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久しぶりの更新。。。
長らくお待たせいたしました。
これからも気長にお待ちいただけると幸いです。
ロドルス侯爵が屋敷を後にし、メイドが茶器類を片付けに退出した応接間でエリーゼは後から増える厄介事にうんざりしていた。
「……貴族と関わることになった以上こちらから皇帝に報告をしないという選択肢はありませんね」
ああ、本当に面倒だ。
ただ穏やかにゆっくりと、愛しい人と大切な存在と一緒に在りたいだけなのに。
エリーゼはそっとため息をついて今も部屋の外で気配を消して聞き耳を立てているメイド長に声をかける。
「メリル、至急貴女の主に連絡を取ってちょうだい。すぐに会う気がないなら私たちは国を出ると伝えなさい」
扉越しとはいえ、普段とは違うエリーゼの剣呑さにビクリと体をはねさせたメリルは慌てて連絡用のアイテムへと手を伸ばした。
「…………!……!!」
「……ありがとうね」
エリーゼは扉の外に人がいることを教えてくれた小さな精霊にお礼を言いながら魔力をそっと指先に集める。
清らかな魔力を好む精霊にとってエリーゼの、もといアルテミシアが持っていた魔力はこれ以上ないと言っても過言ではないご馳走であった。ふよふよと空中に漂っていた光りの塊が三つほど集まり、エリーゼの魔力を吸収して光り方が強くなっているようだ。心なしか大きさも変わっている。
「……?」
「失礼致します」
ノックに次いで扉を開けて入ってきたのは先ほどまで主と連絡を取っていたメリルだ。
入室の許可を待たないのは本来の主からの指示故か、それともエリーゼを屋敷の主と侮っているのか。そんな風に考えたが、どうせ長く居る予定のない場所だ。別に構わないだろう、とエリーゼは一つため息を落としてからメリルへ目を遣る。
「皇帝陛下より、すぐに時間を取るとお言葉を頂きました。迎えの馬車を」
「必要ありません、転移で行けますから」
「……承知致しました」
表情には出さずとも声色に不服そうな色が宿っていたが、エリーゼはそれを無視して名を呼ぶ。
「フランネル、皇帝陛下のところまで連れて行ってくれますか?」
『―――御意』
一瞬の間にエリーゼの隣には白に近い薄っすらと青みがかった髪の見目麗しい男性が跪いていた。
「久しぶりですね、フラン」
『皇帝に会った時以来かな?呼んでくれないから寂しかったよ。元気にしてたかい?』
「えぇ、見ての通りです。特に準備は必要ないでしょうからこのまま参りましょう」
メリルは呆気に取られているのか目を丸くして二人のやり取りを見つめている。そしてエリーゼはそんなメリルを一瞥すると、何か言葉をかけることも無くフランに差し出された腕を取って姿を消した。
皇帝の執務室の前に転移した二人は扉の前に立ち守っている騎士に取り次いでもらい、中へと招き入れられた。
「よく来たな」
「皇帝陛下に置かれましては……」
「あー、堅苦しいのは無しだ。水龍もいるんじゃ、その主に頭を下げさせたら国が滅びる。それに、これは今までと同じように非公式だしな」
「承知致しました」
エリーゼの了承の返事を貰い、皇帝はさっさと話を切り出す。
フランの方は今回は精霊と人間の問題であるため口を挟む気はなく、エリーゼを送り届けて「帰る時にまた呼んで」と言い残して去っていった。
「それで、ロドルス侯爵夫人の件だったか?」
「えぇ。侯爵の奥方様のご親戚に精霊に手を出して呪われた者がいるようです。幸い、精霊もまだ喪われていないようですので早急に救出に向かいたいのですが」
「ここ最近社交界に姿を現していないとは聞いていたがそんなことになっていたのか……。そんな愚か者を野放しにしておいては帝国の威信に関わる。即刻向うといい。だが、出来ればそいつは殺さないでおいてくれると助かる。精霊に手を出した時点で自業自得とも言えるが、死んでしまっては償わせることも出来ないからな」
「すでに手遅れだと思いますが……出来る限り努力してみます」
「手遅れだと?」
「精霊の力をご存知だと思いますが、彼らは下位、上位の差はあれど自然、現象そのものであり、全ての力の源とも言えます。そして奥方様の血縁の方が捕えている精霊は土を愛し者と火を愛し者の眷属であり、セルジェ様も目をかけている存在です。そんな存在に手を出して精霊の不興を買えばどうなるか、分からないわけではありませんよね?」
精霊は人の理から外れた存在であり、人間との触れ合いが長い精霊ならまだしも、現在囚われているのは土を愛し者と火を愛し者の眷属である森に棲む精霊アルセイドと墓場に現れる狐火の精霊イグニスである。
アルセイドはまだ気性は穏やかな方だが、イグニスの方はサラマンダーの眷属だけあり、かなり苛烈であるためか、例の穢れの大半はイグニスが原因である。
エリーゼの言わんとしていることを理解して皇帝は苦い顔で応えた。
「お分かり頂けたようで何よりです。それでは、時間が迫っておりますので失礼いたします。お時間を頂きありがとうございました」
エリーゼは軽く頭を下げると席を立つ。扉の前に立っていた近衛のサリヴァンが扉を開けようとしたところで皇帝は振り向かずにエリーゼへ言った。
「お前はこれからそうやって生きていくつもりか?」
「……仰ってる意味が分かりかねますが」
「自分が一番わかってんだろ。このままだと戻れなくなるぞ」
「だから?それが貴方に関係がありますか?」
「フランネルもそんなこと望んでねぇのはとっくに気付いてるよな?」
「……ならば尚のこと、貴方には関係のないことです」
エリーゼはそれだけ返すと執務室を出て行く。
近衛騎士が守る扉の前で一度だけ振り返り、視線を落した。
「―――……人なんて、」
ぽつりと落すようにつぶやいた言葉は誰の耳にも届くことはなかった。