神霊-01
ラルタ海域に存在する、レアルタ皇国とラドンナ王国の領海線近く。
そこは岩場等が多く点在する海域であるからして、座礁や衝突等を懸念し、通常は漁港などが近付く事はない場所である。
クアンタ達――イルメールが所有するクルージングボートにて訪れた面々がいる場所も、海面から複数の岩場が顔を出しており、通常この近くに船を近づけようとするはずもない。
だが、船舶は岩場の一つに思い切り船首の方から衝突し、形をへこませている。
変形した船首の近くに膝と手を付き、ガックリと項垂れるイルメール。
「ルラルナァアアア――ッ!!」
ちなみにルラルナはこのクルージングボートの名前らしい。
「大丈夫だよぉイル姉さま。沈まなきゃセーフっ」
「何がセーフだドアホッ!! 船の操縦はオレの数少ない趣味だぞ!? オメェに魔改造されたヤツじャ怖ェから自腹で買った船なのにブッ壊しやがッてッ!!」
「後で直すってばぁ」
「いいやオメェには任せねェ! 後でアルハットに設計図と小遣い渡して直して貰うッ!! もしくは業者に送るッ!!」
「なんでさぁ業者なんかに送ったらお金勿体ないじゃーん。アルちゃんより私の方が船は知ってるよぉ? 私に任せて、そろそろ観念して飛行機能付けよ? ね?」
「だァからオメェに任せたくないッつッてンじャねェかッ!!」
正直船の損傷より、カルファスとのやり取りで苛立ち船の甲板にて地団駄を踏むイルメールの足によって破壊されそうな状況を端目に、ヤエがアルハットの取り出した霊子端末に表示された海図の拡大情報を見て、タッチペンを付けた。
「この辺だな」
「この辺……岩場の密集している中央部分ね?」
岩場は隆起するように海から顔を出しているが、それが幾つも集中して起こっている場所が現在いる場所だ。その中央部となると船では行けず、泳いで向かうしかない。
「海底に本来トンネルがあるんだが、現在はトンネルの入り口は自然に密集した岩等によって閉じられてしまっている。それを破壊すれば中に入れる」
「……となると、もしかして」
「入り口の岩を破壊すると、海水によって勢いよくトンネル内に流されていく。同じく流されてくる岩や海底のゴミが襲い掛かってくることが予想される為、それに対処するのが第一関門だな」
「第一関門……という事は第二、第三の関門がある、という事?」
「察しが良い。トンネルの長さはかなりあるが、酸素ボンベの方は大丈夫か?」
「どの位の時間流されるか、にもよるけれど」
「んー、十五分から二十分位だな」
「……それ位なら、問題無いかな」
しかし、とアルハットは地図を見据える。
現在はイルメール領の領海内とはいえ、海底トンネルがどの方向に進んでいるかにもよるが、一応仮想敵国に想定されてしまっているラドンナ王国の領土内へと流されてしまった場合、一応領土侵攻という扱いをされてしまう可能性だってある。海底トンネルを抜けた先にある、人類が未だ到達していない筈の【源の泉】がある場所とはいえ、そうした懸念はするべきであろう。
「その辺は心配するな」
「どういう事?」
「行けば分かる」
相変わらず重要な事は何ひとつ言わない彼女にため息をつきながら、未だ言い争うカルファスとイルメールへ近付く。
「じゃあいいよ言わせてイル姉さま! どうして飛行機能いらないの!?」
「海をカッ飛ばしたい筈なのに空カッ飛ばす理由ねェだろうが!?」
「海も空も青いじゃんどっちも変わんないよっ!」
「変わるよッ!? オレ基本的に馬鹿だけどそこは譲らねェからな!? オレは海が好きなのッ! 空には別に今ン所興味ねェの! ていうかそもそも船にその機能付けるんじャなくて別の魔導機開発すりャいいじャねェか!」
「それリュナスに特許取られたんだもん……ッ!! あの利権大国……ッ!!」
「あの、姉さま方、そろそろ」
アルハットが間に入る事で、二者が言い争いを止める。
「アルハット……後で船直してくれ……設計図は今ねェケド……」
「あー……後で霊子移動で停泊所に持って行き、その後修理をしましょう。カルファス姉さまが触らないようにだけ注意します」
「アルちゃんまで何でお姉ちゃんに冷たいのーっ!?」
「自業自得です姉さま。さぁ、既にリンナとクアンタは準備をしていますよ」
「ちぇー……」
イルメールとカルファスに酸素ボンベと大きめのゴーグルを手渡す。本来であれば本格的な深水用装備を装着するのが得策ではあるが、この面々の場合は海底トンネルで動きを抑制しやすい深水用装備は好ましくない。
リンナへの酸素ボンベ取り付けを行ったクアンタは、ゴーグルを装着。元々呼吸が必要ではないクアンタにも一応予備の酸素ボンベを渡し、背負わせている。
「んしょ……っと、こんな感じかな、クアンタ」
「問題無いだろう。私とお師匠は準備完了だが、神さま、私たちはまだ変身しない方がいいのか?」
「ああ。クアンタの外装もリンナさんの聖道衣も、水中駆動には向かないからな。クアンタはいざという時に変身し、リンナさんを守れ」
「? 神さま、せーどーいって何?」
「リンナさんが変身してる時に着ている服ですよ」
「あー、あの白と赤の……そういえば、なんでアタシ変身すると黒髪になるんだろ?」
確かにリンナとクアンタは変身した方が身体機能は上がるが、しかし海中となると勝手が違う。それならば動きやすく魔術外装処理の施された水着での方が、生存率は上がる筈だとした。
「じゃあ、クアンタちゃんとリンナちゃんは、コレを首に巻いて。使い物になるかは分かんないけど」
カルファスがリンナとクアンタに手渡したのは、首元に巻くチョーカーだが、若干の厚みがある。
「コレは、通信機か?」
「うん、声帯から出されてる声の振動を電気信号に変換して脳に直接伝える脳伝導式だね。人の声以外は遮断する仕組みだけど、流石に海水の流れが早すぎると誤動作は起こしちゃうかも」
「んしょ……」
首に装着した通信機の感覚に僅かながら慣れないリンナ。そこで今まで手に持っていたマジカリング・デバイスを、クアンタに渡す。
「クアンタ、コレ持っててくれない? 流石に流されちゃいそう」
「了解」
リンナのマジカリング・デバイスを受け取り、胸元へ仕舞い込むように押し込むと、それはトプンと彼女の身体へと入っていく。クアンタの流体金属で構成されている身体に収納されているので、海水の勢いによって流されることは無いだろう。
「よし。全員、問題無いな」
装備の確認をして回るアルハット以外が頷き、時間差でアルハットも頷いた事を確認して、ヤエが先導して海中へと飛び込んだ。
他の面々は酸素ボンベを背負っている関係上、船の端に腰かけながら、背中から海中へと潜り込む。
全員の潜水が確認、中でも先ほど泳ぐ練習をしていたクアンタは大丈夫か、とアルハットとリンナが視線を向けるが、彼女も問題無く海中内でグッと親指を立てた。
『全員、聞こえるか?』
ヤエが首元の通信機に声を吹きかけると、全員の脳に直接声が届けられる。
頷いた事を確認して、ヤエは解説を続けた。
『アルハット、地図のデータは頭に叩き込んでいるな。イルメールを連れて先導し、イルメールが入り口を塞いでる岩を破壊しろ』
『イルメールは負傷しているが』
クアンタが声を挟むと、ヤエは首を横に。
『海中の抵抗がある中で一番動けるのは、水中での訓練に長けたイルメールしかいない。アルハットの錬成もカルファスの魔術も、海中では上手く作用しないからな』
例えばカルファスの魔術も、水中で全く作用しないというわけではないが、水中での魔術師用の場合、地上での魔術使用を想定した短縮設定が使用できず、詠唱魔術の使用をしなければならないが、詠唱魔術は使用に時間がかかるうえ、現在の海中ではなかなかに難しい。
そして錬金術においても物質変換を行う技能としてアルハットは天才と言っても良いが、その力量故に触れている海中の認識をしてしまい、錬成に海水を混合してしまう可能性が高い。さらにアルハットが得意とする水銀錬成も同様に、流れの速い海水内では流されてしまう可能性も考慮しなければならない。
更にはクアンタはリンナを守らねばならないし、リンナは水中駆動に向いていない。
以上の理由から、水中で動くとすると、まずはイルメール、次点でリンナをアルハットかカルファスに任せた上でのクアンタが、なるべく他の面々の安全を確保しなければならない。
『ならイルメールが海中を先導しろ。私は後方の守りに着く』
『オーライ。可愛い妹達とリンナに傷付けたらオメェをブッ壊すからなクアンタ』
『イルメールこそな』
アルハットがイルメールを連れて向かった先、指定されていた岩場と海底の間に、砂や岩場とは異なる、何やら色の異なる岩石が集結した、壁のような場所が見えた。
イルメールがその壁に軽く触れると共に、耳を当てる。
『イル姉さま、どう?』
『あー……僅かに海水が岩の向こう側に流れてるみてェな音が聞こえる。風の音も僅かに聞こえるから、向こうは空洞だな』
『という事は、あまり向こう側に海水は流れておらず、この岩場を壊したら、予想通り』
『ごぼーっ、と海水ごとトンネル内に流されていくぞ』
『それってさぁ、壁は遠隔で壊して海水が満たされるの待って、後々優雅に泳いでいくってのじゃダメなの?』
『ダメではないが、海水の流れに乗って行かないと移動距離的に三時間弱かかるぞ。それほど酸素ボンベが続くか?』
『え、ちょっと待って。という事は海水の流れメチャクチャ速くない? 本来は三時間弱かかる所を十五分から二十分位で到着できちゃうって事でしょ?』
『だから関門なんだよ。ホレ、イルメールさっさと壁を壊せ。そんでもって他の奴らは対ショック体勢な』
『はい――よおおっ!!』
海底に足を置き、海底トンネルを塞ぐ岩盤に右手の拳を突きつける様にしたイルメール。
目を閉じて、酸素ボンベから空気を吸い込み――力をただ闇雲に叩き込むのではなく、岩盤の脆い部分に力を注ぎ込む事で破壊する打突が、岩盤をガラリと破壊したが――結果として、海底トンネルに一同が穴へと飛び込んでいくように、吸い込まれる。




