驚いた
「お母さんは機織りが村一番なの」
キラナちゃんの言葉に皆、固まった。
「私はね、糸を紡ぐ事が出来るの」
キラナちゃんが胸を張って言う。こんな爆弾発言でなければとても微笑ましい仕草だ。
「あ、あの、家事はもちろんですが、読み書き計算も出来ます」
モリーナさんが慌てている。
「キラナ、機織りや糸紡ぎはサラーナではない他の土地では役に立たないのよ」
モリーナさんがキラナちゃんに言い聞かせているが僕達はそれどころではない。
「モリーナさん、布が織れるのですか」
ライドさんがモリーナさんの手を握って聞く。
「はい。私達のいた村はサーラン領の布を作っています」
「サーラン領の秘匿ですね」
「そうです。私は機織りをしていましたので、主人と離婚しても村に残らないといけなかった。主人が私達を捕まえようと追って来たのも機織りが出来る者を外に出してはいけないと領主様から言われていたからです」
「お母さん」
キラナちゃんがモリーナさんに抱きついている。
「こんなに遠くまで来たのでもう大丈夫だと思います。それに、ライドさんとキラナと三人で暮らしたいと思ってしまって…」
モリーナさんの声が小さくなっていく。顔が真っ赤だ。
「ヤマニーラで一緒に暮らそう」
ライドさんがモリーナさんとキラナちゃんを抱きしめて何度も言っている。
モリーナさんは泣きながら頷いていた。
少しして
「あの、よろしいでしょうか」
マークさんが話し出す(この雰囲気の中で勇気ある一言だ)
「はい」
「モリーナさんはサーランで機織りをしていたのですね」
マークさんが考え込んでいる。
「カナールさんライドさんルーカス、私はあの話をモリーナさんにしようかと思います」
「ガイト村の話ですか」
僕はマークさんに確認した。マークさんは大きく頷いた。
「領主様から叱られる時は私が引き受けます。私はモリーナさんに話をするべきだと思います」
「わかりました。私も良いと思いますよ。ライドのお嫁さんですからね」
カナールさんがライドさんを見て言うと、ライドさんが真っ赤になって口をパクパクさせていた。
「モリーナさん、キラナちゃん、今から話す事はヤマニーラ領内でもほんの一部の人しか知りません。私はただの商人ですがこの話に初めから関わっているので私から話しますね」
マークさんはガイト村でシロフが収穫出来る事、今は布団を作っているけれど、糸を作れる事は分かっている事。糸車、機織り機は古い物が有り其れを元に何機か作ったけれど使い方がはっきり分かってない事などを話した。
モリーナさんはシロフがある事に驚いていた。サーラン領のみで収穫出来ると言われていたそうだ。
「驚きました。シロフで布団が作れるとは思いませんでした」
「シロフ布団は暖かいですよ」
僕が言うとキラナちゃんが本当なの、とかどれくらい暖かいの、とか聞いてきた。
「助けていただいて、まして、その、ライドさんと暮らすのですから、ぜひお手伝いさせてください」
「キラナも手伝う」
キラナちゃんが手を挙げた。
「そうですか。ありがとうございます」
僕達は皆で頭をさげる。
その後、明日は朝一番で宿を発ち、ヤマニーラ領の門を入ったら門にいる騎士に僕達の護衛を頼み、カナールさんは馬で先に領主様へ報告に行くことになった。
僕達の馬車は領都に着くまでにまだ3日はかかる。馬で行けば明後日には着くだろう。
次の日、僕達は予定通り、宿を朝一番に発って昼過ぎにヤマニーラ領に入る門に着いた。かなりの人達が門に入る順番を待っていたが、カナールさんが門番と話をしてくれたので、すぐに貴族用の門から入る事が出来た。
カナールさんは護衛をしてくれる三人の騎士を紹介してくれた後、領主様へ報告に行った。
領都に明日には着くだろう。旅の宿屋も今日で終わりだ。皆で夕御飯を食べていると騎士が二人入ってきた。
「カナールのおじさん」
キラナちゃんが立ち上がって騎士の所へ行くのでそちらを見るとカナールさんと
「あれって…シュミット様?」
カナールさんとヤマニーラ伯爵嫡男のシュミット様が入って来た。
「こ、こちらへ」
マークさんが二人を呼び椅子を指す。僕達も立ち上がったけれどモリーナさんはどうしたらいいのかわからないみたいだ。
「座って、食べてて。私はお忍びだからね」
シュミット様が和やかに微笑んで言い、カナールさんと御自分の食事を頼まれた。
「貴方がモリーナさんですか。私はシュミット・ヤマニーラ。ヤマニーラ伯爵の嫡男です」
モリーナさんの方を向いて言った。
「モリーナです」
モリーナさんが立ち上がろうとしたところをシュミット様が止めた。
「そのままで。少し確認させてもらっていいかな」
「はい」
「マークさんからシロフの事を聞いたと思うけれど、モリーナさんは何処まで出来るのかな」
「はい、洗ってあるシロフから糸車で糸を紡ぐ事、その糸で機織りをする事です」
「糸を染める事は出来る?」
「染めは村ではやっていませんでした。でも、私は村長の息子の嫁でしたので染める方法は聞いています」
「それは凄い。マークさん、素晴らしい人を連れてきてくれてありがとう」
「シュミット様、私ではなくライドさんですよ。お二人は結婚するそうです」
「ライド、君は見る目があるよ」
シュミット様から褒められたライドさんは頭を掻いて照れていた。
「実は、父上と相談したんだが、モリーナさん達にはこのままガイト村へ行ってもらいたい」
「このままですか」
「マークさん達は布を持って父上の所へ行ってください。私はライドとカナールを連れてモリーナさん達と一緒にガイト村へ行きます」
「モリーナさん、よろしいでしょうか。また馬車に乗りますが」
「私達は大丈夫です」
「申し訳ない。あまりモリーナさんを人前に出したく無いのです」
次の朝、領都へ行く馬車とガイト村へ行く馬車が走っていった。