俺の過去
俺の家は、父・匠と専業主婦の母・愛と俺という、どこにでもいる普通の3人家族だった。
ただ1つだけ他所と違ったのは、親父が生粋のゲームマニアであると同時に、その道じゃ誰もが知る有名なゲームクリエーターだったってこと。
親父が生み出すゲームは、VRMMO主流の現代に逆行するようなレトロ感はあるが、没入感や目新しさが、そんじょそこらの外資系ゲームなんかより遥かにあって、ありとあらゆる人が親父のゲームにドハマリしていた。
中でもRPGは、親父も大好きで最も得意とするジャンルらしく、代表作である【ユグドラシルファンタジー】シリーズは世界中の人々が没頭し、ギネスに載るほどのメガヒット作品となった。
だからって、親父は仕事人間だったわけじゃない。寧ろ家庭を大事にする人で、お袋とは結婚してからもずっとラブラブだったし、俺がガキの頃なんかはよく、一緒にゲームをしたりしていた。
裕福ではないが、理想的とも言える暖かい家庭。そこですくすくと成長した俺が青春時代に打ちこんでいたものが、実はゲーム以外にもう1つある。
それはスポーツチャンバラだ。小学校高学年の時に、地元で開かれていた体験教室に参加したことがきっかけで始めたんだけど、剣道と違い、やややこしい防具や厳格なルールとかがなく、老若男女問わずできるこの競技に、昔っから『RPGやアクションゲームの主人公のように戦ってみたい』と思ってた俺は、すっかりのめり込んでいった。
そのおかげでいいこともあった。この顔のせいで友達らしい友達がいなかった俺だったが、高校で入部したスポーツチャンバラ部で、初めて数少ない仲間ができたんだ。『委員長』ってあだ名がつくほど地味なマネージャーや、宮本先輩っていう面倒見と気前のいい先輩。沖田っていう良きライバルだった同級生とかな。
そいつらに支えられながら稽古を続けたおかげで、気付けば、二刀の部で全国2位の成績を収めるほどの実力者になっていた。
今にして思えば、勇者の剣以外の武器も扱う二刀流のスタイルを選んだのも、盗賊共相手に大立ち回りできたのも、全部、スポーツチャンバラの経験があったからかもしれない。
話は戻すが、ここまで交友関係の乏しさ以外、大した不幸が無いように思うかもしれない。高校に限って言えば、『お前の青春ほんとに灰色か?』って、ツッコまれてもおかしくないだろう。
けど、実際のところ、そんなわけがない。順風満帆な幸せって奴は、得てして続かないものだ。現に俺は、部活の奴らと打ち解けだした頃に、お袋を事故で亡くしちまっている。
あまりにも唐突で早すぎる死に、俺はもちろん、親族やお袋の知り合いも悲しんでいたが、1番泣いてたのは、やっぱり親父だった。
親父は葬式が終わるまでずっと、棺桶に縋りついて咽び泣いてたし、胸ぐらを掴んで罵倒するほど、事故の加害者に激怒していた。あんなに荒れた親父を見たのは、後にも先にもないかもしれない。




