海魔 深海より来たる
って、一抹の不安を抱いていると、それを吹き飛ばすかのようの重みが、竿にズシンと伝わった。
きた。ヒットだ! しかも、この引き……大物に違いねぇ!
鯵や秋刀魚なら干物にしてぇところだが、この引きからして、小物じゃねぇ。てことは鯛か? それとも鮪か?
いずれにしても、ここでバレちまったら意味がない。俺は逸る気持ちを押さえながらゆっくりと竿を引いていく。
いい調子いい調子。そう思って引き寄せていると、急に強い力で向こうからグンと糸を引っ張られ、そのまま海の底へと竿が引き摺り込まれてしまった。
折角のチャンスを逃した上に、釣竿まで持って行かれる。散々すぎる結果に俺はガックリと肩を落とす。
が、この時、既にロッティが慰めてくれるヒマも、ましてや落ち込んでいるヒマもなかった。
直後に何かが船体を襲い、船を大きく揺らしたからだ。
断っておくが、大時化だからこうなってるわけじゃない。荒天どころか、天気も波も穏やかで、絶好の釣り日和だ。
ということは、原因は別にある。それはつまり、獲物が、いや、敵が襲ってきたからだ。
ザパーンッ!
そうら、おいでなすったぜ。触手みてぇに蠢く毒々しい紫色の足が12本も。
その姿に、船員は思わず叫んだ。
「ク、クラーケンだーっ!」
と。
その単語に、船上にいた人々は一斉に逃げ惑い、操舵手はクラーケンから離れようと全力で舵を切る。しかし、クラーケンの吸盤のついた足が絡みついて、離そうとしない。
このままでは、船諸共海の藻屑になりかねないだろう。となればやはり、こいつを倒す他、道がないようだ。ったく、我ながらとんでもねぇ獲物を釣り上げちまったぜ。
そう思い、臨戦態勢を整える俺の元に、騒ぎを聞きつけたまーちゃんが駆けつけた。
「勇者様! ご無事ですか!?」
「あぁ。まだエンカウントしたばっかだから、バトルにすらなってねぇよ」
「そうですか。間に合ってよかったです」
安心したまーちゃんは、早速俺を援護するためのアイテムを調合し始めた。
「ねぇ、マーテリアテナ。プリス達を見かけなかった?」
「プリスさん達なら、途中で会って、通路の方に向かいました。あっちも襲撃されているみたいなので」
通路って、両端にあんだろ。まさか、左右に分かれて戦ってるっていうのか? いくら俺より歴長いからって、そいつは無謀だろ。
「そっか……じゃあ、ボクは仲間達を助けに行ってくる。そっちは任せたよ」
「おう。任せろ」
そう言いって、お互いの健闘を祈ったあと、ロッティは仲間達の元に急行し、俺は自らを鼓舞した。
「……さーてと、んじゃやるか。まーちゃん準備しろ。今日の晩飯は焼きイカか姿造りだ!」
「え!? あれを食べるんですか!?」
「食えるんならな。それに俺、烏賊好きだし、クラーケンがどんな味すんのかもちょっと興味がある」
「やめた方がいいのでは……」
軽口を真に受けたまーちゃんが難色を示すが、そんなことを言ってる場合じゃない。俺達をまとめて叩き潰そうと、奴は足を大きく振り上げる。
「っと、話は後だ。いくぜ!」
俺は一方的に話を切り上げると、クラーケンの足を避け、戦闘を開始した。




