初めての宿屋
すっかり日も落ち、バシレイアが夜の闇に包まれた頃、城を出た俺は、程なくして後悔の念に襲われる。
「……だーっ! やっぱもうちょい強請っとけばよかったー!」
「低俗なセリフを大声で叫ばないでください。恥ずかしい。仮にも勇者ですよ?」
「うっせぇ! 仕事に見合った報酬を貰うのは、人間として当然の権利だろうが!」
「まだ勇者として何もしてないのに? 欲深にもほどがありますね」
「て、てめぇ……」
ラーサーの生意気な態度に、俺のイライラは限界に近付いていた。
「ともかく、それだけのお金があれば、宿にも泊まれるでしょう。この町で1番安い宿屋を紹介しますので、今日はそこに泊まってください。勇者の仕事は明日からでも遅くはありません」
うっ、ムカつくけど、こいつの言うとおりだ。
なりたての勇者である俺が、今から冒険の旅に出るなんて危険すぎる。急いては事をし損じるとも言うし、なにより、いいかげん腹が減ってきた。
そんなわけで俺は、ラーサーの案内で宿屋に向かい、そこで一泊することにした。
安宿の割には、ベッドの質と夕食のパンの味は良く、宿屋の主人達もアットホームで人柄もいい。人生で最も波乱に満ちた日を送ったせいもあってか、このオアシスみたいな宿には、文句のつけようがない。
だからかな。ベッドの上でふと『仕事があるから』っつって入口で別れたラーサーのことが頭に過った。
口では悪態をついてても、職務をちゃんと全うして、俺の面倒を最後まで見てくれた。もしかするとあいつは、本当はクソ真面目なだけでいい奴なのかもしれねぇな。
そう思うと、あいつになんかしてやりたくなり、あれこれ思案していたが、結局、何も浮かばないどころか睡魔にも勝てず、そのまま寝落ちしちまった――――