シドニア・ヴ・レ・レアルター10
クロスで剣を拭い、二本をサーニスへと渡したシドニアと、魔法少女としての変身を解除して胸を曝け出したあられもない姿となったクアンタへ、彼女の元々着ていたジャージを急いで羽織らせるリンナ。
「全く、婦女子が簡単に肌を晒すなどと……っ」
「まぁ良いではないか。そのマホーショージョシステムとやらは、彼女の肉体に埋め込まれた物のようだし、そうしなければ着脱が出来ないという事ならば仕方がない」
憤慨するサーニスを宥めるようにしたシドニアは、視線でクアンタへ笑みを浮かべ、それを彼女が受け、腰に据えていた刀二本を、リンナへと返却する。
「少々話をしてくる。お師匠には席を外して欲しい」
「何の話をすんのさ」
「ちょっとした世間話だ。気にしないでくれ」
「うーん……まぁ、いいけど失礼は無いようにね?」
渋々、と言った様子で刀を離れの蔵まで戻しに行った彼女の姿を見据えた後、クアンタはシドニアとサーニスの所へ近づき、可能な限り小声で会話をする事に。
「災いの事は、お師匠にも内密にした方が好ましいか」
「そうだね。それとクアンタ、一つ聞きたい」
「何だ」
「君は何者だ?」
遠慮も躊躇いもなく、彼はそうクアンタへ問う。
そして彼女も、同じく問わねばならない事がある。
「シドニア、お前こそ何を企んでいる」
「質問をしているのはシドニア様だぞ、娘。なんと無礼な」
「質問? そんな程度の低いものではないとわからんか」
「何」
「さっきからコレは腹の探り合いだ。そうだろう、シドニア」
クアンタもまた、遠慮も躊躇いも無く返した言葉に、シドニアが腹を抱えて笑う。
「ハハハッ、コレは面白い! クアンタ、やはり君は良いね。君と友達になれて本当に嬉しい!」
「私の知る【友達】という概念は、腹の探り合い等せぬと認識しているのだが」
「いいや、人間はするよ。……ああ、人間はね?」
目を細め、クアンタの身体を見据えるシドニアの姿に、クアンタは「何を」と問う。
「君は人ならざるモノとでもいうべきか。その正体は気になるが、しかし深く問うのは止めておこう。その意味もあまり無さそうだ」
「……何時から気付いた?」
「私は少々姉上に鍛え上げられ過ぎてね。剣を交えれば、それだけで人となりが分かってしまう武人となったのだが――君はどうにも見えない。底が無い。命に対する情熱も無い。死と言う概念を恐れないのではなく、知らぬ存在とでもいうべきかな? 私はその様なモノを人と呼ばない主義だ」
「私を災いのような化物と同列に扱うか?」
「いや――むしろ私は君を、信頼のおけるパートナー足り得ると確信したんだよ、クアンタ」
クアンタへ一歩近づき、彼女の顎を人差し指だけで持ち上げ、まるで男女による口付け前のように、身長の異なる者達が視線を合わせるも――しかし、二者の間に、情熱は無い。
「人は、例え相手が友であろうと、伴侶であろうと、生涯全てにおいて腹の探り合いをして生きていく生物だ。
だが、君は違う。何かを隠していても、その秘密を他人が知った所で、知られた所で、君の心身には痛みが伴わない。だからどんな状況においても判断を決して違わない。
君が愚かしい群衆と違う所はそこだよ。誇りたまえ」
「愚かしい群衆、か。……再度問おう、シドニア・ヴ・レ・レアルタ。お前は、何を企んでいる」
「全てを語るつもりは無いが、そうだね。あえて言うのならば、こうなるな。
その愚かで、稚拙で、愚鈍な群衆の中で、生きる価値・存在する価値ある者を選別し、導く。――その為には力を、世界を手にする必要がある。
故に私は父を殺した。無駄な圧政を敷き、愚かしいだけの上流階級のみが特権を謳歌し、人的・物的資源を無為にする、愚かしく、詰まらぬ我が父と、その旨味だけを味わう為に奴へ集っていた羽虫をね」
「なるほど。それがお前の素顔か」
「軽蔑したかね?」
「いや、むしろ感心した。――人間の愚かしさを理解した上で、愚かな人間である自分自身が、人々を選定し、頂に立とうとする。
その熱意は私に決してない、強さだ」
「ありがとう――ああ、君は実に聡明で、美しい。
私は君という女を、一人の男として、好きになりそうだ」
「残念だが、私は男女交配に興味は無い。私にお前への興味を抱かせたくば――そうだな。まずは刀を注文する事だ。それでもお前に男として入れ込む事は無いだろうが」
「魅力的な提案だね、検討しようじゃないか」
距離を置いた二者。
今離れの蔵から戻るリンナの姿を確認して、シドニアは笑顔で彼女を迎え入れる為に歩みだすが、しかしクアンタとの会話は止まらない。
「私には三人の姉と、一人の妹がいる」
「お前の敵か?」
「敵となり得る可能性もある。皆、私の肉親だけあって、一筋縄ではいかん連中だ。その上、ブリジステ諸島全土に発生している災いの対処、他国との貿易問題と、私にはやるべき事が多くある」
「それで私に何をさせようと?」
「手を貸してくれるのかい?」
「内容と、お師匠次第だな」
「そうか。君は男女交配に興味がないとは言ったが、人間に興味が無いとは言わなかった。つまり――彼女に惹かれているんだな」
答える事は無い。クアンタは駆け寄って来たリンナへ「お帰りになるそうだ」とだけ言うと、彼女は輝かしい目を光らせて、頭を下げた。
「あ、あの! ウチの刀、ぜひ今後もご贔屓に、お願いします!」
「ああ。クアンタともそう言うお話をした所でね。次は是非、公務でリンナさんにお会いできるよう、私も尽力しよう。
――そうして汗を流してくれる、私と共に歩む民がいてこそ、私は君たちの為に働けるのだから」
では、と。リンナの手を取って甲に短い口づけをし、馬車へ乗り込んで去っていく姿を見届ける。
「よ……っしゃあああっ! ヴァルブの野郎見たかオメェっ! お前さんの力を借りずに刀の買い手が見つかったぞおらぁああっ!!」
「だがお師匠、これからどうするのだ」
「へ? なにが?」
「仮に今後、契約が無事に結ばれたとして、皇国軍や警兵隊に刀が配備される事となれば、我々の持つ設備だけで多量の量産は出来るのか」
「……………………」
「考えていなかったのか?」
「そぉ……そこはぁ、追々、考えるぅ……しぃ?」
「……私も色々と学び、お師匠を支える必要があるという事が分かった。シドニアに感謝せねばならん」
「な、なにさァ!? ア、アタシがお師匠なんだからね!? アンタ今アタシの事、小馬鹿にしたっしょ!?」
「小馬鹿にはしていない。事実を認識したまでだ」
「もう決めた! アンタにはビシバシ厳しく指導してくかんね!? 泣き言言ったって容赦してやんないから覚悟しろおらーっ!」
日が昇りきって、既に朝から昼へと向かう時。
リンナの叫びだけが、空まで轟いた。




