるイメージとはかけ離れている。日に焼けた顔、短く切ってある茶色の髪、陽気かつ好戦的に輝く瞳。どれをとっても、お坊ちゃんではなく元気いっぱいの悪ガキに見える。
「おう、和裕じゃないか! よく来たなあ」
ちなみに、文化祭の招待券を郵送してきたのも彼である。
その後ろからも何人か友人たちがやってくる。
「和裕! 最近会ってないから一瞬戸惑った。そっちの学校どう?」
「まあまだね」
「こいつはもう天才だからな」
「いやそんなわけないない。もっと上がいるって」
彼が暗に指しているのはいるのは、超難関校と呼ばれる学校に受かったある友人のことであった。名を羽黒大樹という。
いろいろとしゃべりながら校舎へと入った。校門がきれいであることに加えて、校舎もきれいときた。香川和裕が思い出したのは、この中学校は数年前に新校舎が建ったばかりだということであった。
香川和裕は割合ゴシップなどに興味があり、それについて藤堂湊に聞いた。多少興味があるだけで、噂をもとにして相手にちょっかいをかけるなどということはしない。ゴシップでも、格好良く言えば「生徒間派閥の勢力争いに関する情報」となる。恋愛とは戦争だ、ともどこかのアニメで言っていた。
「ああ、そういやあいつだな、明治……じゃなかったじゃなかった。梶原だ」
「梶原って梶原涼子か?」
梶原涼子とは、藤堂湊らと同じく和裕の同級生であり、内部進学して藤堂湊らと同じ中学に入った女子生徒の名である。
最初に飛び出た明治という名は、彼女のかつての姓だ。小学五年生の時に親が離婚したらしい。こういうといかにも単純そうに聞こえるが、実態はもっと複雑だ。
彼女の父親は明治良男といい、政治家である。問題なのは職業ではなく、その主張だ。世にいうところの極右で、同じ極右政治家に呆れられるほど過激な主張を繰り広げている。戦争主義者、人種差別主義者、男女差別主義者であった。
梶原涼子の母は明治菊といい、彼女の旧姓が梶原である。菊はデザインによっては堂々たる印象を与えるが、対照的に明治菊本人はとてもひ弱な女性だ。それでも離婚できたのは、娘が菊の兄に働きかけたからだった。
娘の旧名は、なんと明治隷子といった。奴隷の隷、である。父親が極端な男尊女卑の考えに基づいてこのような名前を付けた。彼女はこの名前、特に漢字を説明するとき「奴隷の隷です」というのがとても嫌だった。当然だ。
菊の兄は豪放な性格で、涼子の味方をして妹に働きかけ、小学二年生の時に別居に成功し、小学五年生の時に離婚を実現させたということである。小学二年生の時点で名を変え、小学五年生で姓も変わったことになる。
こうした経緯で、明治隷子は梶原涼子へと改名を遂げ、同時に抑圧的な彼女の父から解放されたのである。
その梶原涼子について何かうわさがあるようだ。
「で、どんな噂だ?」
「実はな、あいつ最近学校休みがちなんだよ」
「病気か?」
「いや、いろいろ推測が流れてっけどとにかく病気とかじゃないし家庭の事情もあんていしてるはずだぜ。極端なやつだと新興宗教に入ったとかいう噂もある。さすがにありえねえと思うけどな」
「ししし新興宗教?」
意表を突かれて香川和裕は面食らった。この国では、二十世紀末に過激な教団が無差別テロを行っており、また、伝統的な旧守の文化性にもより、新興宗教は一般的にあまりいい印象を与えない。
「それも本部はアメリカにあるみたいだぜ。新興宗教のほかには、エスパー養成所に通っているとかいう話まで出てるけどさすがにこれはやりすぎだな」
エスパー養成所……ただならぬと同時に滑稽な雰囲気が二倍に濃縮された。
校舎の中は常に騒然として静まることがない。たくさんの客が来ており、売店でホットドックを買ったり、吹き抜けの一階のぎこちないパフォーマンスを見たりと常に動き回っている。
その中で、やたらと他校の人間が多いことに気付いた。香川和裕の学校の文化祭は誰でも入場可能だが、この学校は、基本的に在校生から招待券を受け取らなければ入れないはずだ。この学校の生徒にはそんなに親戚が多いのか、と聞こうとしたが、藤堂湊が先に口を開いた。
「おい、午後から大ホールで演劇あるけど、見るか?」
和裕が答えようとしたその時。
「後ろ。梶原だぜ」
振り向くと、そこに梶原涼子本人がいた。
紅茶色の髪を持つ、くっきりとした端正な目鼻立ちをした美少女である。白皙のほほに少し赤みがさしており、光に照らされた処女雪のような印象を与える。ただ、この時は表情が硬く、やや鉱物的なイメージがあったかもしれない。
そして、彼らが梶原涼子に声をかけるよりはやく、彼女に怒声がぶっかけられた。
「お前は学校の秩序を何だと思っているんだ! 半日も遅れて学校に来ただけでなくこんな規格外の服を着るだなんて! 校則を頭から無視してるじゃないか。えぇ?」
彼の名は阿部といい、厳しい型の教師として生徒の間でも知られていた。近頃は、何かにつけて将来は日本のために尽くせと吠えたてていた
「他はみんな制服を着ているのにお前だけがそのわけのわからんシャツだと? ふざけとる! どうしてそんな服を着ていて、どうしてこんなに遅れてきたんだ! この非国民が!」
梶原涼子が一歩踏み出し、人影にさえぎられて見えなかった彼女の服が見えた。
「何のシャツだ?」
決して趣味の悪いシャツではない。基本色は紺色であり、中央に白で何かの模様がかかてれいる。三角錐の頂上に、いくつかの円が線でつながれた、分子の構造のような図形が浮かんでいる。
だが、制服でないことには間違いなく、また遅れてきたことも歴然とした事実であった。
「私はどうしても必要な用事があって遅れたんです。それから、別のお客さんが来ておられますので、教頭先生か校長先生に知らせてください」
「何をたわごとを! それとお前の校則違反とはどういう関係があるのだ!」
そう怒鳴った阿部が、一瞬固まった。
梶原涼子の後ろからエグゼクティブ風の男が歩いてくる。目にはサングラスをかけているが、何より印象深いのは、襟もとで無視しえぬ輝きを放つ「NILE」の文字。
四大企業の一つ、ナイル社の幹部であった。名をウォルター・チャールズ・クラークという。彼が何事かを話し、なおもそこをどかない阿部にさらに何か話しかけると、急に阿部が額に汗をかき、慌てて彼を通したのである。話の内容だけでなく、雰囲気にも圧倒されたように見えた。
彼が行った後、梶原涼子は彼を追いかけることはなく、こちらを向いて微笑し、手を振った。
初投稿です。長い作品として構想しているので、一話だけだと意味不明……。
テスト投稿みたいな意味合いすらあります。
それでも、完全に絶やしてしまう気はないので、これからもお願いします。