兄弟
「今年のシロフの出来はどうだ」
ヤマニーラ伯爵家の次男トニカートの部屋で二人の男がソファに座り向かい合っていた。
テーブルにはワイングラスと軽食が置かれ、その一画には茹でシロフがある。
茹でシロフは庶民の食べ物として出回っているけれど、この二人、ヤマニーラ伯爵嫡男シュミットと次男トニカートは茹でシロフを好んで食べている。
「実験が上手く行きました。今年は2割増の収穫になる予定です」
「枝を剪定したものか」
シュミットは茹でシロフを口にしてワインを飲む。
「そうです。木を大きくしてはダメでしたね」
今迄はシロフの種を撒いていたが収穫を増やす方法を試行錯誤していた。
収穫の終わった木は今迄は刈り取って薪としていた。
今回実験として、一つの畑は収穫後今まで通りに、もう一つの違う畑は剪定をし、あと一つはそのままにした。
今、実を付け出したシロフは剪定をした木が種を撒いたものよりも大きく、実も多くつけた。
収穫後そのままの木は一番大きくなったが、実が少ない。全く付いていない木もあるほどだ。
「これからは剪定した木を増やしてみます。この木が何年実をつけるかも調べたいですね」
「順調だな」
シュミットは弟がやっているシロフ事業はまだまだ伸びると思っている。
「そういえば、アイカが結婚式の時にまた何か作ったそうだな」
「はい、新婦のベールにするためのレースと布で作った飾りですね」
「レースとはまたよく思いついたな」
「そうですね。サーランでさえレースは作れなくて、我が国は東国からの貴重なレースしかありませんでしたから」
サイライト王国でレースが使えるのは王族か高位の貴族だ。それほど貴重で高価だ。
今回のアイカ達の作ったレースは品質は東国のレースに比べれば悪い。基準を作ったら半分もいかないだろう。
それでも、ガイト村のレースは人気が出るだろう。
それだけ珍しく綺麗で目を引く。
「今、シロフ布服飾部門の者達が作っているよ。どんどん新しい柄が出来ているそうだ」
「そうですか。いつから売り出しますか」
「最初はセリーナだろう」
「あぁ、そうですね。王家に献上しないとセリーナだけでなく、王妃様にも叱られそうです」
「王宮の始まりの舞踏会がだんだんと新作発表会のようになってきたな」
「そうですね。そうすると母上や義姉上も…」
「はぁ、頼む」
シュミットはため息を吐きワインを注ぐ。
「今回もアイカだな」
「そうです。でも、まぁ、他の御婦人達がすぐに改良しましたけれどね」
「服飾部門で借りた時に見せてもらったけれど、あの棒、先に糸を掛けるようになっている所が、ちょっとの事だけれど、凄いな」
「そうですね」
シュミットが茹でシロフを食べる。
「それで、どうするんだ」
トニカートを見ながらニヤニヤしている。
「アイカは成人したぞ」
「わかってますよ」
トニカートは兄を睨み、ため息を吐く。
トニカートは一年ほど前に自分の気持ちに気がついた。アイカを好ましく思っている事を。
12も年下でまだ成人もしていない。その上自分は次男とはいえ貴族だ。
何ヶ月も悩んだ末に兄に相談した。
意外な事に兄は反対しなかった。
「お前達を見ていればお互い好意を持っているなんてわかっていたからな。ノイドやライラも知ってるぞ。それで、どうするんだ」
驚いた。皆がわかっていたとは思わなかった。
自分自身でさえ『アイカの婚約の話』をノイドから聞くまで気持ちがわからなかったのに。
あれっ
ノイドは私の気持ちを知っていた?『アイカの婚約の話』は…わざわざ聞かせたっていう事か。
うわぁ。
『アイカの婚約の話』とは、アイカの成人が近くなってきたからなのかアイカの父、トーマスにアイカとの婚姻を申し込んでくる者が何人かいる。アイカか断って欲しいと言うがどうしたらいいか。とノイドに相談があった。というものだ。
アイカの仕事の都合もあるからとトーマスはノイドの所に相談にきた。おそらくトーマスも二人の気持ちがわかっていたのだろう。傍目から見ても二人は想いあっているとわかる、たが、トニカートは貴族。どうしたら良いかわからなくなり、結果、ノイドに相談となったらしい。
トニカートは自分の気持ちを自覚した。他の男がアイカと婚姻をする事など許容出来ない。
兄から父や母、ヤマニーラ伯爵家の家族が皆反対していないと聞いて安堵する。
『但し、アイカと婚姻をするならば貴族籍からは抜けないといけない』
と言われた。
家族の交流が無くなるのではなく、アイカを貴族に嫁がせるとアイカの負担が大きいからだ。
トニカートはヤマニーラ伯爵家事業シロフ部門統括になる。
トニカートからすれば今迄通りで、貴族の役割が無くなるので願ってもない事だ。
薬師の仕事をする時間も出来るだろう。
その後兄と相談という策略を話し合う。
ノイドとライラに話をして味方にする。
アイカの両親トーマスとナタリーにアイカと婚姻したい事、他の人からの婚約話を断ってもらうように話す。
アイカの成人までは今迄通りにする事も決めた。
そうして一年が経つ。