王都 バシレイア
スライムとの戦いからしばらく経ち、日が傾きかけた頃、歩きっぱなしでヘトヘトになりかけた俺の目に、待望のものが見えた。
堅牢な壁に囲まれ、その中にいくつもの建造物と西洋風の城が見える。間違いない城下町だ。
大抵こういった中心都市には、色んな設備が充実しているはず。俺は、疲れた体に鞭打って、歩みを進めた。
やっとの思いで到着した都市の名はバシレイア。この世界の東に位置する大陸全土を統治する王国の王都らしい。
え? なんで知ってるかって? 俺の顔を見るや否や職質してきた仕事熱心な門番さんに教えてもらったからだよ! ったく……まぁでも、この顔じゃなくても、通行手形も何もない奴がすんなり通れるわけないか。そう考えたら、わりかし優秀な方だな。
「いいかげん白状しろ! 貴様、この町でいったい何をする気だ!? 盗みか!? 放火か!? まさか、殺人を――?」
この態度は気に入らねぇけど。
「するか! 人を見かけで判断すんなよ! こう見えても俺は、前科無しだ!」
「嘘をつくな! その顔は、既に何人か手にかけている顔だろ!」
「してねぇっつーの!」
そりゃ俺だって必死になるよ。最悪、路地裏とか公園とかなら我慢できるが、町の外で野宿だけは、絶対にイヤだったから。
そんな食い下がる俺と偏見全開で拒否してくる門番との言い合いは延々と続いた。
監視付きってことで、なんとか入国を認めてもらった俺は、門をくぐってすぐ、舌を巻いた。外観自体は中世ヨーロッパにありそうな感じだったが、町全体が活気に満ちていて、宿に酒場、鍛冶屋に薬屋だけでなく、学校や温泉まである。充実してるだろうなとは思ってたけど、まさかここまでとは思わなかった。
町の人からすれば、見慣れた景色なだけに、目を輝かせながら町を見渡す俺の姿は、さぞかし、お上りさんのように見えたことだろう。
「言っておきますが、妙な気だけは起こさないように」
人が心から感心してるってぇのに、10代半ばであろう監視役の新米兵士が、淡々とした口調で水を差す。
「わかってるって。えっと……」
「ラーサーです。さっき名乗りましたよね?」
「悪ぃ悪ぃ。悪いついでに質問なんだけど、やっぱ銅貨1枚じゃ、宿にも泊まれねぇよな?」
質問内容が余程アホだったらしい。ラーサーは溜め息をついた。
「本当に何も知らないんですね。当たり前じゃないですか。銅貨1枚じゃ、薬草1本買うのがやっとです」
「そっか……じゃあ道端で野宿するしか――」
「やめてください。迷惑です」
「じゃあ、どうしろってんだ?」
「そうですね……あなたが大なり小なり犯罪を犯してくれたら、無料宿泊施設にご案内できますが」
あぁ、なるほど。その手があったか。俺は手をポンと叩く。
って、その手には乗るか! 無料宿泊施設って、それ牢屋のことだろ! ふざけんな! さてはこいつ、厄介払いしたいだけだな?
よーし。そっちがその気なら、こっちだって考えがある。
「しゃーねぇ。酒場で飲み明かすか」
「酒場って、お金無いのにですか?」
「あぁ。だから、ラーサー。俺に飯と酒、奢ってくんね?」
俺からのこの要求は、想定外だったらしい。ラーサーはツンとしてた表情から一転、驚きを露わにした。
「は!? 僕が!? 何故!?」
「だって、他に方法がねぇだろ。それに、よく考えてみろ。俺は飯と寝床を確保できるし、お前は俺が一カ所に留まるから監視がしやすくなる。そう考えたら、あながち悪くないだろ?」
「そ、それは……」
「そのための必要経費だと思って、な? お前も仕事を忘れてパーッと飲もうぜ。だーいじょうぶ。出世したらちゃんと返すから」
「……その言葉に、二言はありませんね?」
そう聞かれて俺は、適当に頷いた。
出世払いなんかただのでまかせだ。誰が払うかっつーの。行き場の無いかわいそうな俺に、冷たい態度を取り続けた罰として、てめぇが全額支払いやがれ!
ん? あれ? ひょっとしてこれって、詐欺になんのかな? てか、そもそも、この国って、何歳から酒呑めんだろ?
そう思いだすと、途端に無料宿泊施設が近くなってきた気がする。