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時はさかのぼり、エリーゼが追放されて一晩経過した日の夜遅く。

王城の最上階に近い、王族の寝室がある階の一室で二人の男がひっそりと密談を交わしていた。


また(・・)やらかしたのか、あの愚弟は。それで国王陛下並びに王妃はどうしているの?」

「例の預言もありますから、当分はその男爵令嬢の様子見をするおつもりのようです」

「ふぅん。エリーゼの方は?」

「精霊の森へ追放後は行方が追えなくなりました」

「全く、余計なことをしてくれたもんだよね。エリーゼは僕のものなのに。こんなことなら早々に王位を奪っておけば良かったかな」

「……過去のことを言ってもどうにもならないと思いますが。ともかく今夜の謁見の様子を見るに王国騎士団長もこのままいけば職を辞する可能性もありますよ」

「騎士団長……あぁ、ゼウラか。エリーゼとも仲が良かったみたいだし、惜しい人材ではあるけど別にいいかな。僕以外の男が近づくのが耐えられそうにない」

「ではそのまま受理しても?」

「多少の混乱は予想されるけどまぁ、君なら大丈夫でしょ。国王陛下、と呼ぶのも逆にその敬称に対して失礼に思えてきたけど、まぁ陛下も少しゴネはするけど最終的には頷くしかないしね」


騎士団長の人となりを知っている者であれば、男の言葉に同意しただろう。

良く言えば鋼の意思、悪く言えば頭が固い。けれど実直で誠実な騎士団長ゼウラ・デラ・ファルマンを男は正しく評価していた。


そしてもう一人の男はその言葉にため息をついて口を開く。


「承知致しました」

「ところで、その男爵令嬢は本当に予知能力持ってそうなの?」

「ある一定以下の状況であれば予知できるようです。ただ……」

「なんだ?」

「予知のふり幅がどうも、違和感があるといいますか。先にご報告しましたとおり、予知の対象となる者は、エドワード殿下、愚息マルコ、騎士団長のご子息トーマスとなります。また基本的には学院での遭遇が大体なのですが稀に街での接触もありました」

「うん?」


男は何が言いたいのか、と首を傾げる。


「恐らく特定の事柄以外、知りえないのでしょうか。便宜上、予知と申しましたがどちらかと言えば知識(・・)に近いのではないでしょうか」

「つまりどういう事になろうと特定の日時に関して知る(・・)と言うより知っている(・・・・・)ということ?」

「はい」

「うーん……その辺のことは本人に聞かないことには何とも言えないんだよなぁ」


腕を組み、思案する男の傍らで怜悧な表情を浮かべたもう一人の男はそっと窓の外を見つめる。

瞬く星々の輝きがいつもより儚く、遠く見える。


「とりあえず、その男爵令嬢に関しての調査は継続して。それからエリーゼの行方も。多分だけど、精霊の森はどこか別の出口(・・)に通じているはずだから、すでにどこかの国にいるかもしれない。王国の……君の手が届く範囲で良いから探してみて」

「―――御心のままに」


その返事を聞いた若い男は満足げに笑うと人目に触れないよう王城の隠し通路を使って部屋を後にした。

一種の緊張感が無くなった部屋に残された男―――コンラード王国宰相、エデリアル・アトル・フォレンタージュは再度窓の外へ向けそっと呟く。


「国は民によって成り立つもの、民は己のために動きうる者、王はその民の上に立つ者。では王族にではなく()に仕える我らは一体()のために、()のために在れば良いのでしょうか」


かつてその疑問に答えてくれた小さな少女の姿が思い浮かぶ。

屈託無く笑顔を見せてくれていた、あの小さな女の子の姿が―――。












再び、僅かに時は進み、王国騎士団長ゼウラ・デラ・ファルマンが職を辞した後。

騎士団は多少の混乱を持ってゼウラを送り出し、後任には副団長ではなく第三騎士団長のドルミニアが就いた。

一部(特に副団長)の反発はあったものの、ゼウラが騎士団の中でも実力者を指名したことから周囲は次第に納得の色を見せていった。


屋敷に勤めていた使用人たちの多くは、エデリアルが引き受け、残った数人もまたそれぞれ故郷へと帰っていく。

そして当の本人は爵位を返上。ゼウラの伴侶であった女性は数年前に病で他界しており、残った唯一の家族、息子トーマスの猛反発を無視して勘当した。

屋敷にあった調度品を売り払い金や宝石などに換えるとゼウラは己の相棒たるロングソードを背負って王国を出て行った。


ゼウラが向かったのは、エリーゼと最後に別れた場所……精霊の森であった。

鬱蒼と生い茂る森。王国出身者が一歩踏み入れれば瞬く間に精霊たちに嬲り殺しにされると言う恐ろしい森。

けれどあの日、エリーゼが森に消えてからと言うもの、森の雰囲気がにわかに変化していた。


「……エリーゼ嬢」


もっと己に力があれば、と何度悔いただろうか。

もっと己が彼女を気にかけていれば、と。けれど今となってはもう詮無きこと。

愚息は最後まで「あの女のせいで」と喚き、決して己を省みようとはしなかった。

王はエドワード王子の婚約者探しを一時的に取りやめ、件の男爵令嬢との仲を静観し。王妃は未だエリーゼへと負の感情を向けていた。


何故、と呟きが零れる。

何故これほど、エリーゼ(あの娘)は報われんのだ。

幼き頃から全てを己で遣らねばならず、言葉を発した瞬間より教師が付き数多くの言語を習得させられ。

王の手を煩わせぬよう、己の身を己で守らせようとまだ体も出来ていない内から武術をさせられ。

自らの好みを口にすれば、無碍に扱われ。親からの愛も与えられず、生涯の伴侶となる男から贈り物一つ、いたわりの言葉一つも無く。それでもただ懸命に励んだ少女。

敬われる立場に在りながら、相応の扱いすらされずに嫌悪と蔑みの目で見られていた日々。


王妃は「人形のようだ」と言った。けれど、ゼウラは知っている。

屈託無く笑い、歳相応に涙を流す彼女の姿を。

寂しい、辛いと弱音を口にはせずとも、その背が、その目が物語っていたことを知っていた。


己の無力。それは咎であり責であり罪なのだろう。

知っていた、けれど何も出来なかった。稽古の時以外ほとんど接触を制限され、会話も随時見張られていた。

行動を起こせば即時に勅命として接触禁止か最悪処分(・・)されていたことも想定できた。

それほどまでに、エリーゼは誰かと関わることが制限されていたのだ。


ゼウラは己の過去を振り返る。

代々騎士の家系に生まれ落ち、厳しくも優しい両親に育てられ、父がそうであったように当然とばかりに己も騎士を志した。騎士育成学校へ通い、そこで珍しく女性騎士を目指す後の妻となる女性と出会い。嬉しさと悲しみを共にする内に想い想われ、然るべき手順を踏み婚姻を結び、騎士団長まで上り詰め。息子が産まれ幸せの最中、妻の病が発覚し、しばしの後隠り世へと旅立った妻を見送り。使用人や両親の手を借りて息子を育ててきた。

挫折や間違ったことは幾度もある。その度に両親や妻、部下たちに支えられてここまできた。


けれど、エリーゼは。一度も間違えることを許されなかった。身の振り方、言葉、己の在り様まで全て。理想を押し付けられ。期待に沿えば妬み嫉みをぶつけられ。努力しても足りぬと叱責され。望むことを許されなかった。


可哀想な娘。哀れな娘。どれだけ応えようとも、己に応えてくれる相手も無く。朽ちれば捨てられる花の様に、一点の曇りなく在らねばすぐに棄てられてしまうであろう、そんな扱いをされ。己の唯一の拠り所でもあったエドワードという存在に全てを否定され男爵令嬢に奪われてしまった。

それでも尚、輝きを()くさなかったあの娘は、どんな想いで森へ入ったのだろうか。


知ることも出来ず、識ることもなく、知ることもしなかった愚か者(わたし)を呪い死んで逝ったのだろうか。

否。エリーゼは、そのような思いすら抱かないだろう。懸命にしてきたあの娘だから。


エリーゼ、とゼウラの口から小さく漏れる。

力なく落とされた名前が空に消える。

あの日、微笑んで駆けて行った彼女の姿が脳裏に焼きついて離れなかった。義父(ちち)と呼んでくれたあの娘に、あの日言えなかった言葉。


「……私とて、お前を娘だと思っていたのだ……!」


時間が経つにつれ、笑顔など見せなくなってしまったエリーゼの最後の笑顔。

すまない、と何度詫びようと。例えエリーゼが許そうと。己の過ちを赦せる筈もなく。

ただ、後悔することしか己には残されていない。





―――他者は他者を真の意味で理解することは出来ない。

理解できるとしてもそれはほんの一部であり、また表面的なものだ。

そして他者からの憐れみほど、他者を縛るものはなく。


それを知らないゼウラに対して、エリーゼが救いを求めていたのかなど知る術などない。




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