遠くへ
馬車は暗くなり始めた頃に大きめの町に着いた。行きに宿泊した村を通り越して少し無理をしたが何とか門が閉まる前にたどり着いた。
村では薬師が居ない事もあるので町まで来た。
途中でモリーナさんが起きたので濡れている服をマークさんの服に着替える。娘のキラナちゃんはまだ起きないのでモリーナさんが僕の服に着替えさせた。
今は起きてモリーナさんにくっついている。
「どうしたのですか」
宿屋の主人がモリーナさんとキラナちゃんを見て驚いている。
「娘が川に落ちてしまって…妻が助けに川に入ったのですがどうも骨折したようなのです」
マークさんが主人に薬師を呼んで欲しいと頼んだ。
馬車の中でモリーナさんから話を聞いた僕達はモリーナさんとマークさんが夫婦でキラナちゃんは二人の子供としようと決めていた。
「すぐに呼びに行かせます」
主人が従業員に指示を出し、従業員が走って出て行った。
「皆、同じ部屋が良いので六人部屋でお願いします」
モリーナさん親子は別部屋の方が良いかと聞いたら一緒で良いと言ってくれたので同じ部屋にする。
ライドさんとカナールさんは夜交代で馬車の警備をする。部屋に護衛が一人になるがここまで来たら大丈夫だと思うけれど、モリーナさんへの追っ手が来た場合護衛の人と一緒にいた方が良いと判断した。
モリーナさんはサーラン領の端の村、あの小川の対岸側の村の村長の嫡男に嫁いだそうだ。けれどその男は女遊びが酷く、三年前からは未亡人と浮気をしていた。村の中では有名で村長の義父母も知っていたが何もせずにいた。モリーナさんはキラナちゃんの耳には入らないようにする事が精一杯だったらしい。
昨日、モリーナさんは、未亡人と結婚したいので離婚して欲しいと言われた。キラナちゃんがその話を聞いてお父さんに怒って、苦言を言ったら殴る蹴ると酷い体罰をされ、キラナちゃんを庇ったモリーナさんも痣だらけになってしまった。
離婚するのは承諾出来るが、モリーナさんの住んでいる村は特殊で村から出て行くには村長の許可がいる。
おそらく村長は許可を出さない。それがわかっていたモリーナさんは夜キラナちゃんを連れて逃げ出した。
ところが朝になると旦那さんが追いかけて来て川のほとりで追いつかれてしまった。どうしようもなくなりキラナちゃんを抱いて川に飛び込んだ。
あの川は僕達がモリーナさんを見つけた場所はなだらかだけれど川の上流は流れが急で落ちると助からないと言われているそうだ。
旦那さんが、川に落ちたモリーナさん達を諦めてくれれば良いのにと言っていた。
薬師がモリーナさんとキラナちゃんを診るとモリーナさんは骨折、キラナちゃんは打撲だった。
無理をしなければ自然に治っていくそうだ。
「良かったですね。モリーナさん」
「はい、ありがとうございます。助かりました」
「それで、モリーナさん達はこれからどうされますか。どなたか知り合いとか、いく場所があれば通り道であれば送って行きますよ」
マークさんがモリーナさんに聞くと、頼れる所は何処にも無く今から考えると話している。
「では、私達はヤマニーラ領へ向かうので私達と一緒に行き、途中で良さそうな場所があったらそこで馬車を降りるとしましょうか」
「ご迷惑では無いですか。私達はそうして頂けると助かります」
「大丈夫ですよ。ただ私達も急いでいますので慌ただしい旅にはなりますよ」
「私も夫に見つからないように遠くへ行きたいので大丈夫です。見つかれば連れ戻されてしまいます」
マークさんは頷いて、僕に二人の服を宿屋の主人に頼んで来るように言った。
次の日から僕達は行きと同じように馬車を飛ばす。モリーナさんやキラナちゃんは文句も言わずに馬車に乗っていた。
だんだん打ち解けてきて、初めはモリーナさんの後ろに隠れていたキラナちゃんも元気になり話もするようになった。モリーナさんから離れて御者台に座ったりしていた。
モリーナさんは25歳、キラナちゃんは6歳、
マークさんやカナールさんはキラナちゃんと同じくらいのお子さんがいるので休憩時間によく遊んでいた。
ライドさんはモリーナさんの食事や移動などをよく手伝っている。骨折はまだ治ってはいないが痛みが随分少なくなったようだった。
そんな時は、マークさんやカナールさんが生温かい目で二人を見ていた。
道中は危ない事もモリーナさんの追手も無く順調に進んで、明日はヤマニーラ領内に入るという所まで帰ってきた。
食事を終えて当たり前になった6人部屋へ入る。
今、馬車の警備はカナールさんがしている。
「マークさん、相談があります」
ライドさんがマークさんに向き合う。
「まず、座りましょうか」
「は、はい。そうですね」
「僕達は部屋を出ていましょうか」
僕が聞くと、皆一緒に聞いて欲しいと言われたので、空いている所に座る。
「それで、どうしましたか」
マークさんに言われてライドさんは立ち上がった。
「モリーナさんとキラナちゃんをヤマニーラに連れて行きたいのです。モリーナさんにはもう話して了承してもらいました。よろしくお願いします」
ライドさんが頭を下げるとモリーナさんも立ち上がって頭を下げる。
「それは、ライドさんとモリーナさんが一緒になるという事ですか」
「許可が出れば、これから一緒に暮らして行きたいと思います」
「モリーナさんも同じ考えですか」
「はい」
「ライドさんがお父さんになるの?」
キラナちゃんの言葉に
「いい?」
モリーナさんが確認するように聞く。
「うん」
ライドさんがキラナちゃんの頭を撫でるとキラナちゃんが『とても嬉しい』と言って笑顔になった。
「そうですか。…ルーカス、カナールさんに部屋に来てもらうように言ってください。馬車の警備は宿の方に少しの時間お願いしましょう」
僕はカナールさんを呼びに行った。カナールさんも「どうしたんだ」
と言いながら部屋に戻って来た。
マークさんがカナールさんにライドさんとモリーナさんの話をする。
「私は良いと思います。一緒に旅をして来てモリーナさんの人となりも信用出来ると思います。カナールさんはどうですか」
「私も反対する理由はありませんね。領都なら問題無いと思います」
今回の護衛になった事でカナールさんとライドさんはシロフ布団の事を知っている。ガイト村に触れなければ大丈夫との判断だ。
「一応許可を取らないといけないですが大丈夫でしょう」
「ライドさん、モリーナさんおめでとうございます」
「「おめでとうございます」」
マークさんに続いて僕とカナールさんもお祝いする。
ライドさんとモリーナさんはとても嬉しそうだ。
「そうそう、モリーナさんは働く予定ですか」
「はい。働きたいです」
マークさんの言葉にモリーナさんははっきりと返事をした。
「モリーナさんの得意なものは何ですか。裁縫とか計算とか何でもいいですよ。教えてもらえますか。私が何処かに紹介しますよ」
モリーナさんが何かを考えていると
「お母さんは機織りが村一番なの」
キラナちゃんが元気に返事をした。