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シドニアの有する邸宅にて

 首都・ミルガスの中央に位置する、レンガ造りによる立派な城にも、要塞にも似た建築物が、皇居と呼ばれるシドニアの邸宅である。


 それに隣接する形で領会議事堂が存在し、本日の議題となる「他領土との貿易に関する問題提起案」と銘打たれた資料を涼しい顔で読むシドニアに、サーニスが紅茶を淹れながら問いかける。



「シドニア様、少々出過ぎた質問をしてもよろしいでしょうか?」


「何だい? 私と君の仲だろう? 気にせず問うと良い」


「シドニア様は、あのクアンタという娘に、何を期待なされているのでしょうか」


「ああ――サーニスはやけに、彼女を目の敵にしていたね。何か含む所でもあったのだろうか」



 彼の淹れた紅茶を口にしながら「美味い茶だ」と褒め称えたシドニアの言葉を受け取ったサーニスは、しかし笑みを見せずに問い続ける。



「あの娘がただの一般領民でない事は、私にもわかりました。しかし故に、その存在を利用するのは、あまりに危険と考えます。


 シドニア様は、奴をどの様に利用し、シドニア領の――いえ、レアルタ皇国全土の未来へ役立てるつもりなのか、拙い私の頭には理解が及ばぬのです。側近として貴方のお考えを理解できぬ、それこそ貴方の言う愚鈍な私をお許しください」


「無理もないよ。そもそも私がどれだけ、誰に何を言うでもなく、隠し事と策略を練っていると思う?」


「恐らく、ご自身でも数える事が出来ぬ程、貴方は知略を働かせているのだろう、とは」


「知略、ね。……なぁサーニス、君は幼い頃の私を知っているだろう?」


「シドニア様が十歳の頃から、お傍に置かせて頂いております故」



 執務室にて腰かけていた椅子から立ち上がり、資料を机に放り投げ、彼は窓から見えるミルガスの民衆を見据える。



「私には三人の姉と、一人の妹がいる。そしてどの姉上にも、妹であるアルハットにも、私が勝てぬ事が一つずつ存在する。


 第一皇女・イルメールには、剣技において勝てぬ。


 第二皇女・カルファスには、魔術の技量において勝てぬ。


 第三皇女・アメリアには、知略とカリスマ性において勝てぬ。


 第四皇女・アルハットには、錬金術の技量において勝てぬ。


 そんな魔女達に囲まれた私が、自分自身の評価を高くできると思うかい?」


「シドニア様は全てに長けたお方です。勿論、それを専門とする各皇女様方に叶わぬ所があろうと、全てに長けるからこそ、貴方はこのシドニア領に安定と平和をもたらしているのです」


「そういう全てにおいて一定の実力を有するが、しかしそれ以上の者に敵わぬ者を、何というか知っているか」



 サーニスは答えぬ。彼の問うている言葉を知っているが、自分の口から言う事は出来ないと口を結び、シドニアが言えぬ彼に代わって、答えを述べる。



「器用貧乏というのだよ。――私は生まれて今に至るまで、ずっとその劣等感を抱えて生きて来た」


「ですがシドニア様は、ご自身の受け持つシドニア領をご立派に統治なされております」


「そこだよ。私が気に食わないのは」



 声のトーンを落としたシドニアに、サーニスは顎を引いた。



「この世には、私より稚拙で愚かな人間が多すぎる。にも関わらず、そうした者がのうのうと生を謳歌している事が気に食わない。


 私より剣の腕で勝りながらも補佐をしてくれる君という存在や、私の少ない言葉を理解し、他人の顔色を伺う事も無く、威風堂々とした態度で、こちらが腹を探ろうとしても探り返してくるような女・クアンタ――ああ、そういう者達こそ、私が作り上げた世界に相応しい、真の皇国民というべきであろう。だからこそ、彼女を私の下に従えさせたい」


「言うではないか。流石、吾輩の弟じゃ!」



 シドニアのいる執務室の扉が、今まさにバン、と大きな音を立てながら開かれ、思わずサーニスが据えるレイピアの柄に手をやったが、シドニアがそれを制し、止める。



「姉上。突然の来訪は部下や民に影響を与える故、ご遠慮下さいとお願いしていた筈ですが」


「ふふん。何故この吾輩が、そこらの民草や、貴様の部下に遠慮する必要があるというのじゃ?」



 その身を深紅のドレスで着飾り、豊満な乳房を揺らしながらヒールをツカツカと鳴らす女性。


 シドニアの腰かけるべき椅子に腰かけ「安物じゃのぉ」と文句を言いつつ、パンと手を叩いて音を鳴らした瞬間、全身を黒で覆った男が瞬時に姿を現し、そのヒールを綺麗な布で拭っていく。



()()()()()()()()()……っ!?」


「――サーニス。貴様は頭が高いと何度申せば理解するのじゃ?」



 シドニアの隣に立っていただけのサーニスにそう睨みつけた瞬間、彼は委縮して片膝を付き、深々と頭を下げて謝罪。



「し、失礼いたしました!」



 彼の肩に踵を置いて「それで良い」と嘲笑った女性――アメリアは、シドニアへ笑いかける。



「しかし吾輩の弟とは言え、隠れ選民思想とは。愚かな事じゃな?」


「姉上こそ。貴女の暴君っぷりは、このシドニア領にもお声が届いておりますよ」


「暴君! 良いではないか良いではないか! この吾輩が統べる領土。傍若無人に振舞うからこその権威。


 民草を慮っているように見せながらも、しかしてその実態が独裁者の貴様よりも遥かにマシじゃ!」


「それより、サーニスは私の部下であり、貴女の部下ではない。



 ――足を下せ、愚姉ぐし。それ以上、私が選んだ部下に狼藉を働くのならば、この私が叩き斬る」


「――言うたのぉ、愚弟ぐてい



 彼の言葉通り、肩に乗せていた足を下したアメリアに続き、サーニスの肩へ手を置き、立てと命じたシドニアの言葉。


 そんな二者に挟まれながら、サーニスは「恐れながらお伺い致します」と恐縮しつつ、言葉を入れる。



「この度、アメリア様は何用で、このシドニア領にまで遥々お越し頂いたのでしょうか?」


「何。ちょいと小耳に挟んだだけじゃ。――愚弟が、相当に惚れ込んでいる娘がいて、自分の手駒に引き入れようとしている、とな。


 あれだけ色恋沙汰に興味の無かった不能の弟が惚れ込む娘じゃ。姉として興味を持つのは当然じゃろ?」



 カカカと笑ったアメリアの言葉にシドニアがため息を吐く。



「たったそれだけが理由で、馬車で半日以上時間のかかるシドニア領まで足を運び、そして帰るというのですか。貴女はそほど愚かな方とは思っていなかったのですが、評価を改めるべきですかな?」


「そうかのぉ? ――例えばその娘。事と次第によっては、この吾輩が統治するアメリア領に引き入れようと考えている、という事ならばどうじゃ?」



 彼女の言葉を最後に。


 レアルタ皇国シドニア領を統べる第一皇子――シドニア・ヴ・レ・レアルタと。


 レアルタ皇国アメリア領を統べる第三皇女――アメリア・ヴ・ル・レアルタ。


 二者間に、会話は無くなる。



 ――あるのは、二者による思惑と策略の交差だけであろうと、サーニスは口に溜まる緊張の唾を、飲み込むしかなかった。

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