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あれから一度だけ皇帝から治癒魔法で治した者達についてのその後と感謝の気持ちを綴った手紙が届いたきりで、それからは何事もなく平穏に過ぎていった。

そんなある日の穏やかな午後をエリーゼとセルジェはサンルームでアフターヌーンティーを楽しんでいた。

ふと、エリーゼが思い出したように本を読んでいたセルジェに言う。


「そういえば、近々皇帝の在位五周年記念式典が開かれるそうですよ」

『五年程度でか』

「ふふ、セルジェ様からしたら五年なんて瞬き程度ですもんね。五年毎に開かれてるらしいですけど、今回は五十年振りだそうです」

『ほう、人間基準ではあの男もまぁまぁ見られるということか』

「みたいですね」


と、その時コンコンとノックが鳴る。

エリーゼが扉を開けると、メイドの一人が来客を告げたため、憩いの時間を一時中断してエリーゼは応接間へと向かった。


「失礼します。本日はようこそおいでくださいました、ロドルス侯爵」

「突然の来訪、申し訳ございません。エルドラ・ロドルスと申します。帝国貴族の末席を汚しております」

「エリーゼと申します。(くだん)の件はお耳に入っておりますでしょうから、姓を名乗らぬ無礼をお許しいただけましたら幸いでございます」


近い未来、国王になる者の伴侶、王妃となるはずだった令嬢に起こった悲劇を王国は国内だけに留めようとしたが、諸外国の要人たちもおり、それは帝国だけでなく更に遠方の公国や教国にまで驚くべき早さで急速に確実に広がっていった。

王国に一番近い帝国、その貴族である侯爵が知らないはずも無かった。


そしてエリーゼは恰幅のいい貴族然とした男へ視線を向ける。

外見は人好きのする好々爺めいた笑みを浮かべているが、その実目の奥が笑っていないその男はにっこりと笑って続けた。


「勿論ですとも。ところである御方(・・・・)からお聞きしたのですが、エリーゼ嬢には癒しの力があるとか……?」

「ある御方がどなたかは存じ上げませんが、それ関係でしたら先日、彼の皇(・・・)の依頼で治療いたしましたね」

「いやはや、エリーゼ嬢は随分と優秀であられるようで。聞いた話によると欠損すら治したとか」

「そうですね。そうしろとのご命令でしたので」

「ですが、貴女はその義務がなかったのでは?」

「そうですね。ですが彼の皇には良くしていただいておりますゆえ多少(・・)の指示には従おうかと」

「そういうことでしたか」

「そういうことですね」


穏やかに交わされる会話だが両者共に見る者の顔を引き攣らせる笑みを浮かべている。

実際、側に控えていたメイドは顔を青白くさせて俯いていた。もっとも本人たちはそんなことに気付いてはいないのだが、気付いていたとしても無視しただろう。


「……まどろっこしいことはやめて、率直にお話いたしましょう」

「時間は有限。私もまた忙しい身ですのでそうしていただけると助かります」

「これは失礼いたした。歳を取るとどうにも」


いやはや、と頭を掻く。思ってもないことを、と内心思いながらエリーゼは微笑み返した。

ロドルス侯爵は先ほどより一層真剣な表情を浮かべると切り出す。


「実は、折り入って頼みたいことが」

「……なんでしょうか」

「家内が病に罹って床に臥せってしまっているのです」


漠然とだが、真実ではないだろうと思う。

いや、正確には侯爵はそう思っている、が正しいのかもしれない。

侯爵にまとわりつくように漂う黒いもや(・・)。それは懐かしくも思える、王国では目にしなかったものの慣れ親しんだ気配だった。


「……病ではないでしょう。奥方様のそれは」

「なんですと?」

「恐らく、呪いの一種かと」

「呪い?そんな、まさかあれが呪われるようなことなどするはずがない!」

「そうは言われましても。己にとって些細なことでも、された相手にとってはそうではない、ということなんて山ほどあるのですよ。ロドルス侯爵」

「っ……それは、そうだが」


言外に王国の仕打ちを言っているのだと気付いた侯爵は言葉を濁らせた。


「治癒師に依頼されたのでしょうが、効果は一時的な回復のみで時間経過と共に再発となれば間違いないと思います。確証はありませんが、ロドルス侯爵にまとわりついている残滓から察するに、血筋に関わっているものかと」


これ以上は与える情報ではないとエリーゼは口を噤む。

このまま呪いを放置すれば、恐らくではあるが奥方が生んだ子供に移ることは間違いないだろう。移る、というより呪いが増殖すると言った方が正しいだろうか。

侯爵は顔を顰めて。


「血筋?だが、今まで風邪や怪我程度であれば罹ったことはあるが今回のような状態には」

「ロドルス侯爵についている呪いの残滓の薄さから見て、奥方様にかかっている呪いも本来の物よりかはずっと軽いものでしょう。そう考えると、血族にいるのではありませんか?呪いをかけられるような、そんな人間が」

「……もしや、いや。そんなまさか……彼奴が……?」

「心当たりがお在りのようですね。早急に解呪せねば、奥方様の命が危ないでしょう」

「だが、解呪となると教会の大司教以上に依頼するしかないか……、けれど教会は……」


エリーゼの存在を忘れたようにぶつぶつと呟きながら思い悩むロドルス侯爵。

小さく聞こえてくる教会を頼ることに躊躇う言葉に、やはり王国とは違うと内心安堵していた。

フランに言われ仕方なく帝国に住み始めたが、これはこれで正解だったようだ。


侯爵そっちのけでエリーゼはメイドが用意した紅茶を口に含んでいると。

ふわふわとエリーゼの周りを飛んでいた下位精霊たちが話を聞いていたのか一斉に口々に言う。


『アルテミシア』

『違ウヨ、エリーゼダヨ』

『エリーゼ、治セナイ?』

『ダメ?』

『治セル?』


どうやら侯爵の奥方に興味があるらしく、精霊たちはエリーゼと侯爵の間を飛び回っている。

どうしたものか、と思案しているとエリーゼの背後にいつの間にやら雪の精霊(フラウ)がいた。

白い雪像のような精霊は小さな精霊たちに一喝する。


『やめなさい、子らよ。父王の伴侶を困らせてはなりません』


ピタリと止んだ精霊たちの声。

一連のやり取りにメイドやロドルス侯爵が気付いた様子はなく、いまだ悩んでいるようである。


「……フラウ、どうしたの?」


小さな声で問いかけると、人外故の五感の良さか、フラウは長い睫毛を伏せて答える。


『お手を煩わせて申し訳ないのですが……。実はその男の伴侶の遠縁に当たる者が精霊を使って不愉快な実験をしているようで』

「なるほど」


フラウの言葉でエリーゼは大体のことを察した。

つまり、だ。奥方の遠縁、親戚の者が精霊を使って精霊の恨みを買い、血筋故に奥方はその障りを受けている、ということなのだろう。


『その者の邸の地下にアルセイドとイグニスが囚われております。イグニスの方はだいぶ衰弱しておりまして』


通常であれば各属性を統括している上位精霊が報復なり制裁なりを加えるのだが、フラウの言葉ではそこまではしていないようでエリーゼが不思議に思って問えば。


「サラマンダーはどうしてるの?」

火を愛する者(サラマンダー)様は父王より謹慎の命が下っております。その下についているウィル・オー・ウィプスではその邸に施されている結界を破るには至らず……』

「ウィル・オー・ウィプスが破れない?」


エリーゼは面倒なことに巻き込まれた、と思いながら重たい腰を上げる。

向かいのソファーでその動きに気付いたロドルス侯爵がようやく我に返り、物言いたげにエリーゼを見つめており、そして。


「エリーゼ嬢、こんなこと頼むのは筋違いとは思うのだが……。解呪は、出来ないのだろうか。それほどまでの癒しの力があるのならば……」


愛する妻の命が危ないと言われ、だが解呪が出来そうなのは教会に所属する者が大半である。けれど現状の教会の噂や歴史の裏に隠された事実を知る者からすれば教会を頼るなど愚の骨頂。

だが、その解呪が出来る人物が目の前にいる。それも教会に関係なく、皇帝陛下のお墨付きの人物である。

目の前に垂らされた蜘蛛の糸。希望のそれをロドルス侯爵は掴まずにはいられない。


「ロドルス侯爵。それは、お願い(・・・)と判断して良いものですか?」


エリーゼは侯爵の言葉を遮って尋ねる。暗に貴族として(・・・・・)やりとりしますよ?と言っているのだ。

そのことを察して侯爵は言葉を詰まらせる。が、その躊躇いも一瞬のことだった。


「……どうか、お願いできないだろうか。対価は望むものを用意させていただく」

「そのお言葉、努々(ゆめゆめ)お忘れなきよう」


エリーゼはその言葉を以って了承とし、それを正確に汲み取った侯爵は帰りの挨拶もそこそこに屋敷を後にする。

帰り際、エリーゼに指示されたものを用意するため、邸で待つ妻を想いながら御者に道中を急がせるのだった。



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