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戦う理由-07

 クアンタもサーニスも、戦いの果てに自分の感情と折り合いをつけ、答えを見つけ出した。


そうした姿を見据えて、イルメールはリンナの頭を撫で、その上で問う。



「リンナ、オメェはどうしたい?」


「え……?」


「今のクアンタと、サーニスの戦いを見て、リンナがどうしたいか、だ。アメリアに聞かれたンだろ?」



 リンナがアメリアへと視線を向けると、彼女は僅かに潤んだ瞳を輝かせながら、リンナへ視線で訴えかけていた。



――リンナはもう戦う必要も、戦いに巻き込まれる必要も無い。


――リンナだけでも、せめて、戦いの無い世界で、生き続けて欲しい、と。



そうした視線を受けたリンナは、今まで心の中に巣食っていたモヤモヤが、どこか遠くに吹き飛んでいるような感覚がした。



「ああ――アタシも、分かった」



 リンナの呟いた言葉、その意味をイルメールも、アルハットも、問わなかった。



「何を、分かったと言うんじゃ?」



 問うたのは、アメリアだけだ。


より正確に言うならば、この問いはアメリアだけに許された問いだ。


 アメリアは、リンナとクアンタへ向き合って、彼女の言葉で、リンナやクアンタに戦ってほしくないと、願いを口にしたのだ。


そんな彼女だからこそ、リンナの言葉に問う資格がある。



「アタシ、ずっとモヤモヤしてたんです。キソとかカネツグは親父に折られて、何で皇族用の刀は及第点だったのか、それが分かんなくて」



 何が違うのか、それはきっと心の在り方だったのだろうとは気付けていた。


だが心の在り方がどう違っていたのか、それを自覚できていなかったのだ。



「けど、今の戦いとか、クアンタやサーニスさんの願いとか、アメリア様の言葉を受けて……思い出したんです。アタシは、五本の皇族用に用意した刀を……皆に生きててほしいから、死なないでほしいから、傷ついて欲しくないから……最高の刀にしないと、って想いを込めて打った事を」



 刀工は、刀匠の心を映す鏡であり、戦いだ。


どんな想いを、どんな願いを込め、鋼を打ち、刀へと形作っていくのか、それによって刀は千差万別、色んな刀に変貌する。


キソやカネツグ、キヨスと言った刀は、災いの騒動が起きる前、彼女が普段の仕事として打ち込んだ刀で。


そして量産していた刀は、彼女が見も知らぬ人に向けて、ただ戦う為の力として打った刀である。


それらと、皇族の皆に生きていて欲しいと、戦いに勝ってほしいと、傷つかないでほしいと願った、優しい心を願って打った刀が違う事なんて、当たり前の事だったのだ。



「なんだ――アタシ、ずっと変わってないじゃん。願いも、想いも」



 アメリアの柔らかく、細い指をなぞる様に、リンナの手で触れる。


そうすると彼女は、リンナと視線を合わせながら――問いかけた。



「リンナは、どうしたいんじゃ?」


「アタシは、アメリア様やシドニアさん達と、一緒に戦います。これからも、親父に負けないような刀を、打ち続けます。何本、何十本、何百本折られたって構わない。アタシがアタシにしか打てない刀を打ち続ける。それだけです」


「義理や人情で、吾輩らと共に戦うと言うのかえ?」


「んー、人情は近いかもですけど……ちょっと違います」



 リンナが迷い続けたのは、父やマリルリンデに対する感情に、どう自分の言葉を返せるかだった。


だが、その答えはなんてことの無い答えでしかなくて――リンナは今まさに、その答えが思いついて、どうしてこんな簡単な事をすぐに言えなかったのか、それを恥ずかしく思った。



「アタシは、今を生きている人たちに、幸せになって欲しいんです。過去を受け止めて、未来へと向けて歩き出そうとする人達を」



 確かに姫巫女達は、かつての皇族達によって酷い仕打ちを受けた事だろう。


過去の皇族達は自分たちの愚かな自尊心や姫巫女への恐怖心から、彼女達を辱めたのであろう。


痛ましい事だとも、それに対する不快感が無いと言えば、確かに嘘である。


けれど、それはもう過去の事で、今の皇族達はそうした過去と向き合い、未来へと向かって歩み出そうとしている。



「親父や、マリルリンデの辛さも、理解したい。分かっていたい。分かってなきゃダメだ。分かってなきゃ、それは過去に対する冒涜だ」



 だが過去を理解している事と、過去に固執し、未来を呪う事は、全く意味が異なる。



「過去を悲しんで、今を生きている人たちの命を、願いを、想いを、殺していい理由になんてならない」



ガルラやマリルリンデが望む事が、もしそうであるならば。


ガルラの娘であり、姫巫女の一人である筈のリンナが止めなければならないのだと、彼女は言い切った。



「アタシは、幸せ者です。優しい人たちに囲まれて、守られて、助けてもらって……そうして温かさを分け与えられたアタシが、次にしなきゃいけない事は、アタシがこの温かな願いを、誰かに与えていく事なんだ」



リンナはこれまで、多くの人間や神霊、災いといった存在と出会いながらも――そうした愚かしさだけじゃなく、ヒトの温かさに触れて来たのだ。


 アメリアがリンナやクアンタに、戦わないでほしいと正直に願いを打ち明けてくれた。


その時に感じた温かさを、これからも守り続けたいと思う事が、間違いだなんて思えない、とリンナは思う。


そのリンナの言葉は、ガルラにだって、マリルリンデにだって、否定させてたまるものか、と。


リンナはまっすぐ、アメリアの目を見て、明るい笑顔を向けたのだ。


その笑顔だけで、アメリアは心が洗われるようだった。



「アメリア様。アメリア様は、アタシとクアンタに、傷ついて欲しくないって、言ってくれました」


「……そうじゃの」


「でも、それはアタシも、クアンタも、同じ気持ちです」


「……そぉか」


「親父やマリルリンデは『これまで失った命の為に』戦うかもしれない。アメリア様たちは『これからの命を守る為に』戦うかもしれない。なら、アタシとクアンタは『誰かの願いや想いを守る為に』戦う――それじゃ、ダメですか?」


「……ダメなわけが、無いじゃろ……っ」



 強く強く、リンナの身体を抱きながら、ボロボロと涙を流すアメリア。


 出会った時から可愛くて優しくて、けれどどこか強いリンナ。


強くて何時でも冷静沈着で、自分の存在を駒くらいにしか思っていなかった筈のクアンタ。


そんな二人に、アメリアは惹かれていた。


けれど彼女達は色んな出来事と巡り合い、その中で時に戦い、時に傷ついてきて、そうした場所に導いてしまったのが自分たちなのだと、アメリアは責任を感じていたのだ。


アメリアは、守らなければならないと考えていたリンナが放った言葉によって、間違いなく救われた。


その背に圧し掛かった重責を――下ろす事が出来たのだ。



「安心せい、リンナ。主とクアンタは、吾輩らが、命に代えてでも守る。吾輩には、戦う事など出来ん。今みたいに、誰かの為に戦うなんて大立ち回りは出来ん。じゃが吾輩はそれ以外の全てから、主らを守ってやる……絶対、どんな事があっても……っ」



イルメールは、そうして泣き続けるアメリアの事を、ずっと見ていた。


妹の成長を喜ぶように、しかしそうした想いは口にも出さず、ただ見ているだけ。


そんな中、アルハットはリンナの言葉を、アメリアの言葉を受けて神妙な顔つきを浮かべながら、自分の下腹部に手を当てた。


王服で隠れて見えないが、神霊【パワー】から継承した、泉の管理権限を与えられた者の証が施された紋様がある部分を撫でて、彼女は決意を固める様に、霊子端末を操作し、どこかへと向かっていく。


その姿も、イルメールはずっと見ていた。



(アルハットが何考えてるかは、頭が悪いオレにゃわかンねェけど……ま、アイツなりに何かをやろうとしてンなら、姉ちゃんとして見守っといてやるか)



 ホントにこいつ等姉弟はメンドクセェな、と想いながら笑みを浮かべたイルメールが、立ち上がり、クアンタとリンナの頭を撫でた。



「うっし。じゃあリンナは、その気持ちを込めて、クアンタに刀を打ってやれ。ンで、クアンタは空いてる時間を見繕ってリンナの剣技指導をする事だな」


「うんっ! 最高の刀にしなきゃねっ」



 ふん、と鼻息を荒くしながら、しかしやる気十分と言わんばかりに立ち上がったリンナが、工房へと駆け出していく姿を見届ける。


イルメールが放った言葉を聞いて、そしてずっと戦いを見届けていた彼女を見て、クアンタは彼女に問いかける。



「……お前には、こうなると分かっていたのか?」


「バカかオメェ。分かるワケねェだろ。オレは神さまじャねェぞ?」


「なら何故、サーニスを止めなかったり、お師匠の意思を遵守しようとした?」


「どンな結果になろうと、オレはただ受け止めるダケだ。オメェやリンナが戦いをやめたり、それこそ敵に寝返っても、ただやらなきャならねェ事をやる。人間なンつーのは、そうやッて自分にできる事を愚直にこなしてしか、出来る事なンざねェンだよ」



 アメリアの頭を一度撫でた後「帰るぞサーニス、アメリア」と声をかけたイルメール。そしてアメリアは僅かに顔を赤めながらも涙を拭い、停まっていた馬車へと向かっていく。



「……そういえばアルハットどっか行っちゃったから、イルメール領まで送ってくンね?」


「走って帰ればトレーニングになるのではないかの?」


「それも良いンだけどサァ、可愛い妹とたまにはノンビリ馬車旅っつーのも悪くねェだろ」


「……ホントにこの姉は、アホじゃな……」



 結局はイルメールをアメリア領まで一度送りそこから別の馬車で彼女を送り届けるとしたアメリアが、イルメールの巨体を馬車に乗せた後、クアンタへと向かい合う。



「主らは、本当に成長したものじゃ」


「元々フォーリナーである私にとっては、成長であるかは分からないが」


「阿呆か、成長に決まっとる。――【全しか見ておらん強大な孤独者】よりも、【儚い一でも他者を守らんとする者】の方が、よほど偉大な存在じゃ」



 そう言って微笑みながら、馬車へと乗り込んでいくアメリアの姿は、どこか優しい姉のように、クアンタの目には映った。


そうした彼女達を見届けた後、サーニスに軽い会釈だけして別れようとしたが。




『ちょ、この筋肉ダルマめ狭いわドアホッ! やはり主は馬車から降りて走るのじゃっ!!』


『いいじゃンか筋肉に包まれながらのんびりと話そうぜアメリア』


『主と話す事なんぞ何も無いわーっ!』



 そんな喧騒が聞こえて来て、サーニスもクアンタも「ただ綺麗な話で終わらせないなこの姉妹は」と、ため息をつくのである。

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