五災刃-04
ドラファルドを止めたのは、アルハットの兄であるシドニアであり、彼はリンナを連れ、刀を一本抜き放ちながらも、今アルハットに向けて呑気な声をかける。
「手助けする気はないのだが、必要かな? アルハット」
「出来れば頂きたいのですが!」
今、水銀の剣で一体の災いを斬り殺したアルハットが、シドニアの声に反応する。
「残念。私はリンナの護衛をクアンタに任されている故、そこは君が切り抜けろ」
「全く――放任主義のお兄様には、困ったものですね!」
今、三体の災いが襲い掛かろうとしていた所で、アルハットは水銀の剣を液体状に戻した後、地へと落とし、その水銀が薄い壁となり彼女の前に顕現された。
錬金術師にとって、水銀というのは切っても切れない関係がある。元々卑金属を貴金属にするという研究から生まれた錬金術にとって、多様な性質を持つ、水のように流れる金属という存在は、長く研究されてきたからだ。
だが、現代に至っては、水銀というのはその有毒性もさることながら、非常に扱いの難しい錬成困難加工品に認定されている。
水の様でありながらも、しかしてその質量数が金属である特異なものは、視覚情報及び触覚情報から認識した錬成による即時加工が難しく、名の通った錬金術師……特にドラファルドのような研究を多く行って来た者ほど、戦闘等の緊急性の高い場面で使用する事は稀である。
だが、アルハットはそれを、まるで子供のおもちゃであるかのように取り扱う。
「ア、アルハットって、あんな強かったんすね」
「ああ、アルハットは天才だろう?」
「……そう。彼女は間違いなく天才だ。錬金術師としては」
「名の通った錬金術師でも、水銀の錬成加工となれば物によっては二十秒から一分の時間を有さねばならぬというのに、彼女はモノの一秒もかからずに加工が可能だ」
延焼する皇居の炎に向け、今一度指をパチンと鳴らす。
今度は炎が形を変えて揺らめき、今その火炎を渦に変え、一直線に災いへと迫らせ、焼き殺していく光景は、見事であるとドラファルドも感心した。
「そして、その大気に存在する可燃性ガス……つまり水素等の目に見えないものまでをも認識し得る識別眼。それら全てが彼女を天才と呼ぶにふさわしい」
今炎を操作した事も、言葉にすれば大した内容ではない。彼女は識別できる空気に対して錬成を行い、空気の流れや動きを変え、その空気の流れに従う性質を持つ炎を操っているよう見せているだけ。
しかし普通の錬金術師は、そもそも空気という目に見えぬ気体を錬成によって変形・変化させる術を持たぬ筈だ。だがアルハットは事実それを成し得ている。
「彼女の言う通り、あの子は最初からそうだったわけでも、政治家であり錬金術師でもあった彼女の母・フォーマが教育した賜物というわけでもない。
――あの子は、母親に褒めて貰いたいという一心で、フォーマがちょっとした勉強程度で教えていた錬成を、あれだけこなせるように努力したんだよ」
「……褒めて、貰いたい……? そんな、そんな理由で?」
「そんな理由だよ。
――彼女は私たち皇族の中でも、一番真っすぐで、純粋だった。
だからこそ心がねじ曲がり、自分に自信のない子に育ってしまったわけだが、故に私も含め、全ての姉弟が彼女にだけは敵意を抱く事が出来ない。
私が彼女を一番苦手とする理由が、それだよ」
シドニアは、鼻で笑いながらドラファルドへ警告する。
「ドラファルド、私は君という野心家を応援しているがね、敵に回したのが私ではなく、アルハットという点が非常にまずかったな」
「ど、どういう、事なのです……!?」
「もし君がアルハットを傀儡にし、そして彼女を利用しようと企んでいる等、私の姉たちが知ったらどうなるか。
イルメールはただ単純に、君を殺しに来る。『可愛い妹をイジメる奴は姉ちゃんが許さねェ』とね。小難しい話などかなぐり捨てて、ただ真っすぐに君へと襲い掛かるぞ。
カルファスなら食料品等も含め、魔動機やゴルタナ等の貿易輸出を支援した後、ゆっくりと締め付けるように止めた上で、アルハットを自領土へ亡命させるだろう。『大好きなアルちゃんが傷つく位なら領土一つ運営不可能してやる』とでも言って、笑顔で衰退していくアルハット領へと手を振るだろう。
アメリアが知れば貴方を拉致し、逆に貴方を傀儡とする為に倫理観など考えず、数多の手段を講じるだろうよ。『他者を利用する者は利用される覚悟のある者だけじゃ』とでも宣って。
――ほうら、アルハット一人を敵に回すと、自動的に私以外の姉達が敵となるのだ。これ以上面倒な奴はいまい」
シドニアとて、一人ひとりの皇族たちに敵う手段がないわけではない。
しかし、アルハットだけは別だ。
アルハットを敵に回せば、アルハットの事を愛おしい妹と認識する姉達が、論理や倫理など知った事かと、自分たちが出来る数多の手段で、敵を殺しに来る。
一対一で喧嘩していたと思ったら、自動的に一対四となってしまう状況を好む者がいるのなら、それはそれでシドニアにとっても面白くて好ましい。
「だから言っただろう。アルハットには気を付けろと」
「あ……ぅぅう……っ!」
シドニアの放つ言葉の一つ一つを、少しずつだが理解していくドラファルドが、足をもつれさせ、尻餅をつき、青ざめた顔で項垂れ、しかしそれでも思案する。
ドラファルドの絶望に満ちた顔を見据えながら、クククと笑いつつ、シドニアが彼の心に追い打ちをかける。
「さて、君はこれでも尚、アルハットを傀儡にすべく行動するかな? 私は手を出さないし、応援するよ。アルハット領内で私の悪い噂等どれだけ流布してもらっても構わないさ。
なにせ君は『ありとあらゆる手段で皇族に殺されることが確定する』のだから、私くらいは悪い噂なんて聞き流し、応援してやらないとね」
まずはカルファスが行う経済制裁及びアルハット亡命を止める手段の構築、続いてドラファルド自身を拉致しにかかるアメリア私兵からの逃亡手段確立、さらには直接自分を殺しにかかる、人類最強の女であるイルメールからの逃亡もしくは撃退。
それこそ、皇族という立場でもなければ、錬金術師としてアルハットに敵う事のない実力しか有さぬドラファルドには、野望を叶えても尚、これだけ襲い掛かる絶望がある。
「……最初から、無理だったと……?」
「ああ。君が何か野心を企ててると知った時から、私はどうなるか予想して大笑いさせて貰ったよ。
――まぁ、災いと手を組むとは思わなかったが、それすら予見したアルハットの成長に繋がった事には感謝している」
残り五体になった災いが、外へと逃げていく。
その姿を追う前に――アルハットがリンナの下へ駆け寄り、僅かに煤で汚れる彼女のドレスや顔などを拭った後、微笑んだ。
「良かった、クアンタを私が借りているから、リンナには申し訳ないのだけど」
「あの子がアルハットを助けたいって言ったんだ。だから、アタシに気にせず、あの子をどんどん使っちゃって」
「……ありがとう」
ニッと笑い返してくれるリンナへ礼を言いながら、アルハットはシドニアが渡してくる一本の脇差を受け取る。
「さっき国防省へと寄った際、一本拝借した。君も一本は持っておきなさい」
「私、剣技は専門でないのですが」
「イルメールから教わってはいるだろう? ならば使う事は出来る筈だ。――名有りは捕えておきたい。任せて構わないな?」
「お任せください。必ず出来るとは言いませんが、ある程度結果が伴えるように努力します」
「君の努力という言葉、私はキライだよ。自覚無き才能でどうにでもしてしまう事を、努力と呼びたくないからね」
先ほど逃げ去っていった災いを追いかける様に、延焼する皇居に空いた壁から跳び、去っていくアルハットを見届けながら、シドニアは駆けつけてくる皇国軍の者に声をかける。
「災いを皇居敷地から出すなよ! あと鎮火作業に入れ」
「この火災も災いの仕業ですか!?」
「いや、アルハットがやった。彼女は敵を追っている。災いという部分はもみ消すが、アルハットの活躍も広報に乗せる」




