命の限り-01
イルメールと豪鬼による戦闘は、既に小さな山であれば木々を全て薙ぎ倒している程の大立ち回りにて行われている。
全ての原因は、イルメールの振るう豪剣による威力が凄まじいからに他ならない。
彼女の豪剣はイルメールが設計思想を語り、カルファスが形にした魔術兵装の一つである。イルメールの魔術回路と連動し、彼女の脳波に反応して駆動する事が出来る自動操作機能が搭載され、例え遠く離れた位置に豪剣があっても、イルメールの脳波が届きさえすれば、豪剣は如何な障害さえも叩き潰し、彼女の手に届く。
切れ味を重視したものではなく、敵を叩き潰す事を目的とした重量兵器としての側面に特化したものだ。故に、圧倒的な暴力として振り回され、それを身体へと叩き込まれれば、身体を強化した災いと言えど、ただでは済まない。
死なないとはいえ動きは抑制されるし、何よりも身体の一部に掠めただけで破壊する程の重量を持ち得る武器を軽々と振り回す事が出来る、イルメールと言う存在が、そもそも規格外と言っても良い。
「、ぶな……っ!」
結果として、彼女の振るう豪剣は一度斬り付けられてしまえば、為す術も無く絶命を余儀なくされる。故に豪鬼は避ける事に集中し、これまで彼女との戦いを勝ち残っている。
素早く振るわれる、豪剣の圧倒的暴力。幸い速度自体はイルメール本体と比較しても若干劣り、また彼女の動きから向けられる刃の軌道を読むことは難しくない為、豪鬼は動き回り、潰されぬようにだけ心掛ける。
しかしイルメールは疑念を抱く。
(重力操作されてるカンジはねェ)
豪鬼の特異性は、まさに重力操作という一つの固有能力に集中している。
彼の有する重力操作は、重力の影響を受ける一個人や物体に影響を及ぼすモノではなく、周辺空間の重力を操作する能力であり、これがまたイルメール以外の皇族にも有効的に働いた。
最大二十倍率に及ぶ重力操作というのは利便性も応用性も非常に広範囲に及ぶ。
相手の記憶や五感認識に影響を及ぼす暗鬼や、敵に触れる事がトリガーとなる等の一極集中型能力を有していた暗鬼や餓鬼とは異なり、間違いなく応用力に富んだ能力だ。
しかし今は、その能力を使用されている気配が感じられない。
彼が手を抜いている、という事は無いだろう。
間違いなく今は、イルメールと言う女を殺せる絶好の機会であり、これからシドニアやクアンタ、リンナやサーニス、ワネットという強者たちが災い討伐に動くという事を彼は想定していた。故にイルメールを殺す事を最優先に行動する筈だ。
ならば何が目的か。それは概ね予想出来る。
彼の有する重力操作は、イルメール本体にはほとんど通用しない。
否、正確に言えば通用はするが、すぐに体が馴染み、身体を瞬時にその重力圧に適応させてしまう。
故に豪鬼は、まずはイルメールの本気を自身の身体に馴染ませ、生き残り、その後彼が最もイルメールを「殺せる」と判断したタイミングで、仕掛けてくる筈だ。
「面白れェ……ッ!!」
今までの豪鬼は、イルメールに殺されぬ、もしくは状況の有利を取らせない為、必ず重力操作によりイルメールを足止めしていた。
しかし今はそうではない。本来のイルメールが、何のしがらみも無い状態で、豪鬼と言う男と果たし合う事が出来る。
豪剣を乱雑に放棄し、身を軽く。目を細める豪鬼の隙を突くように、疾く足を動かす。
豪傑な肉体に似合わぬ俊敏な動きが、豪鬼の動きを止めさせる。
素早く放たれる拳、その数二十三撃。
数撃は躱し、数撃は受け流し、多量を成す術なく肉体に受けた豪鬼は身体を後方へ滑らせながらも、しかし痛みに耐えつつイルメールを見据える。
彼女がどう動き、どう殴りかかり、どう蹴りかかり、どれだけ撃ち込まれても、虚力をまとわせた攻撃でない限り、死なない。
恐怖心に呑み込まれないように、敵の打撃に惑わされないように、真っすぐイルメールの動きを観察しながら、身体へイルメールの動きを馴染ませようとする彼の姿を見て、イルメールは久しぶりに感じる高揚感を抑えきれない。
「コイツはどうだ――ッ!」
素早く距離を埋めるイルメール。しかし振りこんだ拳はただ一撃、当たれば確かに必殺の威力を誇る拳を、豪鬼はただ首を動かすだけで避ける。
だが本命は次からの連撃。
距離を埋めた事によって、互いの顔面から上半身までしか動きを視界情報から得る事は出来ない。
だがそこは、肉弾戦に長けたイルメールに分がある。
何故ならば、彼女は肉体の筋肉を全て知り得た女。例えば人間は足だけを動かしているつもりでも、全身の筋肉が動く。上半身の筋肉も例外ではない。
人間の肉体構成を模した名有りの災いも、人間の筋肉構造をそのまま模している故に、彼が視界外――つまり下半身をどう動かしたかを、概ね上半身の動きだけでも察する事が出来る。
ほぼゼロ距離になった事で互いの下方が死角となる。
通常の人間であれば男性器や女性器の存在する恥骨部分へ右膝を強く突きつける。
ゴリ、と何かが当たる感覚と、豪鬼の全身が震える様に動く一瞬。表情から痛みが全身に走った事を容易に想像できた彼女は、そのまま右足を地面へ置いた後、右足を軸にして左脚部を強く振り抜いて、豪鬼の身体を蹴り飛ばした。
「ッぅ……ッ! 金的とはな、っ」
「男だろうが女だろうが大ダメージだってのには変わりねェ!」
姿勢を即座に正し、次なる行動に移るイルメール。
豪鬼は舌打ちをしながら、しかし視界だけではなく聴覚から感じ取れるイルメールの位置を予測、彼女が左側面から殴りかかる事を想定し、事実それは正しかった。
振りこまれる二撃の拳は、顔面を胸部を狙った高威力の物。
弾き、受け流すようにして威力を拡散しつつ、避けた豪鬼は、そこで両腕を強く広げて、自身の周囲に重力の渦にも似た現象を生み出す。
五倍率ずつの比率を用いて、同一空間に重力操作と反重力操作を行う。この時、空間はなるべく狭い方がいい。
それにより、重力の反発同士が作り出す空間は周囲の空気や砂・埃等の微細物質を練り込んだ擬似的な重力衝撃波となる。
ほぼ密接状態になっていたイルメールの腹部にあてられる重力衝撃波が、彼女を上空へと吹き飛ばす。
確かなダメージとして彼女の腹部に当たった筈だが、イルメールの鍛え抜かれたシックスパックは、衝撃を受け止め、痛みにはイルメールの強靭な精神力が耐えた。
「それがテメェの、オレを殺れるタイミングか!?」
「まさか。アンタがこの程度で死ぬと思ってる奴がいるなら大馬鹿だ――ッ!」
空中戦では豪鬼の方が分がある。
イルメールの戦闘は、まさに接地している脚部を軸にした格闘技スタイル。故に空中で彼女は動きを抑制せざるを得ず、反して豪鬼は空中での戦闘こそ経験はないが、空中戦に対応できる能力は持ち得ている。
地面を強く蹴りつけ、脚部に虚力を纏わせる。
高純度の虚力が足場となり、地面を蹴りつける要領でどんどんと上昇、空へと打ち上げられたイルメールへ接近すると、彼女の足払いを引き出した。
振りこまれた右脚部、しかし空中で足を動かす事は、即ち姿勢を崩す事に他ならない。
受け流されるイルメールの脚部と、姿勢を崩したイルメールの動きに合わせ、彼女の屈強な背中を強く蹴りつけ、地面へと叩き落す豪鬼。
顔面から地面へ着地しようとしていたイルメールだったが、流石に首の骨が折れては生きていられない。
地面へ両腕を付け、尋常ではない衝撃を両肘で殺し、今地面へ足を付けようとしていた時、既に豪鬼は眼前へと着地を果たしていた。
「、早ェ……ッ!」
「動き回るのは何故か得意でな……ッ!」
イルメールの顎を強く蹴りつけた豪鬼。一瞬だけ意識がトびそうになる彼女は、しかし唇を強く噛んで意識を取り戻した後、両足を豪鬼の首に巻き付け、絞めると同時に地面に接地している両腕をバネにして、跳ぶ。
空中に舞うイルメールと、彼女の両足によって首を絞められている豪鬼。
豪鬼の身体を地面へ叩きつけると、彼は声にならない叫びを上げながらも衝撃に悶え、イルメールは外れかかっていた顎をゴキ、と戻して、呼吸を整える。
「どうした豪鬼、その程」
言葉を交わす余裕など、豪鬼にはなかった。
卑怯かとは考えつつも、僅かに油断したイルメールに突如として襲い掛かる、二十倍率の重力操作。
グワンと揺れながら地面へと落ちようとするイルメールの上半身に向け、豪鬼は腰全体を捻らせた重たい二撃の足蹴りをイルメールの顔面へと叩き込む。
「話す余裕があるとは、オレも舐められたモンだ……ッ!」
「へ、悪かったよ豪鬼――詫びに殺してやるッ!!」
如何に鍛えられたイルメールであろうとも、弱点は存在する。それが頭部だ。
彼女は今、度重なる豪鬼からの攻撃で顎や頭部、顔面を強打されることにより、既に鼻の骨と顎の骨が外れ、折れかかっている状態。
痛みに耐える事が何よりも得意なイルメールだからこそ、そうした痛みを度外視して次なる攻撃に移っているが――確実に、衝撃は彼女の脳を揺らし、正常な判断能力を失わせている。
(まだだ――まだ動く時じゃない。その時までコイツの脳を、揺さぶり続けろ、ッ!)
僅かに判断能力が鈍っているイルメールの顎を目掛けて振るわれる、豪鬼の拳。
しかし度重なる実戦に自らの身を投じ続けて来たイルメールにとっては、ただの拳を避ける事など、意識しておらずとも筋肉が勝手に身体を動かす。
拙い拳を突きつける豪鬼の腕を捻り、彼の身体を地面へと叩きつけるイルメール。
背中から倒れる豪鬼の顔面に、素早くイルメールの剛巨な右足が迫る。
頭が潰されれば動けなくなると判断した豪鬼は左腕を足にぶつけ、僅かに軌道を逸らす。
結果として左手は潰され、痛みは彼を襲ったが、しかし無理矢理その場から起き上がった彼は地面を蹴ってイルメールの背後へと回り込み、左手を再生しながら彼女の背面を蹴り付けた。
――問題は、そうして背中を蹴られた事で距離が離れてしまったイルメールが、今まで腰に携えながらも抜き放たなかった脇差【ジュウネン】を逆手持ちで抜いた事だろう。




