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戦う理由-02

「シドニア兄さま、それより」


「ん、ああ――そうだった。ワネット」


「こちらに」



 アルハットに言及され、シドニアがワネットに指示して用意させたものは、朱色の漆塗りによって彩られた輝かしい打刀が五本。


それぞれ『フジ』『ヒジリ』『ワシバ』『リュウオウ』『ジョウネン』と名付けられた刀たちは、全て皇族専用として、リンナが極上の玉鋼と技術を惜しみなく注ぎ込んだ故に生まれた刀である。


カルファスの子機が暗鬼の策略によって殺された日にはリエルティック商会に搬入されていたが、その後の輸出準備等によって、リエルティック商会の下請け卸業者がまだ保管していた所を、シドニアが回収した形だ。



「リエルティック商会が各皇国軍や警兵隊に流す予定だった刀は、全て破壊された後だったが、この皇族用については破壊されずそのまま残されていた」


「どういう事じゃ? 奴はリンナの刀を全て叩き折ると言っておったではないか」


「自分の記憶上では『リンナが打った鈍は』――とも。この五本は、彼のお眼鏡に適った刀なのやもしれません」


「ああ。サーニスの言う通り、リンナへ『アレは、オレにゃ折れねぇ』と言っていたよ」



 これからもガルラは、そしてガルラとマリルリンデが率いる五災刃達は、リンナの打った刀を叩き折る為に行動する筈だ。


名無しの災いを討滅する分には刀で無くとも構わない。だが名有りの災いを討滅する分には、リンナの虚力が込められた刀が必要である。



「……遺憾ではあるが、刀は主に皇居や政府高官の護衛のみに配備する必要があるのぉ」


「それはつまり……民衆を守る為の力を、我々皇族や政府高官を守る為だけに使うと言う事ですか?」



 アルハットの表情が、僅かに歪む。しかしアメリアは首を横に振りながら「落ち着くのじゃアルハット」と宥める。



「奴らでも手が出しにくい場所に刀を密集させるという戦略じゃ。今は各所に警兵隊や皇国軍が刀を携えて出張っとるが故に、各個破壊されておる形じゃからの」



 ガルラや五災刃達は非常に強力な力を有している。だが、多勢に無勢という形で、未だに警備が厳重な場所に出現した例はない。


強いて言えば二か所。


一か所はアルハット領皇居で、ドラファルド・レンダを利用した暗鬼。だが暗鬼はそうした暗殺による戦略に長けていたからこそそうした手段を採用しただけで、彼以外にそうした大胆な戦術を採用する事は難しいだろう。


もう一か所は先日の、アメリア領首都・ファーフェに存在する重犯罪者収容施設……つまり、ルワンの収容されていた施設だったが、警備自体が厳重でも中にいるのは重犯罪者のみ。ルワンさえいなければあそこが目標になる事も無かった。


どちらも刀が関わらぬ形であったから狙われたが、もしそこに大量の刀を携えた兵を用意出来れば、五災刃とて容易に突入は難しいだろう。



「それに加えて名無しの災いに関しては刀で無くとも討伐可能じゃ。むしろ現状は街の警備に刀を携える事によって兵が狙われておる。街の警備は通常装備に切り替えた方が、よほど民草と兵の安全を買える、という訳じゃ」



 じゃが、と。アメリアはそこで言葉を一瞬止めた。



「恐らくコレは、ガルラによる戦略じゃ」


「ま――だろォな」



 アメリアの溜めた言葉は、イルメールが同意した。



「民の安全、兵の安全双方を買える、アメリアの提案にャオレも賛成だ。ケド、そうなる事を見越して、ガルラっつーリンナの親父は動いたと見るべきだろォな」


「厄介な男が敵に回ったものじゃ……暗鬼という敵の知将を討ち取り、戦略という点では人類が勝っておると思った矢先……」



 現状、人類……というよりレアルタ皇国という国の安全は、刀の配備数により買われていると言っても過言ではない。


徹底した警備体制と共にリンナの打った刀を有する事により、兵達が民の生活を守るという役割を以て動く。


そうした者達に対抗する災い達は、多くの策略を練った。



暗鬼による、ドラファルド・レンダを利用したアルハットの競落。


同様に、暗鬼が五災刃全員をカルファス討伐という大舞台に誘いこむ為の罠。


さらに策略というにはあまりに稚拙だったが、マリルリンデによるルワン奪取計画、及びカルファスという脅威を足止めする豪鬼。


更にその場へ訪れた愚母という存在によって、イルメールは腕を失い、ルワンは暗鬼に殺され、シドニアが暗鬼を討った。


クアンタも、エクステンデッド・フォームという新たな力を手に入れ、愚母を撤退させるに至った。


結果として、そうした皇族と五災刃による小競り合いに発展させていく事で、双方ともに痛み分けの状況になっている。



「向こうは、短期決戦をお望みとしか思えねェな」


「短期決戦? どうしてイル姉さま?」


「このままリンナを狙わず、オレ等皇族を殺す為に戦ッてりャ、確かに一人二人は殺せるだろォよ。ケドその間にオレ等もアイツらを殺し得る」



 それは、そうした皇族殺しにかかる時間を鑑みての事だ。


その間にリンナは、多く刀を造り出す。


それは警備以外にも皇国軍人たちが戦う為の準備を整える事が出来てしまう事も同義であり、今の皇族が「戦えてしまうから戦う」という歪な状況を打破できる。



「つまり奴らは、現状皇族しか戦う準備が整っておらん状況を意図して継続させ、痺れを切らした吾輩ら皇族が、直接災いの巣を叩きに行くと考えておる……という訳じゃな?」


「アァ。そンでオレ等皇族を一人残らず殺しきる……まぁカルファスを殺しきるのはほぼ不可能だが、コイツ一人が生き残った所で、他の政府高官が全員殺されりゃ、レアルタ皇国ッつー国は終わりだよ」



 そしてレアルタ皇国という国が亡国となれば、世界は酷く混乱に陥る。その混乱に乗じて災いという存在が人類の八割を淘汰していく事など、容易い事であろう。



「それに加えて、もし政府高官や皇族の守りを刀部隊による防衛で固めたら、今度は奴ら、民草に手を出していくつもりだろォよ」


「そうならばそうで、吾輩らは短期決戦を挑まざるを得なくなる、という訳じゃな」



 どちらにせよ、動ける人材が非常に限られてくる。



「ラルク家の長男坊・ドルチェと長女のウェスティン、ファルマー家のバルクが、唯一名有りの連中とガチでやり合える奴らだな。……ま、アウドラ、ルート、エディル辺りなんかも生きてりゃ対抗出来ただろォが」



 アウドラ・ファートゥム、ルート・フェリストン、エディル・トーマルは、五災刃という存在を確認して最初期に被害を受けて死亡した皇国軍人で、全員がイルメールの下で訓練を施した先鋭達だった。


 既に死してる者を計算に入れる事は出来ないが、これまで皇族の防備を固める筈の人材で優秀だった者が殺されているケースも少なくない。愚痴に近いが、イルメールが舌打ちをしながら、様々な状況に応じて動ける人員を考慮している。



「あぁ――メンドクセェな。頭使うのはキライなンだが」


「もし短期決戦になった場合、我々以外に動かせる人員はいますか?」



 整理して考える必要があるとしたシドニアが、そう言葉を発すると、イルメールはしばし考えた後に、サーニスへ視線をやる。



「どォ思う。サーニス」


「……残念ながら各政府陣営、各官僚の護衛という観点を鑑みると、動かせる人員はいないと考えて良いかと」



 先ほど名の上がったドルチェ・ド・ラルク、ウェスティン・デ・ラルクの二名とバルク・ファルマーは、イルメール領政府護衛直轄部署の所属である。イルメールの護衛も本来の業務であるが、しかしイルメールは護衛を好かぬし、彼らもイルメールの護衛をする気などない。


嫌われているという訳ではなく、イルメールを護衛する意味が無いと考えているのだ。イルメールに勝てる者であれば、そもそも誰も敵わない。故に護衛など必要ないという、ある意味では信頼の証だ。


彼らが守らねばならぬのは、イルメールを支える政府高官達であり、彼らの護衛を動かしてしまえば国家運営という観点から危険になる。



「……仕方ねェ。なら奴らのアジトを見つけ出して、オレ、サーニス、ワネット、シドニアの四人で、この刀か別に特注でリンナに刀を打って貰って、攻め入るしかねェな」



 攻め入った先で災い達は討伐、ガルラとマリルリンデに関しては討伐か捕獲。そう言い切ったイルメールの言葉に、おずおずとアルハットが手を上げる。



「あの……私とカルファス姉さまをどうして外すのです?」


「別に仲間外れッてワケじャねェぞ? アルハットもカルファスも刀の扱いに長けちャいねェ事と合わせて、どっちも錬金術と魔術の観点から、今後の国家運営に必要不可欠だからだ」



 イルメールの口から国家運営という言葉が出た事に若干驚きを隠せなかったカルファスが彼女の額に手を置いて熱を測るも、特に異常はない。



「イル姉さまが……国土運営について言及した……ッ!?」


「ホントにオメェはオレを何だと思ってンだァ……?」



 全く、と言いつつ「今のは仮の作戦だ」と、あくまで本気で考えているわけでは無いとするイルメール。



「今後災い共がどう動くか、そもそもガルラやマリルリンデの『人類八割ブッ殺す計画』に賛成なのか反対なのかで、問題は変わッてくンだろ?」


「自然瓦解、という事も考えられますね」


「オレが殺り合い、クアンタが迎撃した愚母は、マリルリンデや他の五災刃と合わねェみたいなコト言ッてやがッたし、自分の理想とする世界とやらを大層望ンでやがるみてェだッた」



 収容施設で愚母と争い、左腕を無くすに至った時、愚母はイルメールへこう言っていた。



『マリルリンデ様は勝手に動く、他の五災刃は役立たず……もう、わたくしの理想とする世界は、何時になったら出来上がるというのかしら?』


『他愛ないヒトという存在! 出来損ないの生命体! 災いに喰われる為だけにある家畜が、何たる欺瞞ですの!? 何たる分不相応ですの!?』



 これまで五災刃が人類滅亡を目標として行動していたのは、率いる愚母という母体が人類の完全淘汰を考えているとしか思えない。



「アイツの望む世界がどンなかは分からねェ。だがあンだけ出来そこないだ、喰われるだけの存在だ、ッて言ッてやがッた事から、狙いは人類滅亡で間違いねェだろ」


「ですが、マリルリンデと刀匠・ガルラは人類の完全滅亡は望んでいない。なるほど、理想の不一致によって、刀匠・ガルラやマリルリンデが五災刃と敵対する可能性も視野に入る」



 問題は、五災刃側もマリルリンデ・ガルラ側も、現状の敵……シドニア達皇族という敵が一致しているという点だ。


故にそれまでの共闘に入る可能性は否定し切れず、現在の刀破壊活動はその一環とも考えられる。



「何にせよ、刀の補充が必要だが――リンナ達はどうしてやがる?」


「……今は随分と、混乱している様子ですわね」



 ワネットがそう発言すると、イルメールは「チッ」と舌打ちをした。



「精神的に打ちのめされやすいリンナはともかく、クアンタもか」


「ええ――成瀬伊吹と、菊谷ヤエ(A)の言葉に、随分とショックを受けてます」



 同席したアルハットだからこそ、彼女の動揺は目に見えて明らかだった。


シドニアもワネットも、マリルリンデへ【偽りのゴルサ】についてを語る時、随分とショックを受けていた彼女を目の当たりにしている。



――クアンタはこれまで、フォーリナーという存在が行ってきた侵略の意味を、しっかりと理解していなかったのだ。

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