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紛い物の世界-09

 シドニアが右手の中指に装着する銀色の指輪は、カルファス・エイトが作り出した世界における、ルワン・トレーシーと、リンナ・トレーシーの愛情が……虚力が込められた、シドニアにとっての宝物。


 シドニアが左手の中指に装着する黄金の指輪は、菊谷ヤエ(B)から与えられた、彼にとっては中身がどうであれ、どうなっても構わないものでしかない。


 けれど――その黄金の指輪は、虚力の込められている銀色の指輪と同様に、ただの装飾品ではない。


 それは、地球の姫巫女……プリステスと呼ばれる戦士達が用いる、虚力増幅装置【アルターシステム】を改造した【紛い物】。


 右手の中指にあるリンナとルワンの込めた大量の虚力――その虚力を幾倍にも増幅する事の出来る、彼が戦う為の力だ。



 両手を握り、拳を作り、その拳と拳を胸の前で、合わせる。


 互いの中指に装着された指輪の、先端に取り付けられた宝石は、それぞれにある凹凸を合致させた。


 後は、彼が脳裏に浮かんだ言葉を、放てばいい。


 しかし、何だか妙な気分だと、シドニアは感じていた。


 いつも、彼はこの言葉を、傍で聞いている事しか出来なかった。


 もし彼が女に生まれていたのなら、その言葉を言う時が訪れていたのかもしれないが、そうはならなかった筈だ。


 にも関わらず……彼には今、その言葉を唱える為に必要な力が、与えられた。


 最愛の母と、彼女が残した妹の想いが……彼にこの言葉を、唱えるに相応しい「戦士」にしたのだ。



「――【変身】ッ」



 その言葉を唱えると共に、シドニアは自分の両手首を、それぞれ手前と奥に向けて僅かに捻らせた。


 それによって、先ほど合致させた宝石が「ガチリ」と音を奏で、動くと共に、目の前へ梵字が浮かび上がった。


 瞬間――彼の体を包むのは、膨大な虚力である。


 カルファスが生み出した、偽りの五災刃、それらが全員、思わず身を竦ませてしまう程の虚力は……災滅の魔法少女・リンナの虚力にも劣らない。


 そんな彼の体を包んだ虚力は、やがてシドニアという男の体を、変質させていく。


 髪の毛は金色のままだが、しかし普段の彼よりも長く、腰ほどまで伸びたそれを、長丈が後頭部でひとまとめにし、下ろした。


 顔立ちは男らしい角張ったものから、スッと細く、しかし細部が彼を思わせる端正なものとなった。中性的で、しかし愛らしさを感じさせる顔立ちは、まさに十人に聞けば十人が絶世のものと評するであろう。


 男性特有とも言えるゴツゴツとした骨格が僅かに退化し、筋肉の浮かび上がった体の、主に胸部と臀部に柔らかな肉を与えた。


 肉体を覆うのは、緋袴と白衣。純白に加えて情熱さえも感じ得る赤が交わる事で、その力強さをより強調する。


 最後に、その腰へ巻きつけられた一本の太刀紐と、それに括られる一本の長太刀が目を引いた。


 それは、魔法少女へと変身したリンナも愛用する長太刀【滅鬼】である。



「――何、それ。シドちゃん」



 思わず、カルファスがこぼした言葉と共に、虚力の渦が周囲に散っていく。


 それは、変身を終えた合図とも言うべきであるが、しかしそんな事を気にする余裕もないまま、彼女がつい尋ねた言葉に呼応して、彼女の作り出した偽りの五災刃の一刃、餓鬼・偽が、あまりに膨大な虚力を前に恐れを顕にし、叫び、飛びかかった。


 カルファス・エイトの作り出した偽物でありながらも、恐れを抱きながらも、しかしそれは紛いなりにも、かつて彼らが戦った餓鬼の力を再現したものである。


 故に飛びかかった彼女の動きは疾く、常人であれば姿さえ認識できず、ただ打ち込まれてしまうだけである程に、勢いよく振り切られた右腕の一打。


 だが、変身を終えた彼は、餓鬼・偽の攻撃を認識すると、長く、しかし確かな切れ味を有する刃を抜き放った。


 素早く襲いかかった餓鬼・偽よりも、さらに素早く、振り込まれた刃。


 しかし、餓鬼・偽は自分が斬られた感覚も、自分が彼を殴りつけた感覚も、特に何も感じる事なく、着地。


 体を起こし、自分の体を見据える。


 どこを斬られているとも認識できない。ただ、シドニアは自分の攻撃を防いだだけなのだ。


 そうと認識して、今度は殺す。燃やす。ブチ燃やすと、彼への殺意を胸に再び襲い掛かろうとした餓鬼・偽だったが――


 足を動かした瞬間、彼女の体が八枚に分断されてしまった。


 彼女は、何が起こったかを最後まで理解する事なく――分断された八枚の体を、黒い影として拡散させて、消えていくのだ。



「何それ、か。意図がわかりやすい問い、感謝するよ」



 それは、シドニアの声では無かった。


 普段の彼が男らしさと元来の優しさが備わった備わった声色だとすれば――今の声は、まさに天女の歌声にも匹する程に、美しさがあった。


 それほどの声が奏でられたとしても、カルファス・エイトも、既に一刃欠けた五災刃達も、違和感を覚える事は出来ない。


 なぜなら、今の彼は――否。


 今の彼女は、それに相応しい程に、絶世の美女として、目の前に君臨しているのだから。



「今の私が何者か、それを形容する言葉を探すのならば、この言葉が適切だろう。――姫巫女・シドニア」



 今、シドニアは成った。


 かつて最強の姫巫女であったルワンに次ぎ、対災い最強とも評されるリンナにも匹敵する存在に。

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