【没】この世界で俺だけがラグっている!
俺がこの世界に降り立ってから十日ほどが経った。
顔見知りは何人か作れたのだがヒロインと呼べる女性はおらず、悲しきかな、パーティーを組んでくれる人すらいない。
パーティーを組んで欲しいと頼んだことはあるのだが、苦笑いとそれらしい言い訳をされ断られた。
何故なのか……! というのは大体把握している。
俺の挙動が変なのだ。
止まったかと思えば急に高速で移動し喋る、そして喋り終わると無言で突っ立ち、また急に高速移動────。
そんなスレンダーマンみたいな奴に関わりたいと思う人がはたして居るのだろうか? どう見ても変人であり、俺でも話しかけようとは思わないだろう。
その原因は『ラグ』としか思えない俺の能力(仮)────本当に能力なのだろうか?
新手の神のイジメ、もしくは呪いではないのか?
俺はこの世界に降り立ちながらの呪いを受けてしまった可能性を考え大聖堂に行った事がある。そして話す間もなく、俺の挙動を見た女性司祭様に聖水をぶっかけられた。
レモンの果実のように極限まで薄い黄色の透き通った水、風味は無臭で少ししょっぱい。
運というモノがこの世に存在するのであれば、きっと俺の運はマイナスである。この出来事がヒロインイベントになるはずもなく、時価総額17万ゴールドという最高級の聖水を弁償する事となった。
結論を言うと俺の能力(仮)は最高級の聖水で解けるような呪いではない。
この様な事情を抱えている俺は今日もひとりで雑草と戦う。
現世界での生き方を把握した結果でもあり、嫌々という訳ではない。が、仕方ない事ではある。
あと雑草と戦うというのは最低ランクの依頼にありそうなただの草むしり、ではない。
生き物を補食し栄養とする危険な植物、否、モンスターを相手に俺は命のやり取りをしている。
この肉食植物は地中に這わした根をドリルのように使い、標的の足元から攻撃してくる厄介な植物だ。
生きていてこれほど重力を恨んだことはない。上手くジャンプし避けても無駄な努力で終わり、痛い。
痛いだけなら何も問題はないのだが、根には麻痺毒が染み出ており、足にかすろうものなら痺れる。みんなよく知る程度の痺れであるが行動に制限がつく。気を抜いて思いっきり踏み出そうものなら膝カックンだ。
しかしそれで死ぬことは無い、転んで頭などの急所がグロテスクな事にならない限りは。
†
「これが最後の一体ッ!」
依頼のノルマである十体を狩り終わった俺は、茎から切断され動かなくなったモンスター植物の花を束にし冒険者組合へ向かい歩く。
俺が暮らしている街は王都チュートニカ、街から少し離れた所に大きなお城、街の中心には商業施設があり色々な店も出ている賑やかな街だ。
貴族街と呼ばれる貴族以上の身分が利用できる場所もあるが、貴族は悪い意味でのお約束感があり、出来ることなら無縁でありたい。これはただの偏見だ。
俺の拠点である冒険者組合の建物は誰でも利用できるよう街の中心近くに立てられている。
「わッ! お、お帰りなさいシャドウさん」
急に現れたのでビックリしたのだろう。俺も初めて移動した時は自分にビックリしたものだ。……何を言っているのか解らないと思うが、事実そうだったのだから仕方がない。
それよりシャドウと呼ばれてはいるが、これはもちろん本名では無い。
シャドウとはモンスターの名前、らしい。その名から想像がつくように真っ黒な人の姿をしており、通常は暗闇の中で静かに立っているのだが、光を見つけると勢いよく迫り近くの生き物に攻撃をするという特徴がある、らしい。そしてそのシャドウとやらが俺の挙動と姿に合致する、らしい。
らしい、というのは本物のシャドウを俺が見たことないからである。
俺の冒険者ランクは最低ランクの『ストーン』石ころでありシャドウ討伐は最低でもゴールド、俺の上の上。
ランクの説明を受けている中、ただの石かよ……とじわじわと来る笑いに耐えきれずニヤニヤしてしまい、この職員さんに引かれてしまった。ランクは鉱石や宝石の名前と言われたので最低ランクはブロンズ辺りだと決めつけていた俺だったがストーンときいて確かにそうだ、とストーッンと納得したのだ────。
「あ、はい……あの、依頼の完了かんりょうを報告しに……コレ……」
俺は持ち帰ってきた植物の花束を台に置く。
自分でも分かる、シャドウという名に似つかわしい受け答え。名は体を表すというが俺の場合は体が名を表すであり、既に言葉遣いが怪しく、このまま心まで陰に染まっていきそうである。
「では確認させていただきますね」
「はい」
依頼の多くは討伐だ。
そして依頼の達成確認として証拠を持って帰る必要がある。
魔物であれば魔物の核である魔石、魔物でない植物や動物であれば唯一部位、あと遠方の場合などは直接依頼主や関係者から発行される証明書などだ。
俺の倒したモンスター植物の名前はザザッ草そう、ザザッと動く音から取られた名前らしい。初めて名前を聞いた時、ただの雑草じゃねぇかと思いながら俺は必死に笑いを抑え込んだ。また引かれると心にくるものがあるからだ。
「確認できました! お疲れ様でした。
これが依頼報酬分の1万2000ゴールドと部位買取分の3万ゴールドです、ご確認ください」
「どうも」
俺は特に確認もせず渡されたお金を受け取り財布に入れる。
1万ゴールドはゴールドで作られた一枚の薄い板、1000ゴールドはプラチナで作られたゴールドよりひと回り小さい一枚の板だ。こちらの常識ではゴールドとプラチナどちらの方が希少価値が高いのだろうと思ったが、思っただけであり聞くほどの事でもない。
「あ、シャドウさん!」
もうすぐ夕日が落ちる、俺お気に入りの店が客でいっぱいになる前に夕食を食べに行こうと移動し始めた瞬間に受付の娘に名前を呼ばれた。呼び止められたのは初めてだったので、ついにヒロインのフラグが立ったのか?! と、俺は心躍らせた。
アッパーなテンションのシチュエーションである。
しかし俺の身体はまだ受付の前に居るが既に俺は冒険者組合の出入口にいる。何を言っているのか解らないと思うが、事実そうなのだから仕方がない。
俺は身体が動き出さないように止まることなくUターン、受付の前に戻った。
戻ったところで俺の身体が受付から出入口までを高速で往復移動する。
側から見たら意味のわからない行動であり、これがシャドウという気味の悪い名の由来とも言える挙動だった。
「はい、なんでしょう?」
私もうすぐ仕事が終わるので一緒にお食事でもいかがですか? なんて言われるのではないかと俺は期待したのだが、そんなはずはなく。
「え、あ……はい、あの──明日は建国記念祭が行われるので楽しんでくださいね」
イベントを楽しんでくださいというただの促しだった。
そして反応を見る限りやはりシャドウのような挙動は引かれていたように思える。
しかしこの国の事をよく知らない俺の事を思って言ってくれた言葉で心が温まり、それが俺の気を強くした。
「ありがとう……あの、その────」
「?」
「──よければ、明日の夜ごはんを一緒に……」
「あ……明日の夜は冒険者組合の職員たちと打ち上げがありまして────
あ、やっぱりだめだった。でも、当たり前だよな。よく知らない一冒険者となんて……。
──でも、私の身内として一人くらいなら許してくれるはずですし、では夕日が落ちてからここに迎えに来てくださいね?」
冒険者組合から出た俺の目からはひとつの流れ星が零れ落ちた。