シドニア・ヴ・レ・レアルター05
リンナ刀工鍛冶場の朝は早い。
まだ日も登り切っていない時間、クアンタはまだ睡眠によって脳と身体の疲れを癒すリンナが隣で寝ている事を疑問にも思わず、彼女を起こさぬように起床し、枕元に備えていた彼女の父が打った遺作を掴み、庭へと出る。
ジャージの上だけを脱いで、薄手のシャツ一枚を着ているクアンタが、鞘に付けられた固定紐を腰に結び、備えた上で鯉口を切った。
「そう警戒される理由も無いのだがね」
「何者だ」
「私もまだ市民への認知度は低いという事かな。それより、そう鯉口を見せつけられては、剣士としてその魅力ある刀へ切り掛からねばならなくなるのだが」
「残念な事に、先日私とお師匠は命を狙われたのでな。早朝からアポイントメントも無く男の来訪というのは、警戒に値すべき事案ではないか」
「その通りだ。故に私は君へ切り掛からない」
「そこの馬車にいる男のレイピアは、私を突く隙を伺っているように思えるが」
クアンタは庭から見える馬車と、馬車より降り立ちリンナ宅の玄関口に歩もうとする男へと鯉口を切っていた。
男は白を基本色とした、随分と立派な洋服に身を包む、スラリとした好青年と言った風貌の男性。
その右目を覆う程に長く、サラリと風で揺らめく綺麗な金髪は煌びやかに輝いて、世の女性を魅了するであろうとは思うが、クアンタにはそうした美的感覚はなく、あくまで男か女か若いか年老いているかという判断の為にしか使わない。
そしてもう一人。馬車を引く馬に腰かけている男は、その金髪の青年とは異なり銀髪を全て逆立て、その丸眼鏡と端正な顔立ちを見せつける大男。
身長は二メートルはあろうかと目せるほどの長身、着込まれているのはフォーマルスーツにも似た黒の執事服で、その腰にはレイピアが備えられており、左手で持った彼を警戒するクアンタ。
だが、彼もその警戒に気付いていながらレイピアに手を添えたままなので、警戒はどうやらお互い様のようだ。
「サーニス」
「はっ」
サーニスと呼ばれた男は馬車より降り、馬の顔を一撫でしてから金髪の男より二歩ほど後ろで待機。手をレイピアから離し、ただ姿勢よく立つだけとなる。
「部下が失礼をした。話を聞いていただけないだろうか?」
「まず名を名乗れ」
「貴様」
クアンタの物言いに、サーニスが僅かに表情を引き締め、再びレイピアに手を添えそうになる所を、金髪の男が右手を上げて制する。邪魔をするなという意味だ。
「私は、シドニア・ヴ・レ・レアルタ。この名を聞いた事位はあるだろう?」
「名は聞き及んでいる。しかし私は風貌も知らんので、その名乗りが正しいかどうかを判断しかねる」
「随分と警戒されているね。ヴァルブはよほど君達へ粗相をしたようだ」
「その通り。――しかし、ヴァルブ・フォン・リエルティックが先日の件に関与していると知っているのは何故だ?」
「彼が所有している筈の旧式ゴルタナ三丁を装備していた浮浪者を捕らえた、という報告を警兵から頂いてね。状況証拠としてはヴァルブの関与が疑われる」
「確たる証拠はない、という事か」
「奴もただの愚か者ではない、という事でもある。これで少しは警戒を薄れさせる理由になるのではないか?」
彼――シドニアと名乗る男の言い分に、クアンタは特に反論はない。
無論彼がシドニアであるという証拠も無いのだが、警備兵士とリンナ、クアンタしか知らぬヴァルブの情報を知り得ていたり、旧式ゴルタナ三丁の情報を持ち得るとなれば、少なからず警兵組織に関わる事が出来、また風貌と馬車の様子から見てよほどの権力を持ち得るという判断は可能である。
刀を納め、深々と頭を下げる。
「無礼をお許しください。私はクアンタ、先日よりこのリンナ刀工鍛冶場にて、刀匠・リンナの弟子となりました」
「クアンタ――聞かぬ名だが、美しい名前じゃないか。頭をあげてくれ」
彼の要望通り、頭をあげる。シドニアは微笑みながらクアンタへと近づき、握手を求めていたのでその手を取る。
少しだけサーニスが表情をしかめさせたように見えるも、クアンタは気にする事なく取った手を繋げたまま問いかける。
「して、用向きは?」
「刀匠・リンナさんへお会いしたい。日中は何分多忙なもので、早朝でのお伺いになった事を心苦しく思っているのだが――それより、気付いているかな?」
「アレは、一体何でしょう」
「少し厄介な事が起こっている、という事だけ、今は知っておいてくれたまえ」
リンナ刀匠鍛冶場は首都・ミルガスの外れに位置する。
周りは木々で覆われており、特に日も登り切っていない現時点では、周りへの視認性が非常に悪いと言ってもよい。
――そんな暗闇に紛れるように、影の様な何かが揺らめき、動いたように見えた。
否、違う。
あれは、影そのものだ。
その形は人を模した物と目せるが、全身を視認できない黒で覆った謎の存在が、ゆらりゆらりと身体をだらけさせながら、歩み寄ってくる。
数は三。それらが全て、クアンタとシドニア、そしてサーニスを捉えているように、ゆっくりとこちらへ歩を進めている。
クアンタが柄に触れてまさに刃を抜き放とうとした瞬間。
シドニアが彼女を制すと同時に、サーニスが駆けた。




