どんと行け
次の日、朝早くシュミットは護衛二人を連れ、騎馬でヤマニーラ領へ向かった。昨日の夜にはガイト村のトニカート宛にヤマニーラ領都へ来るように手紙をしたためた。
兎に角早くレースを持ち出した犯人を探して、トニカートに会わなければ。
10日かかる馬車での移動を7日で終わらせた。
屋敷に着いて先に連絡していた執事にレースが漏れた件を問う。レース部門の長は40歳ぐらいの未亡人のキーラ。連絡を受けてから確認した所レース部門を立ち上げて一週間で辞めた娘がいた。
その後調べてみると、ヤマニーラ領の古参の商会からの紹介状を持っており、急いで人を探していた為雇い入れた。身辺調査が甘くなっていた。
古参の商会も王都の取引先から頼まれ、その取引先はシルキート公爵の派閥の子爵からの紹介とわかった。
今迄、マーク商会でシロフ関係の物を扱ってきたが余りにも膨大な量になったため、他のヤマニーラ領の商会も取り扱い始めた所だった。
「やはり新作の扱いはマークの所に頼むほうがいいな」
シュミットは古参の商会の商会長を呼び出した。
古参の商会の商会長は顔を青くして頭を床に擦り付けて謝罪をしてきたが、古参の商会とはいえ他家に漏らせば取引停止との契約書がある。他の商会との関連もあり簡単に許す事は出来ない。
結果、この商会とのシロフ関係の取引は中止になった。
商会長は大商いの機会を無くして項垂れていたが今後も期待できるヤマニーラ領全ての取引停止にならなかっただけでも良かったと言っていたらしい。
執務室のソファにシュミットとトニカートが座って調査報告を聞いている。
「これで、他の商会も気を引き締めてくれるといいんだかな」
「そうですね。マーク商会がこちらの意を汲んだ働きをしてくれるので他の商会も当然大丈夫だと思っていたのでしょう。緩みが出てしまった」
「あぁ」
「これからレースはどうしますか」
「このままだ。いずれは模倣品が出るとは思っていた。かなり早かったが。しかし、かぎ針が流出したのは痛かった」
シュミットは気持ちを落ち着けるようにお茶を飲む。
「細い糸の繊細なレースを模倣するのは時間がかかるだろうからそれまでにヤマニーラのかぎ針レースを周知させる」
「はい」
トニカートは頷く。
「それで、お前の方はどうなった?
あれから一月たったのだ。何も変わらずとは言わないよな」
シュミットはニヤニヤして弟を見る。
「あぁ、えぇ」
はっきりしない弟にイラついてしまう。
「まさか、まだなのか」
「違います。春のガイト村の村結婚式で式をあげたいので許可をお願いします」
トニカートが勢いよく立ち上がり頭を下げた。その衝撃で紅茶の入ったカップがカチカチ音を立てている。
「落ち着けトニカート。とりあえず座れ」
顔の赤いトニカートが椅子に座る。
「初めから教えてくれるか」
…一月前…
シュミットがレース編み漏洩の件で王都から戻るとトニカートはたまたま屋敷にいたため執事やキーラと共にレースを漏らした犯人の捜索をしていた。
報告を受けたシュミットはトニカートに舞踏会での出来事を話した。
「ルイーズはまだ独り身だったのですね」
「もう、23歳だ。貴族それも公爵家では行き遅れと言われてしまう。噂を流して、ヤマニーラ家が断れないようにしようとしたんだろう。安易な考えだ」
「ルイーズの性格が『あれ』だとしても公爵家なら婚約の話はあるのでは」
「あるにはあるが、ルイーズが気に入らず断っているらしい。容姿や体型や年齢がな。何人かは公爵家に相応しい人もいたようだが」
「それで私ですか。勘弁して下さい」
「お前が早くアイカと婚約してしまえば良い事だ。アイカが成人した時に話し合ったよな。あれから半年は経っている。それに、王都に行く前にもこの話はしたぞ」
「そうなんですが」
「お前、仕事は出来るし薬師の腕もあるのになんでそんなに……」
兄に可哀想な目で見られるトニカート。
「でもまあいい。王都ではトニカートが貴族籍を抜けてアイカと婚約した事になっているから安心しろ」
「それはそれで…。嘘ですし」
「少し話が前後しただけだ。レースの件はこちらでやっておくからお前はガイト村に帰り、アイカと話せ」
「わかりました」
「男ならどんと行け。良い連絡を待っている」