感情-01
アメリアの希望で、今度はシドニアとサーニスの二人が別の馬車に、そしてアメリア、クアンタ、リンナの三人が搭乗した馬車が、先んじてアメリア領首都・ファーフェに到着し、今はアメリアの住まう皇居に向かっている。(アメリア曰く「嫌じゃ嫌じゃリンナとも沢山話がしたいんじゃシドニアはサーニスと乳繰り合ってるが良い」との事だった)
首都の街は基本的にシドニア領の首都であるミルガスと同じく、漆喰づくりの建物が多い西洋風な街並みではあったが、しかし違う点は事前に聞いていた通り、その男女比だ。
道行く者たちはその殆どが女性で、男性と思わしき人物は珍しい。
強いて言えば定期的に配置されている警兵隊の男性隊員だが、彼らは裏道などに繋がる通りに立ちふさがり、用がある女性達に声をかけては、一緒に付いていく事で災いからの被害を最小限に抑えようとしているようではあった。
「すっご、女ばっかだ。サーニスさんから聞いてたけど、ファーフェだとそう言う、出産技術が発展した代わりに女が多いって、ホントだったんですね」
「うむ。だがそうして生まれた女子が子供を作った場合にどうなるか等々、まだまだ研究しなければいけない事もあるのじゃ。この首都に住まう民はそうした研究を条件に配給を受ける事が出来、更に細々とした内職を彼女らが受ける事によってさらに配給ランクを上げる事が出来るのじゃ」
「それは格差に繋がらないか?」
「実験の際に何か不手際や、それこそ副作用など、命の危険も考えれば妥当と思うがの?」
「アレ? アタシちょっとわかんないんですけど、このファーフェって女の卵子から子供作る技術にはほとんど成功してて、男の精子から子供を作る技術は未発達なんすよね?」
「うむ、そうじゃな」
「それだと男女比もっと酷い事になりそうですけど、それでも二割あるんすね」
「あー、それは単純に男女による交配によって生まれた男じゃな。元々男女比率は四対六ほどだったんじゃが、そこから男女交配による男女出産、女性の卵子による女出産と重なった結果、今の二対八じゃ」
そこで馬車の周りをかける黒子の男たちへ一瞬視線を向けたアメリアだったが、しかしリンナの手前だからか彼らについては特に言わずにいる。
会話が止まると、それにリンナが気付く可能性も鑑み、クアンタが気を利かせる形で会話を繋げる。
「先代アメリアがこうした技術実験保護地域を制定したという事だが、先代アメリアというのはどの様な人物だったんだろうか」
「そうじゃの……ま、一言で表すなら利己的な奴じゃった。一応吾輩の叔母に当たるのじゃが、奴は民をただの労働力としか見ておらんかった。
領民に対して過度な労働を求め、配給は最低限としたものの、それによる恩恵はほぼ自分一人、もしくは奴に集る腐敗議員共によって消費される。
そんな中、人口減の事件が起こり、そうした子を作る技術の発展を急かしたという訳じゃな。その辺は独裁政治の方が手をこまねく時間が短くて済む」
「今のアメリア様が統治をするようになったのは、何時頃だったんですか?」
「十二年前じゃから、吾輩が十二の頃じゃな」
「十二!? 元々アメリア様って、レアルタ皇国王の第二皇女ですし、まだ教育施設に入れられてたりしたんじゃ」
「そんな教育なんぞはな、十歳の頃にはぜーんぶ頭に叩き込んでやったわ。退屈で、勿体ない時間を過ごしたものじゃった」
ふんっ、と頬を膨らませて、当時の思い出を振り返って憤りを感じているようにしているアメリアだったが、しかし何かを思い出したかのようにクスクスと笑い、クアンタとリンナを見る。
「しかしの、シドニアめはそんな吾輩より優秀じゃった。
筋肉バカだった第一皇女・イルメール、魔術しか興味の無い第二皇女・カルファスと続いて、知略に富んだ吾輩じゃったから、吾輩こそ皇帝の座を継ぐに相応しいとされていた所を、奴がその話題を掻っ攫っていったのじゃ」
「シドニアはアメリアを警戒しているようにも思えたが」
「吾輩はそれこそもう十二年、領主をしておるのじゃぞ? つまりその分、人間関係に揉まれ、政略を張り巡らせんと生き残れん、政治という戦場におったのじゃ。五年ぽっちしかこの戦場を知らん奴に、政略で負ける事は許されんわ」
笑いながらも、しかしな、と弟を褒めたくて仕方がないと言わんばかりに輝かしい表情で続けた。
「吾輩が現場で揉まれとった間、奴は自らへの投資に時間を使った。賢い手じゃと思うぞ。
イルメールめに鍛えられて剣技も優秀に育ち、果ては錬金術と魔術にも精通しておる。専門家である姉共や、錬金術師の妹であるアルハットと、特出した奴らには勝てんが、しかし浅く広くでも、その分しっかり知識を有しておるから、吾輩よりも本来は多角的な策略を巡らせることに富んでおるはずじゃ」
「つまり、アメリアはシドニアに足らぬのが『経験』だと?」
「そうじゃな。それに加え、奴は優秀な姉や妹に囲まれて、常に比較されて生きて来た人間じゃ。故に自分を過小評価し過ぎておる。
二人は知っておるかえ? 奴は選民思想でな、何事においても自分より優秀な人間を傍に置く事へ固執しておる。恐らくはリンナやクアンタもそうした選民に選ばれとるんじゃろう」
「選民思想って……それに、クアンタはともかく、アタシも!?」
「何を驚いておるのじゃ。何事においても専門的な技術や知識と言うのは後世に残しておくべきじゃ。刀匠として名高いお主であれば、選ぶに値するであろうよ。まぁ重要視はしておらんかもしれんが」
彼女の言う選民思想と言う言葉に、リンナが僅かに表情を強張らせながら、しかし彼女の言葉を信じられんと言わんばかりに首を振る。
「で、でもシドニア様って、基本的にどんな領民でも暮らしやすい政治を心がけてるような気がするんすけど、その辺と矛盾するんじゃ」
「先ほども言ったが、奴がシドニア領主となったのはほんの五年ほど前じゃ。そこから選民するには民の情報が少なすぎる。領民一人一人を管理しておるアメリア領ならいざ知らず、シドニア領では無理難題じゃ。
よって今は少しでも領民からの信用を会得し、領民の幸福度を上げる事で、人々が自らに適した才覚を発揮できる土台作りをしている所じゃ。そうしてシドニアよりも優れた何かを持つ人間を残し、持たぬ者を剪定していく」
「剪定された、奴の御眼鏡に適わぬ者はどうなる?」
「さてな。それこそ奴しか知らぬよ。吾輩なら単純労働力として残しておくが、奴はそれさえ許さんかもしれん」
「……なんか、意外かも。シドニア様って、領民の生活を豊かに、領民がいてこそ自分がいる、みたいな事をずっと言ってたし」




