変身、斬心の魔法少女・クアンタ-05
頷き、部屋の隅に置かれた箒を使って掃き掃除を始めつつ、クアンタはリンナの動向を目で追った。
彼女がツナギを脱ぐと灰色の貫頭衣が姿を現した。
台所に存在する機械の扉を開いて中から野菜や鶏肉、卵等を取り出す時、冷気が漂ってきて思わずクアンタが「冷蔵庫か」と問うてしまう。
「んー? レーゾーコって何それ。こりゃ食品保存庫だよ」
日本語で言う冷蔵庫の意味が通じず、現地の言葉で食品保存庫と呼ばれるそれに近づき、中を開けて確認する。
「……構造確認。電力駆動ではないが、『圧縮機』、『凝縮器』、『膨張弁』、『蒸発器』による冷却が行われる形となっている」
「初めて見たの? あー、アンタもしかしてアルハット領とかのスラムから来たん? 最近じゃ珍しくもなんともないよ。アタシが生まれる前とかは、氷とか使って保存してたっていうかなぁ」
「この食料保存庫の動力源は」
「魔力だよ。魔動機っていう機械があって、それがマナを自動的に受給して動かしてんの」
「魔力。この世界にはそういった概念があるのか」
「魔術の事も知らないんだ。最近のスラムとかはそういうのも伝わってないのね。今まで関心なかったけど、ちょっと考えるなぁ」
包丁を取り出してまな板の上で調理をしていくリンナに「少しいいか」と話しかけるクアンタ。
「何?」
「今この場所は、レアルタ皇国シドニア領と認識している。まずこの認識に誤りはないか」
「ないねぇ」
「現在レアルタ皇国は、ブリジステ諸島を五つの領土に分断し、レアルタ皇国家の者による統治が成されている」
「そーそー」
「皇国には、そういった魔術の他にも、何か技術が伝わっているのだろうか」
「んー、有名どころで言うと錬金術と魔術、後は剣技かなぁ。銃技ってのもあるけど、殆ど発展してないね」
「どれも、私が知らぬものばかりだ」
この場所へ訪れるまでに、様々な人々へ触れ、可能な限りの情報をダウンロードしたつもりではあったが、それでも尚不足していた事に、クアンタは自身でも驚くほどに落ち込んでいる。
「仕方ないって。アタシだってあんま学は無いけどさぁ、スラム出身じゃまずは生き残る事優先だろうしねぇ」
そんな落胆するクアンタの肩を叩いて「気にすんなっ」と励ますリンナが、思いついたように「じゃあさぁ」と一つ提案してくれる。
「アンタ言葉は喋れるし、アタシが色々勉強教えたげるよ」
「勉強」
「そ。あんま常識知らない奴雇って、世間知らず騙して働かせてると思われるのもアレだし。……まぁアタシも学び舎通ってたわけじゃないから、あくまで簡単にだけど」
「それは助かる」
「なぁに、可愛い弟子の為なら、お師匠は何時でも一肌脱ぐってもんよぉ」
ふふん、と胸を張りながら言った彼女に礼をしつつ、クアンタは先ほど命じられた掃除に移る事にする。
しかし――そこで一つの視線を感じ、縁側の向こう側を見据える。
先ほどクアンタが投げ飛ばした男達の三人が、こちらを睨んでいる事に気付く。
「お師匠」
「ん、どうした?」
「少し、散歩をしても構わないか」
「別にいーけど、この辺何もないし変な奴らウロウロしてるから気を付けるんだぞー?」
「ああ、分かっている」
箒を壁に立てかけ、クアンタは男たちに視線を向けながら、縁側より身を乗り出し――音を立てぬように、跳ぶ。
一瞬で庭と塀を飛び越し、こちらを伺っていた三人の背後に回ると、またもギョッとして振り返りながら、男たちは「何だよ」と叫ぼうとした寸前、クアンタの拳が一瞬の内に三人の頬へ叩き込まれていた。
沈黙する三人を抱えて坂を上り、貧困街方面へと歩んでいく。
首都・ミルガスからリンナ刀工鍛冶場までの道、そして鍛冶場から貧困街への道は、ほぼ直通だ。
故に彼女はクアンタへ「変な奴らがウロウロしている」と何度も警告していたのだろうとは察しがつく。
――そして、男たちがその「変な奴ら」の一人である事も。
だからこそ、彼女は坂を上った先にある、貧困街の前まで出向くと、男たちをその場に下ろし、リンナの元まで戻っていく。
――クアンタは、その間一瞬たりとも、表情を変えなかった。
**
ヴァルブ・フォン・リエルティックはレアルタ皇国シドニア領にて武器の流通を生業とする【リエルティック商会】を取り仕切る男である。
主な取引先はあらゆる場所に駐留する皇国軍や治安維持を担当する警備兵士組織・通称警兵隊であり、取引する物は剣や鎧――そして、魔術式身体補助システム【ゴルタナ】。
様々な武器商と連携して皇国軍へと提供する装備品を一括管理・流通する商会は先代領主とも深い繋がりがあり、本来であれば刀の一本流通出来ずとも問題はない。
しかし、それは先代領主までとの関係だ。
現領主であるシドニア・ヴ・レ・レアルタは、先代との繋がりを重視せず、リエルティック商会すらも「必要が無ければ切り捨てる」とまで言った。
そして、そんな彼が今所望としている物が【最高の刀】であり、現在シドニア領を含めたレアルタ皇国領の中でも、刀へ注力する鍛冶場はリンナ刀工鍛冶場だけ。
また、中でもリンナの先代が遺作として打った刀は、長らく武器の流通を担ってきたヴァルブが見ても、大層な業物と分かる一級品だった。
加えて現在刀工鍛冶場を仕切るリンナの打つ刀も市場に出ている物も確認したが、先代の遺作にこそ劣るものの、ヴァルブが唸る程の名刀ばかり。
今後とも繋がりを作っておき、現領主との関係を保持する事が出来れば、もう五十年から百年はリエルティック商会においても安定を保障される筈だったのに――!
自身の住む屋敷へと戻り上着をメイドへ預け、執務室の椅子へ腰かけると「ウォンター!」と声を張り上げる。
執務室の扉一枚隔てた先で待機していた、恰幅の良い男が「へいへい」と顔を出し、片足を床に付けて跪くと「何用でございましょうご主人様」と要件を伺う。
「三人分の剣と【ゴルタナ】を用意せよ。必要ないとは思うがな」
「随分とご立腹な事で。今回の商売は穏便に済ませる予定だったんでは」
「あちらが首を縦に振らん。たかが一本の刀ごときに、そもそもあれだけの大金を積む事自体、私としても不服だったのだ」
「しかし【ゴルタナ】の使用形跡が見られた場合、シドニア様の調査が入る可能性もありますぜ?」
「その場合は賊への対処とする」
「ははぁ。ならば自衛としての使用が認可されております旧型のゴルタナを三丁用意します。では先に」
扉の奥へと数分潜ったウォンターが、トレイに三つの正方形ブロックにも似た銀色のキューブを乗せ、戻ってくる。
一つ一つは掌サイズの立方体だが、表面は磨かれた鉄の様に光を反射し、ヴァルブの野心によって歪む表情をさらに歪ませて、映す。
「あの小娘がどの様な名刀を振ろうと、あの筋肉女がどれだけ猛威を振るおうと、このゴルタナある限り、抵抗も羽虫の集りと同義よ」
「へぇ」
「ああそれと――念には念を入れて、アレも用意しておいてくれ」
「アレですかい。ゴルタナさえあれば問題は無いと思いますがねぇ」
「念には念をと言ったであろう。一仕事終えた後、すぐに出発する」
最後にはフン、と気持ちよさそうに鼻を鳴らしたヴァルブが、通常の業務をこなしていく姿を見据えながら、ウォンターは自分の作業場へと戻りながら独り言を呟く。
「ありゃ本当にご立腹だ。リンナは若い命を散らしちまうねぇ」
クククと下品に笑った男の声は、誰にも聞こえていない。