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遠い昔の夢を見た。

長い時の記憶の果てにあったその記憶はもう朧げで明確な始まりも終わりも思い出せないほどだ。

冷たくて、恐ろしくて、それでもどこか懐かしささえ感じる記憶だった気がするのだ。


『ーーー何故、応えてくれないのです』


聞き覚えのある声が木霊する。絞り出すように吐き出すその声の主は執拗に私を責める。

何故、何故。どうして、と。涙を溢れさせて、鈍色のそれ(・・)を握る()の姿。

ごめんなさい、ごめんなさい。謝ることしかできない自分が、不甲斐なくて申し訳なくて。

暗闇に沈む意識の中で、ただ彼の泣き声を聞いていた。





『……ーゼ……エリーゼ』

「ーーーセルジェ様?」


セルジェが心配そうにエリーゼの顔を覗き込みながら、そのさらりとした髪を撫でる。

その手で頬を拭われてようやく自分が涙をこぼしていたことに気付く。


まだ陽も昇っていない時間らしく、閉じられたカーテンの隙間からは柔らかい月明かりが差し込んでいた。


『大丈夫か?魘されていた』

「はい。少し、夢を見ておりました。……昔の夢を」

『そうか』


精霊であるセルジェは眠る必要は無かったが、こころなしか寂しそうに見えるエリーゼの隣に横になると華奢な体を包み込んだ。

抱きしめた体は布団を被っていたはずなのにわずかに冷えており、しかも小さく震えていた。

暖めたくともヒトではない自分には到底無理な話で。でも出来ないだけの理由はなく、セルジェはエリーゼと自分の体を包むように火属性と風属性の魔法を起動させた。

昔、アルテミシアや勇者らと旅をしていた時習得した二属性の並列起動による温風を任意で発生させる魔法だ。寒い地域にいた時は重宝されていたな、とセルジェは心の中で思う。


「セルジェ様」

『どうした?』

「セルジェ様は……私が人間で嫌ではないのでしょうか?」

『確かに、またヒトであったのは些か残念ではあったが……。だがな、エリーゼ』


セルジェは誤解が生まれないようにしっかりと理解してもらえているのか確認するようにエリーゼの紺碧の瞳を見つめて言葉を重ねる。


『お前がヒトで在ることを嬉しく思う自分がいるのもまた事実なのだ』

「嬉しい、ですか……。それは何故なのでしょうか」

『我らには等しく役目がある。世界の終わりを見届けるモノ、世界の在り様を管理するモノ、世界のバランスを調整をするモノ。役目を知らないヒトは、愚かしく思うが、それがとても羨ましいと思うこともあるのだ。そしてエリーゼ、お前には出来るならばその役目を背負うことのない生を謳歌して欲しいと思っている。共にいる時間が短いのは惜しいことではある。だがヒトの命は廻る。お前がエリーゼとして生まれ落ちたように、再び会えることを知っている』

「……セルジェ様」

『我らには飽き飽きする程の長い永い生もある。それに、待つのは慣れているからな』


アルテミシアがエリーゼとして生まれてくるまで三百年余という時間はヒトとは違う時の中で生きる精霊王や龍にとっては短く、瞬きの間に通り過ぎる刹那の時間だった。

実際、四大龍達はエリーゼの誕生の音を聞くまで眠りに就いていた。


『さぁ、愛しい仔よ。眠るといい、今夜は離れず側にいよう』


セルジェがそっとエリーゼの瞼に手を当てると次第に眠気が増していき、ゆっくりと目が閉じられていく。

その寸前、消え入りそうな声でエリーゼは言う。


「私は……どんな存在に、成ろうと……ずっと、お側、に……」


眠ってしまった愛しい彼女の額に唇を落として小さく呟く。


私の為(・・・)ならばそれは許せることではない。だが……』


決して共に終わりを迎えることのない二人。

ヒトにとっては充分な、けれど精霊にとっては僅かな時間しか過ごせないことを惜しくも思う。

けれど、エリーゼの限りある生を独り占め出来ることに嬉しくも思う。


もし……もし、エリーゼがヒトでなくなったら共に長い時を歩めるのだろうか、と考える。

けれど、今のエリーゼの……かつてのアルテミシアの在り様を失わせてしまうのは躊躇われることで。

そしてそれは古龍たちも許さないだろうということも理解出来た。特に、あの水龍が。

そうでなければ皇帝に直談判してエリーゼを住まわせるということはしないだろう。


『ヒトはヒトで在るべきなのだ、エリーゼ……』

『正解だね、精霊王』

水の(・・)……』


セルジェの独り言に返事をしたのは水龍、フランだった。転移でいつの間にやら部屋に入り込んでいたフランはその端正な顔に笑みを貼り付けてセルジェを見つめていた。


『ヒトがヒトで在る。その価値を分かってないんだよね、主様は』


セルジェの腕の中で安心しきって深い眠りに就く自分の主へと視線を移してそう呟くその声色は僅かにエリーゼを責めるような、そして幾許かの呆れと諦観が混ざっていた。


『やはり、エリーゼは……』

『当然の結果とも言えるね。あれだけのことをされてヒトの中にいたいと思う方がおかしいだろう?それとも精霊王はまさかその子がそう(・・)思ってないと本気で考えていた訳じゃないよね?』

『精霊界にいた時、やけに外に出たがらないなとは思っていた。だが、まさか、変わって(・・・・)もいいとそこまでとは思ってはいなかったのだ』

『アルテミシアの時もそうだったけどさぁ、側にいながらその一点においてキミは鈍すぎるんだよね。精霊で在る以上人間の考えが理解できないのは仕方ないにしろ、少しは理解しようとしてもらわないと。アルテミシアは許した(・・・)から他の皆はもう怒ってはいないけど僕はまだ許してない(・・・・・・・)。今後また同じようなことがあれば、僕は容赦しないから』


フランは静かに怒りを滲ませてセルジェを睨めつける。

その視線を受けて思い浮かぶのは、三百年余昔の、アルテミシアの最期だった。

もっと自分がヒトの欲深さを、愚かさを真に理解していたならばあんな最期(・・・・・)を迎えることはなかったのだろうか。

そんな詮の無いことを考えて、頭を振る。もう、昔のことなのだ。あの終わりは変えようの無い事実である。

セルジェはフランの視線に応えるように見つめ返して宣言する。


『次は間違えない。今度こそ、守ってみせよう』

『王国に比べて穢れは少ないけど、帝国にも欲に塗れた人間がいないわけじゃない。僕もエリーゼに害がないように手は回すけど、どうしたって隙は出てくる。ちゃんとしてよね』

『ああ、分かってる。……頼む』

『キミに頼まれなくとも』


ここぞとばかりに悪態をつき顔を背けたフランはそのまま転移魔法で部屋から去ろうとするその後ろ姿にセルジェは言葉を重ねた。


『助力感謝する。これで私は間違えずに済んだ』

『キミのためじゃない。全てアルテミシア(・・・・・・)のためだ』


フランはそれだけ返すと今度こそと転移魔法で去る。

残されたセルジェは眠るエリーゼの体を起さない程度に抱きしめ直して小さく呟く。


『まだお前の中では終わってないのだな。ーーーフランネル(・・・・・)




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