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餓鬼とアルハット-05

 先ほど斬鬼から譲り受けたキソを折ったガルラが、両手を上げた。もう交戦意思が無い事を主張している。


愚母も渋々と言った様子ではあるが、自身の顕現する布を消滅させた。



「どういう事です?」


「豪鬼こそ、オレ等にとって最悪の敵――イルメールを打倒し得るンだヨ。その為にャ、オメェに取り込まれるワケにはいかねェ、ッてコト」



 いつの間にか地下室へと訪れ、呑気に椅子へ腰かけていたマリルリンデが、代わりに返答をした。


そしてガルラとマリルリンデの言い分にも――愚母は頷いた。



「……そうですわね。確かに作り替えを行ってしまえば、彼の持つ能力も、これまでの経験値もリセットされてしまいます。でも、わたくしの理想を知ったあの子が、これからも皇族との戦いを続けてくれると?」


「続けるよ。……豪鬼はそういう所、義理堅い子だ。だから、オレもマリルリンデも気に入ってンだ」



 さて、と呟きながら、ガルラとマリルリンデが餓鬼のいる部屋に視線を移す。


既に彼女は疲れ果てたようにベッドに背中を預けている。虚ろな瞳をぎょろぎょろと動かし、その視線も定まってない。


時々「うるさい……」と声に出しているところから、未だに暗鬼の幻影を見ている事だろう。



「しかし、豪鬼のいう事にも一理あるぜ。あのままじゃ餓鬼ちゃんは、戦いにおいて使い物にならねェ」


「餓鬼こそ作り替えの必要、あるんじャねェの?」


「いいえ。作り替えた結果、ガルラ様を処置できなくなる可能性も鑑みれば、それは好ましくありません。それに、もし彼女が深く考えるようになってしまえば、それこそ豪鬼のようにわたくしから離反する事もあり得ますので」



 当人を前にして、ガルラを処置できる方法はこちらが所有権を握っている事を強調する愚母に、マリルリンデもガルラも苦笑しつつ、今視線を愚母へと向けた、餓鬼を見据える。



「……愚母、ママ……」


「どうしたの餓鬼」


「アタシ……役立たずじゃ……ないよね……?」



 ヨタヨタと、覚束ない足取りで愚母へと近付く餓鬼の姿は、ガルラにとっては少し、見ていて辛いものがあった。


彼は僅かに視線を逸らしつつ、愚母がどうした態度を取るのかだけが気になったが。



――愚母は、笑顔で餓鬼の頬を叩いたのだ。



 パシンと、乾いた音が地下室内に鳴り響く。


 叩かれた痛みなどは、無いに等しい。


だが、自分が何故叩かれたのか――その理解すら及ばないまま、餓鬼は叩かれた左頬を押さえながら、愚母へ目を向ける。



「役立たずでは無いわ。――より正確に言えば『今は役に立っていない』という言葉が適切ね」


「……え?」


「餓鬼。アメリアちゃんを殺した程度で威張っちゃダメ。貴女はもっと、もっとできる筈よ。だから頑張って頂戴。頑張ってくれれば母としても嬉しいし、貴女もわたくしが喜ぶ姿を見れて、何より嬉しいでしょう?」



 愚母が、自分で叩いた頬を「痛かったわねぇ」と、まるで他人事のように言いながら撫でる。


そうした彼女の言葉も、動きも――全てが、餓鬼を動かす動力とはなるだろう。



――だがそれは、餓鬼の心を壊しながら進む動力であり、麻薬でもある。



「……あ、あは……あ、あたし……まだ、役に立って、無かったんだ……」


「ええ。でもわたくしは、貴女に期待してるの。だからその程度の頑張りじゃダメなのよ」


「うん……うん……アタシ、頑張るよ……頑張るよアタシ……っ」



 泣いているのか、嘆いているのか、喜んでいるのか、悦んでいるのかも分からぬ声を漏らしながら、餓鬼はガルラへと近付き、彼の襟を無理矢理掴んだ。



「ねェ……アタシが、あたしが、もっともっと……愚母ママの役に立てる方法……強くなれる方法……教えて……?」


「……そんな、魔法みてェな方法なんざねェよ」


「嘘だよ……じゃあ何だって、人間ばっか強くなんの……? ねェ、アンタ、神さまなんでしょ……? アンタら神さまは、人間ばっか味方してないで……アタシ等災いにも、手ェ貸しなさいよぉ……っ」



 嘆く彼女の言葉に、ガルラは何も言う事は出来なかった。


事実彼には、餓鬼を強くする方法など思いつかない。長期的に見れば彼女が多くの虚力を保有する事が一番の方法であるだろうが、災いは自身の肉体構成・思考回路・感情の動き等により虚力を多く消費する故に、短期間で大量の虚力を補給するには、それこそリンナのような膨大な虚力を持ち得る者から補給する程度しか思いつかない。



「【源の泉】――ガルラ様はその場所を知り得ているのではなくて?」



 愚母が笑みを含めながら呟いた言葉に、ガルラは何故それを、と睨みつつ彼女を見据えたが、その言葉に反応を示したのは、マリルリンデだ。



「……源の泉? ソレッてェのは、マナを放出する【源】から溢れ出た泉、ッつー事か? マジであンのかよ」



 マリルリンデは自身の身体維持に多くの虚力を割いている為、現在はクアンタのように身体の流体金属を変質させた戦闘方式を取り入れることが出来ない反面、魔術や錬金術の技術を、二百年の間に学んでいた。


故に源の泉についても最低限の知識は有していたが――これまではあくまでおとぎ話程度にしか知り得ていなかった。


またガルラも、源の泉を守護する役割を持つ神霊【パワー】と個人的に顔見知りであるからこそ場所を知り得ているし、何度も訪れた事はあるが、彼がその場所を他者へ大っぴらに教える事は、禁じられているわけではないものの、憚られる。



「場所を教えた所で、あそこを管理してるのは別の神霊だ。ソイツが認めなきゃ、泉は効力を発揮しねぇ。そもそも餓鬼には……つーか災いには、マナ貯蔵庫も魔術回路もねェ。マナを取り込んだ所で」


「源の泉から溢れ出る原液を取り込めば、その瘴気に当てられた身体が変質を起こし、回路と貯蔵庫を無理矢理に開く可能性もありますわ。マリルリンデ様やクアンタちゃんと同じ構造をしている名有りの災いならば、可能性はあるかと」



 長く生きていれば、それだけ入ってくる情報も多い。故に理論を積み重ねて議論をする知恵もあると、ガルラは頭を掻きながら頭を横に振る。



「そりゃ理論上は正しいさ。だが最終的に当てられた瘴気によって精神を崩壊させちゃ意味がねェだろ。あれはただの力じゃねぇ。星の情報そのものを含んだ星のエネルギーだぞ? そんなもんを取り込んでまともな精神で居られる奴は、それこそ神さまだ」


「どうせ既に餓鬼は、まともな精神状態にありません。試してみる価値はあるのではなくて?」



 同胞である筈の餓鬼になんて言い草だ、と怒鳴り散らしてしまいそうになるガルラ。


だがそんな彼を止めたのは――彼の小袖をキュッと摘まんで、ボロボロと涙を流す餓鬼だった。



「教えてよ……っ」


「……餓鬼ちゃん、あのな」



 弱弱しい彼女の肩に両手を乗せながら、何とか説得できぬかを試みるガルラ。


だが餓鬼は、流す涙の勢いを増しながら、嘆きを漏らす。



「アタシは……っ、弱いのやだぁ……っ! 強く、強くなっ、て……、暗鬼、見返して……愚母ママに、褒めて、褒めて欲しいの……っ」



 声は弱弱しかったが、彼女の言葉は、ガルラの心を、強く揺らした。



――その時の彼女が、五年前にガルラへ泣きながら、弟子にしてほしいと嘆いたリンナの姿と、そっくりだった。



『アタシ……父ちゃんみたいに、なりたい……っ! カッコよくて、強くて、スゲー刀……いっぱい作れるようになって……父ちゃんに褒めて、褒めて欲しくて……っ』



 ずっと無邪気な子供だと、ずっと隣にい続けていたリンナが、初めて見せた願望。


それも、ただ自分のしたい事を望んだわけじゃない。


大切な人に認めて欲しい、褒めて欲しいと願い、その気持ちを正直に語った彼女の言葉を聞いて――ガルラは教える気も無かった、刀匠としての技術を教えたのだ。



――そんな彼女と同じ嘆きを見せる餓鬼を、どうしてガルラが否定できるだろう。



「……イルメール領・カルファス領境近くの谷底……そこから、カルファス領の魔術学院地底へと繋がる洞窟がある。そこを超えたら、ある」


「……ホント?」


「ホントだ。だが、さっきも言ったが、泉の力を使えるかどうかは、神霊が認めなきゃならねェ。それはオレでもどうにもならねェからな」


「うん……うんっ、ありがと、ありがとっ、オッサン……!」



 長く見ていなかった彼女の無邪気な笑み。


彼女はすぐにその場から姿を消して、いなくなる。



――果たしてこれで良かったのかどうか。



それはガルラにも分からない。


一つだけ分かるコトは。



「……愚母。オレァ、オメェが好きじゃねェ」


「ええ。わたくしも、貴方の事は嫌いですわ。ガルラ様」



 明確な殺意を、愚母へ覚えたという事実だけである。



**



 シドニア領皇居にて馬を借り、カルファス領への道を駆けたイルメールだったが、彼女は一つの結論に気付き、実施する事で、到着予定時刻よりも一時間ほど早く到着した。


それは「いや馬で走るよりオレが走った方が早え」という結論であり、結果としてイルメールは途中、馬を農村に預けてそのまま走り出し、カルファス領首都にある、カルファス・ファルム魔術学院に乗り込んだ。



「いやホントバカでしょ、イル姉さま」


「そんだけ急いでたンだ」



 その事を聞いたカルファスが思わず溢してしまった声に、イルメールは反論するでもなく、急いでいた事を強調。


 現在イルメールが腰かけているのはカルファスの用意した手術椅子で、先日左腕に取り付けた義腕を取り外し、傷口を露わにしている。



「でも、ホントにいいの? 神経に無理矢理繋げれば、確かにすぐにでも馴染んだ使い方が出来ると思うし、神経を繋ぐ痛みはイル姉さまなら耐えられると思うけど……神経が傷ついちゃえば、例えポジティブバカなイル姉さまでも、満足に身体を動かす事が、出来なくなる可能性も……」


「なんか今スゲェ貶された感じしたけど……まぁいいか。その時はその時だ。……昨日、餓鬼をボッコボコにして、気付いた。まだ付けてる感覚が抜けてなくてな……この状態で豪鬼と殺り合ったら、アイツには勝てねェ」



 既に、アメリアの消滅についてや、その後に餓鬼を痛めつけた事、アメリア領については当面の間、影武者を用立てる事で政治的空白を無くす事はカルファスに説明している。


彼女も最初、アメリアの消滅を聞いた時は言葉を無くしていたが……しかし受け止めねばなるまいと、唇を噛みしめながら納得した。

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