まーちゃん
そう思うと、自然と感謝の気持ちがこみ上げてきた。
「……かもしれねぇな。ありがとな。マーテリアトゥ――」
うわ……ガッツリ噛んじまった。しかも、お礼を言うべき相手の名前を。自分で言うのもなんだけど、感謝の言葉を伝えようとしてるこのタイミングで普通噛むかね?
「あ。やっぱり、言いづらいですよね?」
「たはは。その、すまねぇ」
「いえ、いいんですよ。先生や知り合いもたまに噛んでましたし」
そっか。やっぱこんだけ複雑な名前だと、そういうことは経験済みか。
「しっかし、そうなると色々と不便だな。咄嗟の時や指示を出す時に噛んじまったら、それこそ命とりになりかねねぇし」
「ですね」
「となると……ここはやっぱ、あだ名をつけるのがベストか。前につけられたあだ名とかあるか?」
そう聞くと、マーテリアテナは首を横に振った。学校や町では名字か『ドラグホースさん家の娘さん』で、家では名前で呼ばれていたそうだ。
マジかよ。こんだけややこしい名前なら、短縮形とかあっとけよ。
てなると、今この場でつけるしかないか……
「あの、私は何でもかまいません。勇者様が呼びやすいあだ名であれば、何でも」
おいおい。俺のカスみたいなネーミングセンスに一任するってのか? 『晩飯何がいい?』って質問と同じで、そういうのが1番困るんだよ。
丸投げされた俺は、仕方なく頭を悩ませ、必死に考えた。その結果、
「じゃあ……まーちゃんで。マーテリアテナだし、俺の世界の外国の言葉で、商人のことをmerchantっていうから」
という、我ながら安直で幼稚なあだ名をつけてしまった。幼稚園に通ってるようなガキじゃあるまいし、14歳の子に『まーちゃん』って。いくらなんでも馴れ馴れしすぎるだろ。
こういう時こそ『これでよろしいですか?』の一文がほしい! それぐらい今すぐにでも訂正すべきだと思い直した俺は、
「悪ぃ! 今のナシ――」
と言いかけたが、当のマーテリアテナは、
「まーちゃん……いいあだ名ですね。すごく気に入りました」
と、どこまでもピュアな目をして、『まーちゃん』と呼ばれることをすんなり受け入れてしまった。
(ま、まぁ、本人が気に入ってくれたんなら、それでいいけど……本当にいいのか?)
俺はこいつの感性を、少し疑いたくなった。
そんなこんなで、あだ名と身の上話で一気に距離が縮まった俺とマーテリアテナことまーちゃんの2人きりで過ごす最初の夜は、次第に更けていった――――――




