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力の有無-04

「……のう、成瀬伊吹」


「何だい?」


「貴様は、戦いをどう考える?」



 だがアメリアは、伊吹が幾つも考えていた想定とは異なる言葉を放つ。


伊吹に対して、戦いについての考えを問うたのだ。



「……どう、とは?」


「貴様にとっての戦いとは何じゃ、と聞いている」



 伊吹にとっての戦い。その意味を問われた所で、彼はこう答える事しか出来ない。



「命のやり取りや、命までとはいかずとも、争う事が戦いと考えている。だから、君が行う為政者として戦いを否定するわけではないが、戦いと言うには生ぬるい、という所かな」


「なるほどのぉ。……ま、及第点以下、と言う所か」



 神たる力を持つ伊吹を前に、アメリアは落胆とも言えるため息をついた。


伊吹は何故、自分が落胆されているのだろうと考えながらも、マジカリング、デバイスを持つ手を、強調する。



「ならば君にとっての戦いとは何だ? こうした力を手に取れば、君が愛おしいと考えている姉弟家族や、クアンタやリンナという少女達を、守る事が出来ると言うのに」


「阿呆か。そもそも吾輩がヘンシンした所で、大した戦力になる筈ないじゃろ。吾輩、ナイフとフォークより重たいものを持った事なぞあまり無い! 全部、部下や黒子共がやっておったからの!」



 ふふん、と偉ぶる様に大きな胸を張ったアメリアは、伊吹の持つマジカリング・デバイスを指さしながら、彼へまくし立てていく。



「そもそもじゃ、主の考えなぞお見通しじゃ。力を持たん吾輩が、すぐ手に出来る力をチラつかせられた時にどう反応するか、それを見たいと考えておるだけじゃろう」


「……何故そう考えた?」


「吾輩が主ならそうした嫌がらせをして遊ぶからじゃ」



 鼻で笑いながら放つアメリアの言葉を受け、伊吹は反して言葉を失う。



「主は物語の登場人物や主人公を好むと言うておったが、それは一般的感性から言えば加虐思考という奴じゃ。貴様は、困難に立ち向かう人間が辛さに耐えながら、立ち上がる姿を見るのが好きなだけじゃろ」



 それはこれまでの、伊吹が発する言葉の節々から感じられる。


彼は、昔のシドニアに似ている。


多くの人間を愚鈍と感じ、一部の才能や力に溢れる人間を尊ぶ姿勢は、かつて愚弟と呼んだ彼と同じ空気を感じる。



「ああ――吾輩が主をどうにも好きになれん理由が分かったわ。主は、今のシドニアではなく、吾輩が姉として導けんかった、愚弟・シドニアの辿り着く先なのじゃ。嫌悪感を感じて当然じゃな」



だが伊吹がシドニアと違う所は――シドニアがただ一人の人間であろうとした所とは違い、伊吹は神たる視点から、人間を見定めているという事だ。


 そしてシドニアは――彼は、人間を愛する事を諦めなかった。


弱きを救う為に、自分の心を殺したシドニアと、人間に試練を与え苦しむ所を見て嘲り笑う伊吹とでは、天と地ほどの差があるだろう。



「残念な事じゃが、その力は吾輩には不要じゃ。持ち帰り、誰かに使わせて良いという事なら受け取る事もやぶさかではないが、それは貴様の望みに反しておるじゃろうて」


「君は、惜しくないのか? 君には力を得るチャンスが今巡ってきて、そのチャンスは二度と訪れないかもしれない」


「次に訪れた所で、吾輩は同様の答えを出すじゃろう。吾輩にはそうした力を得ても、勝ち取れるものなど無い」



 プリステスや、魔法少女達の用いている人払いという機能が緩和されたのか、人通りが僅かにアメリア達のいる道路に戻る。


アメリアは「先ほどの店に戻るとしよう」と言いながら、歩いていこうとするが、しかし伊吹は声を上げる。



「君はどうしてそこまで戦いを遠ざける事が出来る? 君は戦いによって命を落としかけた。次は本当に命を落とすかもしれない。それでも、君はこの力を手にしないというのか?」



 アメリアは伊吹の言葉に耳を傾ける事など無い。


裏路地を通り抜け、先ほど後にした店に戻り、片づけられていないアイスコーヒーに口を付けると、伊吹も彼女を追いかけ、机に手を乗せる。



「先ほど、主に聞いたの。戦いをどう考えるか」



 そうして何時までも、付きまとわれるようにされても迷惑と考え、伊吹を視線から外しながら、街行く者たちを観察し直すアメリアが連ねていく。



「そもそも戦いとは何か、から論じねばならん。人にもよるじゃろうが、吾輩は戦いと言うモノを『何か欲するものを勝ち取る為の行為』と考えておる」



 一人ひとりが戦いに意味を問う事。それ自体にアメリアも異論はない。


以前サーニスは『戦いに意味を問う事が間違いだ』と言っていたが、その言葉自体には、アメリアは反対だ。



――人は、戦いに意味を求めて良い。アメリアは、そう考える。



「主は、吾輩の戦いが為政にあると考えておるようじゃが、間違っておる。そもそも吾輩にとっての戦いは『生きる事そのもの』じゃ。その上で一番手っ取り早く、生を会得する手段が為政じゃったから、吾輩はそっちの道を選んだ。……まぁ、民草の為でもあったがの」



 人生と言うのは戦いの連続だ。


生きるという行為そのものが、まずは自分との戦いであり、この戦いに敗北した者は命を落としていく。この戦いから逃れるには、身体を殺すか、心を殺すしかない。どちらにせよ、死と同じだ。


そして、時に他者と争わなければ生き残れぬ時もあろう。そうした戦いは、回避も出来るし応戦も出来る。


アメリアはこれまで拳や剣等による争いは全て回避するか、もしくは言論による争いに挿げ替えて生きて来た。


それは彼女の、まず『生きる事』を優先する戦い方である。



「誰もが生きる為に戦う力を持つ。吾輩のように、言論を有利に進める為、学びを優先した者もおろう。シドニアのように如何な状況でも生き延びる事が出来るよう、力と知識を兼ね備えた者も、イルメールのように相手を捻じ伏せる事で生きる事を優先した者も居よう。……どれが正しいではない。『どれも正しい』のじゃ」


「君は、俺のデバイスを手に取る事で、より強くなることが出来る。君が口にした二人よりも、強大な力を手にする事が出来ると言うのに?」


「おい、シドニアとイルメールをバカにするでない。吾輩がそんな力を手にした所であの二人よりも強くなることが出来るわけなかろう。経験値が違い過ぎるのじゃ。そんな事をした所で、より自分の身を危険に晒し、他人に迷惑をかけるだけの事じゃ」



 アメリアとて、例えば今まさに襲われ、力がなけねば死ぬという状況で、彼を拒もうと言う気はない。


しかし、アメリアには信用に足る姉妹も、弟も、黒子たちもいる。


そうした存在達がアメリアを守ってくれる中で、アメリアが無駄に力を手にした所で、その者たちを守れるわけでもなければ、より皆を危険に晒すだけだ。



「それに、吾輩はこれまで、クアンタとリンナの戦いも、サーニスやシドニア、イルメールの戦いを間近で見て来たのじゃ。そうした戦いにおいて、基礎を蔑ろにして勝ち残れるほど、戦いと言うのは甘いものではないと理解しておるよ」



 それは、リンナが良い例だろう。


彼女は、対災いという点においては最強性能の力を有している。であるにも関わらず彼女がこれまでの戦いで大きく戦績を残せていない理由は、彼女が他の面々よりも基本戦闘能力が劣るからだ。


そんなリンナよりも戦いから遠ざかっていたアメリアが、いきなり強大な力を手にしたとして、役に立てる事が出来る筈がない。



 ――物語のように、努力もしないで勝ち取れる現実など、そう多くは存在しないのだ。



「じゃから吾輩は誓ったのじゃ。他者と戦う事が出来ずとも、吾輩は言論や権力と言った力を用いて、愛する者たちを守ると。その為にはまずこの身を危険に晒す事など許されん。――殺し合う為の力など、吾輩には不要じゃ」


「……言論や権力が、極限の状況をどうにか出来ると言うのかい?」


「極限状態に陥らんよう、交渉する事も取引する事も、それが無理でも、こちらが有利な状況を作る事は出来る。そして、そうした交渉術に関しては、吾輩の右に出る者は――この地球含め、どこにもおらんと自負しておるよ」



 僅かに真剣な表情でアメリアを見据える伊吹だったが、彼が浮かべた表情とは反して、アメリアは思い出すように視線を閉じる。



「あの娘っ子らは、きっと戦う事を楽しんではおらん」


「……何?」


「あの、プリステスとか言う娘も、地球のマホーショージョ達も、皆表情が硬かった――当然じゃろうな。強大なる敵と、命のやり取りをするんじゃ。それを楽しめる筈も無い。じゃが、娘らは懸命に戦っておった。きっと、大切な何かを、守りたい何かを、理解しておるからなのじゃろう」



 そうした戦いの結果を思い出し、少女達の戦いを心に刻みながら、アメリアは伊吹の目を、睨みつけた。



「あの娘っ子共の戦いを、命の輝きを、吾輩を焚き付ける道具にするとは愚の骨頂じゃ。やはり貴様は人間を理解しているとは言い難い、神の名の下に人類を導くフリをして嘲り笑う、外道じゃ。そんな主から渡される力、危なっかしくて使う気にもならんわ……ッ!」



 アイスコーヒーの注がれていたプラスチックカップを、力の限りに握り潰したアメリア。


彼女の手を、氷で薄められたコーヒーが濡らすが、二者はその雫の行方を気にして等いない。



「吾輩を鬱陶しいと考えるかえ?」


「そうでもない。君ほど正直で、言葉が真っすぐな女性はあまりいないよ。……好みではないけれど」


「正直に言えばどうじゃ。吾輩のように、力を持たんのにも関わらず、偉ぶる女は殺したくなると」


「そうだね、嫌いなタイプだ。……だが残念な事に、俺は君を殺す為の口実を持たない」


「そうじゃな。貴様がもし、自分が気にくわぬ女をただ殺すだけの輩ならば、どちらにせよ神としての貴様は小物じゃ。殺されても貴様の品格を落とす事が出来る。……本当に吾輩は、貴様が嫌いなようじゃ。貴様に殺されても、貴様の品格を地に落としめることが出来るのならば本望じゃと考えてしまう」



 近くにある布巾を手に取り、机に零れたアイスコーヒーを拭いたアメリアは、席にかけ直した上で、再び歩く者たちを見据える観察に従事し始める。



「のう、成瀬伊吹よ」


「……なんだ?」


「貴様は罪が好きなのか? それとも嫌いなのかえ?」


「突然、何だい?」


「ふと気になっての。……何であったか、生物はそもそも、生きているだけで罪である……であったかのぉ」



 アルハットに、伊吹の事を問うて、聞き出した事。


その言葉を思い出すように口ずさんだアメリアは、伊吹へその言葉の意味を問う。



「確かに生命は、生きる上で破壊と再生を繰り返し、発展を、そして今後も生きて死ぬ事を続けていき、永遠に繰り返される事じゃろう。それを超えた生物は、貴様ら神と同じ存在じゃ」


「そうだ。俺は、そうした人間の罪を祓えるかどうか、それを確かめたくて、罪の先にある存在――神霊となった」


「しかし、それは叶わなんだ」


「ああ。……結果として残ったのは、この死ねない存在と、人の身にはあまりに大きすぎる力だけだ」


「貴様は、確かに人間を愛しておるのじゃろうよ。そうでなければ、人の身から離れてまで人の罪を全て祓おう等と考えん。しかし今の貴様は、どうにもそうした目的からズレている気もする」


「……俺は、人間は誰もが優しくなれると、信じていたんだよ」



 ボソリと呟いた言葉。アメリアは、その声色がどこかの誰かに似ている気がして、彼へ視線を向ける。



「人間の善性。人間は誰しも、他者に対して思いやる心を持つのだと。しかし現実は……他者を蹴落とす事でしか、這い上がる事の出来ない煉獄だった」

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