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菊谷ヤエのドキドキ! 源の泉・探検ツアー(ポロリもあるよ)-09

 髪の毛をガシガシと乱雑にかき乱し、苛立ちをぶつけるようにしたアメリア。そんな彼女の姿にビクビクとしながら (早く帰ってこいクアンタ、リンナさん……)と心の中で祈るサーニス。


 カップに紅茶を注ぎ直すと、アメリアはそれをあおるように飲み、深く息を吐いた事で、ようやく落ち着いたようだ。



「……すまんの、取り乱してもうたわ」


「いえ、問題ありません」


「では話題を変えて、仕事に戻るとするかの。……ルワンの亡骸はどうじゃ?」


「近日中に火葬を済ます事が出来るように進め、現在の遺体は領営病院の安置所にて保管がなされております。また収容施設にて押収しておりました遺品は、遺族であるシドニア様へ渡るように手続きを済ませると共に、魔術的なトラップなどが無いか、精密検査も行っております」


「……そうか。ささやかでも、葬儀が出来ればよかったのじゃがな」


「仕方ありません。ルワン様はシドニア様誘拐という判決を下されておられました。彼女の葬儀を行うには、様々な障害がありますから」


「分かってはおるが、あまり気分の良い事ではない……やり切れんのぉ」


「ええ、自分も同じ意見でございます」



 少々暗い話題となってしまったと、気分を切り替える為に「では次じゃ」と別の案件についてを、サーニスに尋ねる。



「リンナ刀工鍛冶場周辺の様子はどうじゃ?」


「黒子を十二名、そして皇国軍人を三名で警戒に当たらせておりますが、現時点で問題は無いと報告を受けております。また女性調査員を派遣し、室内調査も行わせて頂きましたが、特に荒らされた形跡なども無いそうです」


「なるほどの。ならばリンナ達は帰宅しても問題はなさそうじゃな」


「元より五災刃の目的は、直接リンナさんへの襲撃ではなく、アメリア様を含めた皇族の方々と思われますし、問題は無いかと」


「では次に、ガルラ氏の打った業物についてじゃな」


「こちらに資料をまとめております」



 ガルラ――リンナの義父である刀匠が生前に打った業物の刀は現在皇族が預かり、国宝指定文化財として各領土の美術品展示を行っている。


先日まではアルハット領領営美術館にて展示されていたが、昨夜からシドニア領に輸送され、本日からシドニア領首都・ミルガスに存在する、レアルタ皇国国立美術館へと展示を移されている筈だ。



「シドニア領の収益に繋がろうがどうでも良いが、流石にアルハット領と比べると収益は落ちるのぉ」


「ええ、アルハット領の場合は自領土の玉鋼が用いられているという謳い文句で客を呼べますが、シドニア領の場合は美術的価値があるという点を除けば、多く集客を望める程、刀というのは主流な題材ではありませんので」


「まぁ別に良いのじゃがな。リンナを指定文化保護機関の刀匠として権威付ける為の意味合いが強いでのぉ」



 元々リンナは各皇族の皇居に来賓として呼ばれるようなネームバリューは持たない。だが彼女に多くの刀を作らせる為の便宜を図る事や、彼女の護衛を多く付ける事の理由付けとして、刀匠・ガルラの刀を国宝指定文化財にしていた。


国宝展示による集客・収益はあくまでついでであり、実際にアルハット領における収益はかなり大きなものとなったのであれば、シドニア領で少々数字が低くとも問題はない。



「では次――というより、本題じゃ。コレはアルハットとカルファスも交えて議論したいが、その前準備に主と意見を交わすのも良かろうて」


「【聖堂教会】……ですね。資料をまとめておりますが、あまり大した内容はありませんね」


「……そうじゃろうな。マリルリンデの言葉が正しければ、先代以前の皇族共が色々と証拠隠滅をしておる筈じゃ」



 聖堂教会。約二百年ほど前から乱立していた宗教団体の保護を目的として設立された管理組織で、主流の宗教から枝分かれした宗派までもを含めると、約三百にも亘る数の宗教を一括管理していたとされる。



「吾輩の祖父であるヴィルム・アメリアが八十年前……正確に言えば七十六年前に解体を図った組織じゃな。名前と存在は吾輩も知っておる」


「何故、解体に至ったのでしょう?」


「簡単な話じゃ。祖父は大の宗教嫌いでのぉ。ちなみに吾輩も嫌いじゃ」


「それはまた、何故でございましょう?」


「宗教なんぞ麻薬と一緒じゃ。個々で適当に信じる神がおるのは一向に構わんが、それに金や御心を投げる理由がどこにあるというんじゃ」


「神は決して、そうした金銭や信仰によって動きはしないと?」


「それは【神】が何か、という所から論じねばならんが、まぁ意思の伴う神という事ならば分からんでもない。じゃがもし、意思や思考が伴わぬのなら、一人ひとりの問題に介入などせんであろうし、金や信仰等と言った俗物的なモノで動くはずもないじゃろう」


「お布施などによって動く神は、そもそも俗物的だと」


「少なくとも吾輩はそう考えるぞ」



 少し脱線した会話の最中も、アメリアは資料を読む手は止めないが、聖堂教会についてはサーニスの言うように、あまり大した内容は資料として残されていない。


せいぜいが、聖堂教会によって束ねられていた宗教団体のリストと、その聖堂教会の創設と出資を行った家系が『バーンシュタイン家』であるという事位である。当然、姫巫女についての情報は無い。



「そう言えばサーニス、主は菊谷ヤエと話した事は無かったのぉ」


「話には伺っておりますし、カルファス領でリンナさんが初めてマホーショージョにヘンシンした際と、先日の収容施設でクアンタに新型デバイスを投げ渡している所は見ておりますが、本当に彼女が神であるとは……とても」


「とはいえ、確かに神と宣っても申し分ない力と技術、知識は持っておる。シドニアとイルメールが二人がかりで襲い掛かり、それでも幼子のようにあしらわれておった上、物質変換無しに空気からゲレス細工の灰皿を作り出す等と言った、アルハットもビックリの法外な力を見せつけてくれおった」


「……イルメール様が幼子のように、ですか。それならば、確かに神の如き力量と言っても申し分ないかと」



 災滅の魔法少女・リンナへと初めて変身した戦いで、サーニスは初めて菊谷ヤエの姿を見たが、彼女の戦闘は目にしていない。


五人の皇族とヤエが初めて邂逅した際は、リンナ刀工鍛冶場で二度目のちゃぶ台会議がサーニスを除いて行われており、面識も会話も無いのだ。


サーニスからすれば、ヤエの印象として『いきなり現れてくる人物』というぼんやりとした印象は抜けきらない。



「奴も言うとったが、もし神が感情や思考を有しておったとしても、いちいち人間を助ける筈も無かろう」


「……申し訳ありません、自分の拙い頭では、何故そうした神が人を救わないのか、それが理解できないのですが」



 確かに神に意思や思考が伴わぬのなら、金銭や信仰によって一人ひとりを救い賜る筈もない、という理屈は分からないでもない。


だが、もし神に意思があるとすれば、人間という存在を愛し、それに介入しようとする考えが伴っても良いと考えてしまうのだが、アメリアはそうでは無いと言う。



「簡単な事じゃ。人間自体が愚か者じゃから、神なんて存在がいちいち人間の危機に手を貸しておれば、いずれ人間は堕落し、進化が停滞する。例えば災い騒動が民衆に知られても『神のお導きがいずれ在る』と腑抜け、何も行動をしない愚か者も現れようて」



 人間という存在は、常に何かの不満や懸念を持ち得る。


故にそうした心の不安を取り除く手段として、確かに信仰・宗教というのは一種の救いであると、アメリアも理解している。


だがそれに傾倒し、自分自身で行動に起こす事すら忘れ、ただ祈る事しか出来なくなった人間も、アメリアは多く知っている。


だからこそ、アメリアは宗教が嫌いだし、もし神が人間を愛するのならば、神は人間に手を出してはならぬのだと、彼女は断言した。



「吾輩も、遺憾な事に現状の打破に繋がる一手を、菊谷ヤエが握っておるやもしれんと、内心期待してしまっておる。カルファスなんぞは奴の事を信用しておるのか何なのか、奴がガルラ氏についてを教えてくれるであろうとまで言うておる。……これは、神の救いを求める愚者としての行動じゃ」



 情報も進展も無いからと、神であるヤエの持つ情報をあてにするというのは、人間の持つ力で解決する事の否定であり、それは進化の停滞に繋がり得る。


である筈なのに、そうなれば良いと期待してしまうのは、人間の愚かしさ故か、それとも自然な事であるのか、そう考えると、嫌悪感が湧き出るのだと言う。



「その菊谷ヤエは、本当に神なのでしょうか? 神を騙る、しかし神の如き力を持つ人間という事は?」


「正確に言えば秩序を司る神霊と同化した元人間……という事らしいがの、まぁ主の言うように『自分を神と勘違いした神如き力を持つ一般人』という可能性は捨てきれんのぉ」


「元人間、ですか?」


「うむ。じゃがどうして元々人間であったあ奴が神となったのか……後は名の後に付ける『びぃ』というのがどういう意味なのか等、分からん所は多いが」



 そもそもヤエが今回の件に加担する理由は、災いに対する事が目的ではなく、マリルリンデという存在がいる限り、ヤエがクアンタにやらせたい目的を果たせないという理由らしい。


 だがそれも、どれだけ信じてよいかは分からない。嘘が無いかは見切ったつもりだが、言葉にしていない目的があった場合は、見抜こうにも見抜く事など出来まい。



――そしてそこで、アメリアはヤエが神についてを説明する時の「神というのは人々には視認できぬ存在だが、地球だけではなくゴルサという星にも存在する」という弁を思い出す。



 神そのものと言った存在を、聖堂教会という宗教団体の管理組織が認識していたのか、していなかったのか。


この世界における神が本当にいるのならば、ヤエと同様の存在……つまり、神と同化を果たした元・人間がこの世界で生まれ、暗躍している可能性もある。



――さらにそうした神が、必ずしも人類を愛し、人類に対して不干渉を貫くと、人類に対して牙を剥かぬ、という保証もない。



 もしそうした存在が現れた時――力無い人類は、どのように抗えばよいのだろう。



「……いかん、頭が凝り固まっておるの。こういう事はろくな情報も無く、下手に思考を回さぬ方が良いというに」


「少しお休みになられては?」


「そういう訳にもいかんじゃろうが……サーニス、他の仕事は?」


「現状、即時対応が必要な案件はありませんが」


「ならば、少しシドニアの所へと行くとしよう。……リンナ達がどこをほっつき歩いておるのか気になるしのぉ……っ」


「あ、はい。で、では馬車を用意いたします」



 未だに帰らぬリンナやクアンタ達に若干怒りつつも、ヒールをカツカツと鳴らしながら自室を後にするアメリアと、それに付き添いながら黒子たちに馬車を用意させるサーニス。



――リンナ達が、アメリアの好かぬ神であるヤエによって、既に問題へ巻き込まれているとも知らずに。

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