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最終章・幸せ-05

 少しだけ、話を遡らなければならないのだが、こうして二人と話すより数日前。


 まだシドニアが目覚めたばかりでリハビリに努めていた時に、レアルタ皇族の王服に身を包んだアルハットがシドニアの元へ訪れた。


 表向きには「見舞い」であったが、それが正しく表向きの理由でしかないと、シドニアは気付いていた。


 彼女はリハビリに励む彼と二人きりになると、紛い物の世界における話を始めた。



『シドニア兄さまは、どうして私が、兄さまを陥れようとしていると、考えなかったのでしょうか』


『その理由は、答えなかっただろうか?』


『最初は私が黒幕であると考えていた、とは仰られておりましたが、その考えを否定した理由は聞き及んでおりませんよ』


『そうか。まぁ、大した理由じゃないよ。……ただ、リンナが君の事を「悪い子じゃない」と言ったんだ』


『……リンナが?』


『ああ。「アルハットは少なくとも、誰かを陥れるような悪い事は絶対にしない」ってね。そして、クアンタもリンナの直感を信じると言った。なら僕に出来る事も、兄としてリンナの言葉を、心から信じる事だけさ』



 そして、リンナの言葉を信じるとすれば……アルハットがしようとしている事は、シドニアを陥れるような事では無い。


 ならば、彼女がしようとしている事は何かと考えれば、彼女の真意に自ずと仮説が立てられる。



『君を信じるとすれば、私を陥れるようにも見える行動を取る理由は、きっとその先にも、僕の幸せがあったからだろう。つまり今回の黒幕は僕を陥れるためじゃなく、僕の事を思ったが故の行動をしているのだろう、と考えられるのさ』


『ですが、シドニア兄さまを思っているが故に、結果として陥れるような行動を私が取ってしまった、という仮説も立てられるのでは?』


『君に関して言えば、それは無いと断言できる。……何せ君は、そんな大それた事を実行できる豪胆さを持ち得ないからね』



 そこまで考えが及べば、事態の黒幕がアルハットではなく、彼女と同等程度、もしくはそれ以上に変な方向へ舵を切りやすい、カルファスであるという考えるに十分過ぎる。


 つまり――シドニアはリンナという妹の言葉を、クアンタという友人の信仰を、ただ素直に聞き入れる事で、大切な妹の事を信じるに至った、というわけだ。


 気恥ずかしそうに、顔を僅かに赤らめたアルハットは、話題を逸らすように、本題へと会話の内容を入れ替えた。



『兄さまが名付けた【紛い物の世界】は、既に管理者であるカルファス・エイトの存在が封印された事によって、その管理権限が本来【創造・再生】の能力を有する成瀬伊吹に移されました』


『つまり、あの世界をどのように扱うかは、成瀬伊吹の気の向くまま、というわけか』


『ええ。――ですが、今のところ成瀬伊吹は紛い物の世界をどうこうしよう、という気は無いようで、これと言って手を加えたり、消滅させようとしているわけでも無いようです』



 つまり、シドニア・ヴ・レアルタとしての記憶は持たないものの、あの世界に存在したシドニア・トレーシーは未だに、零峰学園高等部で優等生として存在し続け、紛い物の世界で新たに生まれたルワン・トレーシーも、幸せな一生を今後も続けていくのだろう。


 そして、そんな彼女達の生活に、シドニア・ヴ・レアルタという男が、二度と関わる事がないという事も、彼は理解していた。



『本来であれば、そうした別世界の記憶を兄さま達が持ったままであるのは好ましくないので、紛い物の世界における記憶は消去するかどうか、成瀬伊吹とヤエさん、後は私の間で話し合いがもたれました』



 自分の意識が失われていた間の、別世界におけるもう一つの自分。


 紛い物の世界において本来の記憶を取り戻したシドニアはともかく、他の面々については記憶を取り戻す事なく、意識を回復させた。


 となれば、元々の記憶と紛い物の世界における作られた記憶が混濁し、意識のエラーを起こしてしまったりする可能性は否定できないのだという。



『故にヤエさんは紛い物の世界における記憶の消去を推奨しておりましたが……私と成瀬伊吹の二人が消去に反対した為、否決となりました』


『それはまた、何故反対だったんだい?』


『……紛い物だったとはいえ、シドニア兄さまとリンナの中から、ルワンさんとの思い出を消すなんて、残酷すぎますから』



 もう、二度と会う事の出来ないと考えていた、実の母であるルワンとの思い出。


 それがカルファス・エイトに作られた偽りの記憶であったとしても……その思い出を、シドニアとリンナへ残しておきたかったと、アルハットは語った。



『それにはヤエさんも同意してくれました。シドニア兄さまは、神さまの力を借りずに今回の事件を解決して下さったのですから、兄さまに対するご褒美があっても良いだろうと』


『力は借りたと認識しているがね。あの指輪……えっと、なんと言ったか』


『虚力増幅・変身装置の機能を流用した、アルタネイティブ・ヴィヴィット・システムです。ですがあれもヤエさんの作ったものではなく、地球で量産された変身システムを一つちょろまかして、兄さまへ差し出しただけのものですので、ヤエさんが力を貸したわけではありません』



 そして――一度シドニアへ授けた物を、没収する権利も彼女にないと言って。


 アルハットが、いつの間にかその手に持っていた金色に輝く指輪を、シドニアの手へと差し出した。

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