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アメリア・ヴ・ル・レアルタ-10

 老婆一人一人に触れながら、そう問うたクアンタに、二者は目を合わせながらも『否』と言葉を重ねる。



「少なくとも私は知らない。姉上も知らんと言う事で相違ないか?」


「うむ。剣技や銃技、魔術や錬金術等の技術と、多く様々な技術が発展しておるが、感情を用いた技術というのはとんとな」



 やはり。


クアンタは老婆たちより離れ、首を横に振る。



「私が分かるのは、この老婆たちが『虚力』と呼ばれる体内エネルギーを失っている状態という事だけだ」


「コリョクか。体内エネルギーと言えば、錬金術を使役する際に用いられるオドが存在するが、それとはまた違うのかい?」


「反対に私がオドや錬金術についての知識を有していない。ほらみろ、こうした細やかな部分で食い違いが発生する、現状では情報を整理しなければ、まともな議論にもならん。――しばし、検討の時間をくれと言っているだけだ。秘密にするつもりは無い」



 彼女の言葉に、シドニアが顎に手を当てながらアメリアへ目線だけを向ける。


彼女も僅かにシドニアへ向けたが、しかし笑みと共に「うむっ」と声を上げ、クアンタの肩を叩く。



「ではしばしお前に任せよう! それはそれとして、こちらでも情報を収集する。そして仮説が立てられるようになれば、その時こそ聞かせるのじゃ! 理解しておるな?」


「勿論だ。――私も気になるしな」


「よし! では戻るとするか。リンナも長い時間、吾輩と触れ合えんでは寂しがるじゃろうしな!」



 先行して警兵隊支部室から退去しようとするアメリアを追う形で並び歩くクアンタとシドニア。


二者の視線は合わされないが、しかし言葉だけが交わされる。



「姉はああ見えて、百手は先を読む女狐だ。気を付ける事だよ」


「お前もだろう?」


「私は、読めて五十手程しか出来んし、姉程突拍子もない思考も捻りだせん。だからこそ、私に出来る範囲、私の手が届く範囲で物事が進むように策を弄する事しか出来ない。アメリアに勝れぬ所はそこだ」


「だが、そんな奴も、お前の敵になり得る可能性があると言っていたではないか」


「私が敵に回したくない筆頭ではある。だから現状は災いへの対処という手札を、私が握っておきたい。その為には姉よりも多くの情報が必要だ」


「私はお前の都合など知らん。前回も言っただろう。あくまでお前に協力するとしたら、それはお師匠次第だとな」


「せめて一つ、そのコリョクと言った体内エネルギーについてだけでも知りたいのだが」


「シドニア、お前が何故アメリアよりも先を読む力が無いか分かる気がする。――お前は、軽率に答えを求め過ぎだ」



 足を止め、表情をしかめるシドニアに、クアンタは向き直りながらも言葉を絶やさない。



「アメリアは何故私に対して『任せる』と言ったか分かるか」


「君の言葉を額縁通りに受け取ったから、では無いとは思うが」


「奴はな、私の持っている情報だけでは回答に辿り着かんと分かっていて、その状態で下手な仮説に行きつくのは危険だと考えている。


 確かに現状の被害、そして今後の被害予測を鑑みれば、一刻も早い解決が好ましいが、解決方法を間違えてしまえば、より多くの被害が出る可能性や、別の問題が発生しうる可能性も多分に存在する」


「回答に辿り着かずとも、情報は共有すべきではないか?」


「情報の錯そうに繋がる場合があったとしても?」


「整理は出来るだろう」



 一歩も引かんといった様子のシドニアに、クアンタはため息を一つ溢しながら、彼に向けて手を出した。



「シドニア、手を繋げ」


「何故だ?」


「いいから。少しは、分かるかもしれんぞ」



 首を傾げながらも、しかし彼女の言葉を信じるように、少し戸惑いながらも手を伸ばして、クアンタと手を繋いだシドニア。



瞬間。


彼の膝が、ガクンと崩れた。



「な――っ」


「今、お前の体内から全体の一パーセント程、虚力を貰い受けた。男のお前がそれ以上虚力を失うのは危険だ。そこで止めておこう」



 シドニアに襲うのは、急な脱力感。


 膝に力を入れる事が出来ず、両足を地面につけ、両手で何とか身体を支えるが、少しでも気を抜くと、手に入れる力さえも抜けてしまいそうになるほどの、虚無感。



「なにを……?」



 シドニアも自分自身、声に力が出ていないと分かった。だが、あまりに頭がぼうっとしてしまい、考え、言葉にする事が難しいのだ。



「……やはり男から虚力を抜くのは、少し軽率だったか。安心しろ、一晩寝れば戻る程度にしか抜いていないし、今貰った分も、戻そう」


「何を抜いたかと聞いているのだが……?」


「虚力――有り体に言えば、感情を司るエネルギーだ。生物学上のメスが多く所有し、オスは必要最低限の量しか持たない。先ほどの老婆たちはコレが失われていたんだ」


「そこまで……分かっていれば……情報の錯そうは……」


「何故、災いが虚力を集めるのかが分かるか?


 災いを使役する者がいたとして、ソイツが何故虚力を収集しているのかも、そもそもブリジステ諸島には虚力を用いた技術が無いという事なのに、災いを使役する者が理由を持って集めていたら、何を企むのか、それも解らない状況で、理論を引っ掻き回す事が正しい事か?」


「……それは」


「シドニア、俯瞰的に盤面全てを見渡せ。それが出来なければ、お前はアメリアに負け続ける。


 ――お前の言う通り、アメリアは今まで私が出会った中でも、一番気を抜けん女だ。神さまよりな」



 クアンタがシドニアの肩に触れると、彼は脱力感を一気に回復させ、驚きのあまり顔を上げた。


 すまない、と口にしたクアンタが、シドニアの事を放ってアメリアを追いかけるよう、若干早歩きで去っていった。



「……なるほど、やはり私に足らないのは、相手に思惑を悟らせん思慮深さ、か」



 立ち上がりながら、彼は反省を口にする。


そして、少しずつ遠ざかっていくクアンタの背中を――シドニアは輝かしい目を持ちながら、眺めるのであった。

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