進化-01
カルファス・ヴ・リ・レアルタの周りには、幼い頃から魔術という存在がついて回った。
父であるヴィンセント・ヴ・レアルタの魔術師としての血筋と錬金術師としての血筋、そして彼女の母であるカルファス・タミストの持つ最優良の魔術師としての才覚が、彼女に宿されていたと言っても過言ではないからだ。
ヴィンセントは魔術師と名乗れるほどの力量は無かったが、しかし最低限の教育過程で学び、また六世代に渡って開発のされてきた魔術回路を有していたし、タミストの魔術回路も同じく六世代目の優秀な魔術回路……つまり、六世代目と六世代目の間に生まれた、七世代目の子として生まれたカルファスは、品種改良として最も好例と言える魔術回路を有している事となる。
故に幼い頃から、周りは敵だらけだった。
カルファス……幼名はサナという彼女の魔術回路を摘出してそれを売りに出せば、おおよそひ孫の代まで遊んで暮らせるほどの大金を手にする事が出来る。
流浪の魔術師、元貴族の魔術師、時には死んでいても魔術回路さえ奪えれば構わないとした兵士あがりが襲い掛かってくる時もあった。
常に暗殺の危険性を鑑みなければならない皇族の中でも、彼女は最も危険と隣り合わせであったが、サナは独自に開発した戦闘用魔術システムリングを開発する事で、状況に応じた戦闘を可能とする自衛法を確立し、全ての敵を撃退……さらには、その魔術回路を摘出する魔術式を開発する事で、二度とそうした愚行を冒せなくなるようにしていた。
――そうした幼少期を過ごす中で、母であるカルファス・タミストは彼女等に一切かまける事は無かった。
――彼女は優秀な魔術師であったからこそ、マナの【源】を求める研究にだけ、没頭していたのだ。
「いい? サナ。魔術師というのは何時だって死と隣り合わせなのよ。それは皇族である貴女とて変わりは無いわ。
でも私は嬉しい。貴女ほどの優秀な魔術回路があれば、きっと【源】の存在を暴ける筈だもの。
ああ、なんて――なんて、羨ましい」
そう言った母の瞳は……今にして思えば、母が子に向ける目ではなかったと思う。
タミストは、子の持つ才能に嫉妬したのだ。
魔術師として大成したいと願った彼女は、しかし三十の齢を超えても、源の存在を証明する事が出来なかった。
魔術師の才覚は、おおよそ三十までに決まる。それ以降は技術の冴えがあっても、発展は望めない。むしろ肉体の老化と共に魔術回路も劣化していき、マナ貯蔵庫に蓄える事が出来るマナの総量も減っていく事は確実である。
タミストがおかしくなったのは、その頃からだ。
彼女は、次第に金へ執着しだした。
止める事の出来ない魔術師としての技術低下から、それまで技量で補っていた研究にかかる費用を、全て自前で払わなければならなくなったのだ。
だから彼女は、自らが率い、より良い生活を与えなければならない領民から得られる税金を、自分の懐にプールした。
それを糾弾する政治家たちにも金を分け、口を閉ざさせ、不正に得た金で魔術の研究に没頭する……。
そうした彼女の姿を見ていたサナは、気付いたのだ。
「この人に領土を任せていたら、きっとこのカルファス領はダメになる」と。
魔術師としての研究を手伝う傍らに、タミストが不正に手に入れた資金記録をつけ始めたサナ。
しかしそうしている内に、サナを狙う流浪の魔術師が日に日に増えていった。
全て撃退、もしくは殺し、彼らの魔術回路に刻まれた独自魔術の技術を吸収し……そうしている内に、気付いた。
今まで襲い掛かってきていた魔術師や兵士上がりの人間は、全員が元々カルファス・タミストに仕えていた、もしくは近しい人間であったと。
だがそれは、きっと偶然なんだと彼女は思いこんだ。
確かにタミストは、領民の税を懐に収める様な女だ。
だがだからと言って、自分の娘に手をかけるなんて事が、ある筈ない。
そう考えながら――けれどその疑いを晴らす事が出来ずにいた、その時。
妹であるアメリアがカルファス領に遊びに来た日の事。
アメリアはサナと遊ぶフリをしながら、不意に耳打ちをしてきたのだ。
まだ幼い者たちによる、内緒話程度にしか、周りは見ていなかった事だろうが、実の所は違う。
それは間違いなく、外交だった。
「のうサナ。主の母、随分と悪どい事をしておるようじゃが、大丈夫かえ?」
「大丈夫だよ。その内どうにかできるように今頑張ってるし」
「いやいやそっちじゃないぞ。――ホレ」
アメリアが懐から取り出した、複数枚の写真。
それは、サナが開発して販売し、タミストの研究資金に充てていた魔導式カメラによって撮影されたものであった。
――今まで、サナへと襲い掛かってきた魔術師との、契約記録が記されていた写真。
――サナを殺して魔術回路をタミストに譲った者に与えられる、その膨大な懸賞金の額。
「可哀想な姉じゃ事。お主は実の母親に殺されるために生まれたのかえ? それとも、その魔術回路を提供する為だけに生まれたのかえ? 滑稽じゃのぉ、実に滑稽じゃ。
いやしかし、あのタミストという女、本当に屑じゃのう。自らにその才覚が無かったからと言って、実娘の魔術回路を自分に移植して、その才覚を自らの物にせしめんとはな!
吾輩はそれなりに好ましいと思うぞ。その強欲っぷりは、なかなか発揮する事なぞ出来ん。大抵の者は自らの娘を愛してしまうものじゃと思うが、そうした肉親の情すらなく、自分の子ですら使い捨ての道具にするなんてのぉ!」
耳元でカカカと高笑いするアメリアの声が、初めて煩いと感じる程に、サナは動揺していた。
当時、サナは十六歳、アメリアは十四歳の頃である。
多感な年頃の今、下手に行動をするべきではないけれど、こうした記録が出てきてしまえば、それをネタに行動する事も出来る。しかしこの情報を出してきたのはアメリアで、アメリアはカルファス領との非同盟領である。故にその情報を過信するわけにはいかない。
――そんな冷静さと思考を、全て砕けさせるほどに。
「のう、サナ――否、カルファス。イルメール領には男ばかりで女が足りとらん肉体労働者施設があってのぉ。所謂穴に飢えとる奴らのねぐらじゃ。そこにタミストをぶち込むというのは、どうじゃ」
アメリアの提案は、実に愉悦を感じさせるものだった。
――その翌年。幼名・サナは、カルファス・ヴ・リ・レアルタとなった。
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馬車に乗り込んでカルファス領皇居へと向かう、アルハット、リンナ、クアンタの間に、会話は無い。
リンナはカルファス・ファルム魔術学院を出てから、ずっと窓の外から見える景色を眺めているが、その表情は怒りに充ちていた。
「……で、なんでカルファス領皇居に行くのさ。アタシとクアンタ、帰りたいんだけど」
「それは出来ないわ。今後の災い対策には、第四世代型ゴルタナや、4.5世代型の研究が必須だもの。
リンナ、機嫌を直して、少しカルファス姉さまとお話をして頂戴。勿論、貴女の怒りは理解できるけれど、しかしカルファス姉さまのような魔術師と、リンナのような一般人には、そもそも認識のズレが存在するの」
「ズレ? ズレって何さ。確かにそう言う研究だとか、尋問だとか、必要だとは思うし、魔術師であるカルファス様がさ、災いっていう未知の存在をより深く知って、敵対する奴らを調べようとするのは当然だと、分かってる。分かってるよ。
でも――アレは違う、アレはそう言うんじゃない。拷問でも尋問でも、研究でもなく、ただあの人の知的好奇心を満たすためだけの、自己満足でしかない。
それを許しちゃったら、いつか同じような存在であるクアンタに対して、あの子と同じような事をしようとするかもしれない。それを認めなきゃいけなくなっちゃうじゃん。そんな事、アタシには出来ない」




