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戦う理由-05

 クアンタはサーニスから手渡されていた打刀【リュウオウ】の鞘を抜き放つと、乱雑に放棄。サーニスへ向けて振るう際に、彼を斬ってしまわぬように、棟の部分へと向きを変えたが、そうしたクアンタに、サーニスは鼻で笑った。



「舐められたものだ。この自分を殺さずに止める事が出来ると、本気で思っているのか?」


「止めるのじゃサーニス! そんな事に意味などないわッ!」



 縁側に立ち、部下に対して怒鳴りつけるようにアメリアが放った言葉。


しかし、サーニスはそうして怒鳴ったアメリアに向け、一瞬だけ鋭く睨みつけた。


その一瞬、睨まれただけで、アメリアの身体が硬直した。


アメリアは縁側の上にへたたり込んで、ぺたりと足を付き、ハッ、ハッ……と荒い呼吸をする事しか出来ずにいる。



 ――サーニスの放った殺気を受けただけで、アメリアは二十三にも亘る【殺害方法】が伝えられたのだ。



サーニスがアメリアという女を殺す事はあまりにも容易く、また例えばこの場にアメリアの護衛である筈の黒子たちがいたり、リンナやクアンタが邪魔をしてきた場合の殺害も可能であるのだと、言葉にせず、殺気だけで伝え、アメリアもそれを感じ取ったのである。



「申し訳ありません、アメリア様。……確かに、こんな事に意味などないのやもしれません」


「……では、何故……!?」


「そもそも、戦いに意味を問う事が間違いなのです。シドニア様もアメリア様も、勘違いをなさっている。この事を理解なされているのは、イルメール様だけだ。……クアンタも理解していると思っていたのですが、少なくとも今の奴は違う」



 レイピアの切っ先をクアンタへと向けながら、サーニスは再度「ヘンシンしろ」と、クアンタへ忠告する。



「自分はこれから、お前を殺すつもりで斬りかかる」


「それこそ意味がない。お前のレイピアでは、流体金属である私の身体を消滅させることなど出来ない」


「分かっている。お前は虚力で身体を繋ぎ留める流体金属生命体……つまり、名有りの災いと似たような身体構成、という事なのだろう?」



クアンタは確かに、人間というより名有りの災いに近しい身体構成である。


名有りの災い達がその事実を知っているかは疑問だが、もしクアンタが名有りの災いが用いる固有能力や、固有能力で無くとも虚力を内包した攻撃によって殺されれば、消滅する事も意味する。



「つまり虚力の伴う方法で殺害すればいい。お前からその刀を奪って斬れば、お前を殺せるという事だ。……自分はあまり頭は良くないが、人殺しの方法だけは瞬間で思いつく。職業病という奴だ」



 微笑を浮かべたサーニスの言葉は、確かに正しい。



――だがそもそも、そうした消滅・死亡が、サーニスの手によって行われる理由がない。



「何故だ。お前はシドニアの従者であり、今はアメリアの命令に従うように命じられている筈だろう?」


「本当にお前は変わった。自分とシドニア様が初めて会った時のお前ならば、意味など求めず、ただ目の前の出来事に対して冷静な判断を下しただろう。それが本来、戦いのあるべき姿だ。――そう、あの時のお前は、生きながらにしての兵器だった」



 地面を蹴りつけ、クアンタとの距離を詰めたサーニスの振るうレイピア。刀の棟でそれを受け、流しつつ、彼が振るう左脚部からの蹴りを右腕ではじき返したクアンタが両足を踏み込ませ、バク転しながらの後退。


 だがそこでサーニスはレイピアを乱雑に放棄し、両手の拳を握り締めた上で後退するクアンタへと迫る様に、その剛腕をクアンタの顔面へと振りこんだ。



「グゥ――がッ!」



 殴り飛ばされ、庭の奥にある蔵へと背中をぶつけるクアンタ。蔵は衝突によって半壊し、クアンタの身体は各所を木材で貫かれていたが、クアンタはそれを引き抜きつつ、身体再生を行っていく。



「自分は捨て子でな。かつてこの身は、公権力殺害の任務を引き受ける事で生を許されていた。……何の因果か、そんな自分を打ち破ったイルメール様の手解きを受ける事になり、今は真っ当に生きているわけだが」



 再生には時間がかかる。その再生時間をわざと与えるかのように、サーニスはそう言葉を発しながら、一歩一歩近付いてくる。


離れた距離は、二者にとっては大した距離では無いのにも関わらず。



「姉であるワネットも似たようなものだ。そんな自分たちからすれば、お前やリンナさんは恵まれている」


「恵まれ……ている、だと……?」



 木材で発声器官を貫かれていたから、上手く話す事が出来なかったが、再生を行いつつ問いかける。



「戦いなんてものはそもそも、その前か後にしか意味は無い。戦い自体は結果こそが全てであり、生か死か以外に意味を成さない」



 クアンタの胸倉を掴んで、起き上がらせるようにしたサーニス。クアンタは彼によってリンナやアメリアのいる縁側付近まで投げ飛ばされると、駆け寄ろうとするリンナを制し、上手く動かぬ足を無理矢理動かして、サーニスへと立ちはだかる。



「サーニス……命令じゃ、止めるのじゃ……っ!」



 恐怖心を抑え込もうとしつつ、それでも上手く呼吸を整える事も出来ないアメリアが、何とか発せた言葉はそれだけだ。


しかしサーニスは首を横に振り、先ほど乱雑に放棄したレイピアを足で眼前へと持ち上げ、それを手にした。片時も、クアンタから視線を逸らす事もせずに。



「自分とワネットは戦いの前も後も、他者に委ねる事でしか生きられない。それに比べてお前達は、戦いの前も、戦いの後に得られるモノも、自分たちで定める事が出来る。それが恵まれていると言わんでなんという?」



 クアンタを見据える彼の眼は、冷たかった。


顎を引き、彼の突き出すレイピアの突きを一突避け、レイピアを握る手首を掴んで投げ飛ばす事によって距離を取りつつ、刀を構える。


 今自身がいる場所で戦えばアメリアやリンナが危険になると思考したクアンタがサーニスへと駆け、刀を二撃、三撃と振り込んでいく。


だがサーニスは既に投げられた状態から戦闘継続の姿勢をとっており、彼女の振りこんだ刃の軌道をレイピアで流し、クアンタの右手首をレイピアの柄で殴打し、リュウオウを叩き落とす。


クアンタはサーニスのレイピアを握る右手首をホールドし、彼の右腕そのものを脇で挟んでホールドする事により、動きを抑制。


クアンタとサーニスの視線が交わり、睨み合う。



「クアンタ、思い出せ。お前はこれまで、何故、どうして戦って、何を得た? お前はこれから、戦いの前に何を求めて、戦いの後に何を得ようとする?」


「……この戦いの果てに、その答えが分かると言うのか?」


「それはお前次第だ。この自分を相手に、生き残る事が出来た先――死と生の狭間でお前が見つけたモノ、お前が生きて得ようとするモノこそが、恐らく答えなのだろうよ」


「なるほど――サーニス、お前は、私を試すつもりだな?」


「どう捉えても構わんが、一切手加減はしない――覚悟しろクアンタ」



クアンタは自分の身を、そしてリンナの身を守る為にリュウオウを右足の踵で蹴りつけ、二者から遠ざける。


そしてサーニスもリュウオウが蹴り飛ばされた場所だけを把握しつつ、しかし視線をクアンタからは外さない。


 連続して幾度も繰り出される、サーニスの右拳。だがクアンタはそれらを全て左掌で受け流すと、身を下げながら彼の両足へと向けて左足を軸にした右足の払い込みで、彼の姿勢を崩した。


だが、サーニスは左手を地面に付けつつ両足を振り回しクアンタを蹴り付けると、彼女は顔面に蹴りを受けながらも数歩後退し、リュウオウの柄を握り、一呼吸。


サーニスも姿勢を正してレイピアを構え直すと、右足を踏み込む。



そこからは、アメリアの目にも留まらぬ高速戦闘があった。


一秒間の間に繰り出される剣撃は互いに十を超える。アメリアだけでなく、リンナも目で追いかける事は難しい。


刀とレイピアの刃同士が交わる音だけが聞こえる。それも音と実際の接触は時間差が発生する程に、二人の戦闘は常人離れした、音速を超えるものだ。


それがまだ、変身すら、ゴルタナさえ起動していない、クアンタとサーニスによる激闘である。



「なぜ……何故戦うのじゃ……!? 吾輩には……分からん……ッ!」


『そりャ、お前にはわからねェだろォよ』



 ジジジ、と音を鳴らしながら、青白い光に包まれながら現れた、二人の女性がいた。


一人はイルメール、もう一人はアルハット。


二者は霊子移動によってこの場所へと訪れ、クアンタとサーニスの戦いに目を向けながら、しかし止める気配は見受けられない。



「イルメール……どういう事じゃ……?」


「戦う者なら分かる、ッてヤツだ。……だから、お前が戦いで分かる必要はねェ」



 紛いなりにも戦いを知ッてるヤツだけ分かればいい、と言ったイルメールが、まるで二者による戦いを楽しむ為と言わんばかりに、リンナ宅の縁側に腰を落とし、胡坐をかいた。


 彼女には、クアンタとサーニスの表情まで、その後繰り出す攻撃の一撃一撃が、どれだけ相手を殺す事に優れているかも、見える。


クアンタがリュウオウをサーニスの両脚部に向けて振り込んだ。それも、刃側をサーニスに向けている為、もし斬り込まれていれば、彼の両足は落とされていただろう。


だが、サーニスはそれを決して咎める事は無く、むしろ心臓を狙わん事自体が傲慢だと言わんばかりに、地を蹴りつつレイピアをクアンタの喉元へと突き付け、クアンタも姿勢を僅かに崩しながら、それを避ける。



 互いの身体が、今接触する。


まるで抱擁のように身体を密着させ、しかし互いの視線は、相手を殺す為に、相手を如何に出し抜くかを考える、戦士の目である。



「ハハ、良いねェ! サーニスのヤツ、実戦で勘を取り戻してきてる! 今のアイツとクアンタなら、腕がしっかりくッ付いてねェ今のオレを殺せるかもな!」


「何故主等はそうも野蛮なんじゃッ!? クアンタは、ようやく優しい少女としての心を手にし、戦う事の意味を問うようになったのじゃぞ!? そんなクアンタを無理矢理戦わせ、心の在り様を捻じ曲げようと言うのか主やサーニスは――ッ!?」



 イルメールの髪の毛をむんずと掴んで、叫び散らすアメリア。だが、彼女は決してクアンタとサーニスの戦いから、目を離す事も無い。

リンナも、アルハットもそうだ。


アメリアは、自分だけが置いてけぼりを食らっているような感覚と共に、周りにいる者達が狂人しかいないのではないかと、震える事しか出来ずにいたが。



「……違う。違うよ、アメリア様」


「ええ、違う。違うんです、アメリア姉さま」



 そんなアメリアへ、リンナが口を開き、アルハットもそれに同意した。


彼女達が何故、どういう意味で「違う」と口にしたのか、それはアメリアに理解できなかった。

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