スーリ
大旦那様とニールさんがスーリを刈り取ってきてからの別棟は研究室となった。
アサシーは大旦那様、大奥様、ミナさんの担当。
大旦那様は午前中は騎士団の稽古があるため昼前に別棟にいらっしゃる。
大奥様とミナさんは大旦那様がいらっしゃる時間に合わせているようでお昼ご飯を持って来てくださる。
その後2、3時間白いアサシーを作って帰られる。
まだスーリの『のり』が出来上がっていないので1日にできる白いアサシーが少なくても問題はない。
問題はニールさん、カーラさん、私が携わっているスーリの『のり』の方だ。
スーリは葉が細長く春に花が咲く。
初め、ニールさんに騎士団で使っている物を作ってもらった。
球根を使い洗って切って潰す。スーリを触ると粘りが出ていた。
「粘りがありますね」
カーラさんが指先でスーリを触り感触を確かめる。
「球根の皮を剥いてみます」
ニールさんが作ったものは皮付きだったので茶色が所々みえる。皮を剥いていくと中身は白く皮を剥いている間にも粘りが出てきた。
私達は白いアサシーと白いスーリの球根を使って植物紙を作る作業を始めた。
切って潰したスーリの粘りだけを取り出す作業はとても効率が悪い。騎士団のように潰したものまで一緒に使えばいいのだろうけれど植物紙には使えない。
愛佳の世界の大根おろしを作るようにスーリをおろせばどうかと思ったけれど『おろす』という概念がないようでおろし器が無かった。おろし器を作ろうにも愛佳には詳しい事はわからない。
何度も何度も作るけれど使えるものが出来ない。
ニールさん、カーラさん、私は研究室に閉じこもる研究者となってしまった。
大旦那様が騎士団の訓練の中にアサシーの刈り取りとスーリの収穫を入れたため充分な量が確保出来ている。
シュミット様はアサシーとスーリの群生地の保護と育てるための畑を作った。植物紙への期待が伺える。
私達はスーリを刻んだり、煮たり、潰したり、蒸したり、と思いつく作業を次々と行う。
水も工夫した。薬草を入れたり(色がついたので使えない)鉱石を入れたり。
そして夏から秋になる頃にスーリの『のり』が出来た。
「出来た」
私は思わず呟いてため息を吐いた。
「出来たの」
「やったな」
カーラさんとニールさんが私のところへきて『のり』を触っている。
「長かったわね」カーラ
「ほんとうに」アイカ
「あぁ」ニール
三人で顔を見合わせ肩を抱き合い喜んだ。
「やったわ」カーラ
「あぁ」ニール
「うん、うっぐ、うっうっ、うっぐ」アイカ
私は嬉しくて泣けてきた。
「もう、アイカったら」
カーラさんが言いながら鼻をすすっている。
「よく頑張った」
ニールさんが私とカーラさんの頭を撫でた。
「ふふふ」
なんだか笑ってしまう。
『のり』はスーリを蒸してすり潰す。それを沸騰していた湯の中にいれる。沸騰したままでは固まってしまうので火から下ろすことが重要になる。
『のり』を作っていく中でアサシーも何度も試していた。茹でる時間、切る長さ、太さ、試行錯誤の末適切なものができた。
次はアサシーとスーリの『のり』を混ぜていく。
硬く固まってしまったり、薄くなりすぎて破れてしまったり、固まらないものもあった。
あと少しで出来ると思うと意識も上がる。昼御飯も食べずに作業をしていると
「病気になってしまうわよ」
大奥様がミナさんとバスケットを持って部屋に入ってこられた。
「ありがとうございます」
バスケットを受け取る。
「今日は大旦那様はいらっしゃらないのですか」
「今、お客様がいらしているのよ。シュミットと三人で話をしていたわ」
テーブルの上に昼食を出して皆んなで頂く。今では全員でテーブルを囲んで食事をする事に違和感がない。
慣れてしまった。
「ミナ」
大奥様がミナさんに声をかけるとミナさんが木の器を取り出した。
「これって…茹でシロフ…ですか」
大奥様を見る。
「そうよ」
「なぜ?」(何故ここにあるのですか。秘匿していたはず)
「シュミットからの差し入れよ。頑張っている貴方へね」
「ありがとうございます」
ニールさんを見るとニールさんも驚いていた。ニールさんはシュミット様とガイト村は来ていたので茹でシロフを食べた事がある。秘匿という事も知っている。
ニールさんが頷いたので私は茹でシロフを手に取った。
「アイカ、それが何か知っているの?」
茹でシロフを覗き込んでいたカーラさんに聞かれる。
「私の村で食べていたものです。殻を割って食べます」
殻を割り中の身を取り出して口に入れる。
「美味しい」
ニールさん、カーラさんも食べ始める。
「美味しいわね。少し塩味がするのね。初めて食べたわ」
カーラさんが美味しそうに咀嚼する。
「ミナ、私達も頂きましょう」
「はい」
「大奥様は召し上がられた事があるのですか」
カーラさんの言葉に
「トニカートがお土産によく持ってきたのよ」
大奥様が嬉しそうに答えた。
「懐かしいわね。あの子ったらお土産って言いながら自分で食べていたわ」
「そうですね。大旦那様と旦那様と三人でつまみにしてお酒を飲んでいらっしゃいましたね」
大奥様やミナさんが懐かしそうに話す。
植物紙の作業を別棟でするようになってから大奥様はトニカート様の話を良くするようになった。
大奥様に初めて会った頃のようなトニカート様の事を嘆き悲しみながら話すのではなく、思い出を懐かしそうに慈しむように話される。
トニカート様の死を乗り越えたんだろうと大旦那様は仰った。
大奥様の話を聞いて涙が出そうになり胸が痛くなる私はどうだろうか。